勧誘
工房の作業場に、澄んだ音が響き渡った。
昼の休憩時間を告げる鐘だ。
槌の音が止み、炉の唸りがわずかに弱まる。
張りつめていた空気が、ゆっくりと緩んでいく。
親方が赤くなった鉄から目を離し、口を開いた。
「……良く振れるようになりましたね」
第三王女は、革のマスクの奥から振り返る。
「このまま、この工房の職人になりませんか」
冗談めかした言い方だったが、軽くはない。
「それは困りますな」
即座に、護衛隊長が割って入る。
大将は声を上げて笑った。
「わかっていますよ、そのくらい」
笑いながら、護衛隊長の目を見る。
「……その目が見れて、良かったです」
護衛隊長は答えず、肩についた埃を軽く払った。
「が、さっきは違いましたよね」
大将はそう付け加え、それ以上踏み込まない。
「昼飯にするぞー!」
工房中に響き渡る声。
職人たちが一斉に動き出す。
第三王女はハンマーを置き、護衛隊長を振り返った。
「では、護衛隊長。
私たちも、ちょっとお昼に向かいましょうか」
「では、失礼」
護衛隊長は大将に軽く会釈し、第三王女に続く。
「良い場所があります」
「それは、どちらで?」
「ついてくれば、わかります」
「……工房の方々と、ご一緒ではないのですね」
「うん。
ご飯は、別なんだよね」
工房を出ると、昼の光が目に刺さる。
「……その、着替えはなさらないので?」
「マスクは外すけどね」
第三王女は革製のマスクを外す。
脱いだそばから、汗が滴り落ちた。
「顔だけ洗わせて。
……あ、髪も」
水で流しただけだが、赤い髪はしっとりとまとまり、
くるりと一つにまとめられる。
その姿を見て、見惚れない者がいるだろうか。
「……美しい」
護衛隊長は、思わず口に出していた。
「ん? なんか言いましたか?」
「いえ……美しいと」
「あら、お上手。
あなたはお世辞も凄腕なのかしら?」
「からかわないでください」
「では、まいりましょう」
第三王女は颯爽と歩き出す。
工房の服とその歩き方が相まって、
どこか可愛らしささえ感じさせた。
護衛隊長は思う。
――あの、必死に棒を振り回していた子が。
感慨深い。
良い香りが、街中を満たしていた。
呼び込みの声。
屋台の軽食屋に並ぶ新鮮な野菜。
吊るされた干し肉。
あれらをパンに挟み、特製のドレッシングで味付けするらしい。
美味しくないはずがない。
だが、第三王女は目もくれない。
やがて、一軒の民家の前で、足を止めた。
「ここよ」
そして、続けて言う。
「でも、気をつけてね」
何を、とは言わない。
護衛隊長は腰に下げた物の位置を、無意識に確認する。
「いくわよ。こんにちは!」
第三王女は、護衛隊長にドアを開けるよう促す。
「さぁ、中に入ってみて」
扉が開いた瞬間、切りかかってくる気配。
反応は、反射だった。
――だが、弾いたものは、驚くほど軽い。
そこにいたのは、箒を持った小さな女の子。
尻餅をつき、次の瞬間、大声で泣き出した。
「あらあら、怖かったねー」
第三王女はしゃがみ込み、子供を抱き上げる。
「おねーちゃんじゃなかった……」
「大丈夫。
おねーちゃんは、ここよー」
「おねーちゃん、怖かったー」
「怖かったねー」
抱えられた子供の髪は、
第三王女と同じ、鮮やかな赤だった。
「その髪の色……」
護衛隊長が言いかけると、
第三王女が穏やかに答える。
「私のお母様と、同じ国の出身の方なの。
……うちの国はね」
護衛隊長は、すべてを理解した。
ここは、ただの昼食の場所ではない。
第三王女が“寄りたかった所”。
第三王女は微笑み、奥を示す。
「さぁ。
中に、入ってみて」




