第三王女 「慣習の真意」
「またねー」
第三王女は、子供たちに向かって軽く手を振った。
名残惜しさよりも、次にまた会えるという前提の軽い別れ方だった。
「ご馳走になりました」
護衛隊長は静かに一礼し、事務的な声で告げる。
「費用は、私の方へ請求ください」
女性が慌てて両手を上げ、首を振った。
「何をおっしゃいますか。姫様あっての私達ですから」
まるで断る理由が最初から用意されていたかのような口ぶりだった。
第三王女は、そのやり取りを横目で見てから、小さく頷く。
護衛隊長は第三王女の表情を確認すると、
「左様でございますか。
……では、また違う形でお礼を差し上げましょう」
言い切って頭を下げる。
押し切ることも、引き下がることもない。
その言葉には、貸し借りを曖昧にしない意志だけが残っていた。
第三王女は、そこでふっと表情を緩め――
いや、正確には、少しだけ面倒そうな顔をした。
「ほらほら。堅い挨拶なんか抜きにして、工房に帰りましょうか」
彼女のその一言で、場の空気が切り替わる。
「姫様」としての時間は、いったん終わりだと言わんばかりに。
第三王女は何気ない様子で席を立つ。
護衛隊長は少し声を落としてつぶやく。
「いずれ、別件で伺う事になるとは思いますが」
女性は、一瞬目を大きく開いて、すぐに穏やかな目に戻った。
「……はて、そうですか?」
返ってきた声には、わずかな探りが混じっていた。
「ええ。色々と。慣習であるとか、成り立ちであるとか......」
第三王女は、言葉を交わさずに身振り手振りで子供と会話している。
その様子から「やれやれ、面倒くさい」という感情を隠す気がないのが見て取れる。
護衛隊長のその口ぶりや表情、
そして、その説明の曖昧さが、話題の重さを示していた。
女性は一瞬、言葉を選ぶように視線を逸らし、それから小さく笑った。
「ああ、そういう事ですね。
姫様からは、お聞きになられていないのですか?」
第三王女は歯を見せながら、大人二人を指さしている。
まるで聞こえない課のように、子供に夢中なままだ。
女性は少し目線を落とす。
「……そうなのですね」
「仕える者として、あれこれと詮索するわけには行きませんよ。
ましてや、直接など」
護衛隊長は、今までよりも真剣な目をして語る。
そこには、忠誠と同時に、越えてはならない線への自覚があった。
第三王女をもっち理解する必要がある。
その一念を現したような視線だった。
「そういうものなのですね」
女性は、納得したわけでも、不満を覚えたわけでもない声音で答えた。
「はい。なにぶん、しきたりというものがございますので」
短い沈黙に時間だけが流れる。
女性は、護衛隊長に目線を戻すと穏やかに言った。
「そうですか。わかりました。
……知っている事であれば、何なりと」
それ以上、踏み込むことはしなかった。
だが、その言葉は「聞枯れる覚悟がある」という意思表示でもあった。
それからほどなく、二人は工房の方角へ歩き出した。。
第三王女は歩きながら、もう一度だけ振り返り、両手で大きく手を振った。
彼女は急に護衛隊長の顔を見ると、ニコッと笑う。
「いいところだったでしょ?」
「はい、とてもおいしくいただきました」
「んー?食事の話だけ?」
「いえ、そういうわけでは...。いい人でしたね」
「うん、いい人なのよ。なんで...」
彼女は続きを言いかけて、口に手を当てた。
「あー、汗臭くなかったかな?」
「ん?大丈夫ですよ。」
「そうかな?ならいいけど」
「こんなに頑張っていらっしゃる王女様の汗を、
不快に思う輩がいたならば、
それはもうしっかりと教え込んで差し上げましょう。」
「何を?」
「第三王女殿下の素晴らしさを」
「ないわよ、そんなもの」
彼女は顔を逸らす。
「ではまず一つ目。とんでもなく...」
護衛隊長の言葉が詰まる。
「どうしたの?続けて」
いえ、不敬かと思いまして。
「いいわよ、許します。どうぞ」
「殿下のお許しが出たということで」
「なになに?」
「とんでもなく、美人でございます」
第三王女の耳がが赤くなる。
「あついあつい。もう、何言ってるの?」
護衛隊長の目が緩む。
「おや、耳と御髪の境界線が、はっきりしませんな。」
「何言ってるの!」
手のひらでで護衛隊長肩を軽くはたく。
少し目を細めながら、追い打ちをかける。
「素晴らしいですね、その御髪の色」
遮るように慌てて返す。
「城に帰ったら、私の剣のお相手をお願いしますね!」
顎先を指で触り、少し考える様子を見せた後。
「先ほどのは、不敬でございましたね。申し訳ございません」
第三王女のの目を奥を真剣に見つめなおして。
「喜んで。手加減は致しませんよ」
そのまま、二人の影は人ごみに吸い込まれていった。
--そして、工房内。
相変わらず金属を打つ音が響いててくる。
いつもの熱気。
いつもの作業の音。
いつもの帰る場所。
第三王女の槌は、灼熱にあてられて輝きを放つ鉄塊に、何度も打ち付けられている。
彼女は守られる側ではない。
施す側でもない。
ただ、ここにいて、人と関わり、次を考える者として。
そう、第三王女は、静かに自分の役割を自然な形で果たしていた。




