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第三王女 「街に出る日」

  第三王女は、ドレス姿を好まれない。

 俗に言う、パンツスタイルというものを選ばれる。


 動きを妨げない布地。

 裾は長すぎず、靴先が確実に見える丈。

 装飾は最小限で、視線を引くものはない。


 理由は単純だった。

 何かあった時、いつでも動けるように。


 ――では、何があるのか。

 そう問うのは、野暮というものだ。


 この国において「何も起きない」と信じ切れる者ほど、危うい。

 第三王女は、そのことを幼い頃から知っていた。


 外出の許可は、国王陛下からすんなりと下りた。

 迷いも、条件も、付かなかった。


 陛下は基本的に寛容である。

 それは、護衛隊長への信頼か。

 第三王女への信頼か。

 あるいは、この国そのものへの信頼かもしれない。


 理由は、誰も口にしない。


 本日は、第三王女の視察である。


「開門!」


 護衛隊長の声が、城門に響く。

 重い金属音とともに門が開き、兵士たちが左右に並ぶ。


 甲冑の擦れる音。

 整えられた動き。

 だが、必要以上の緊張はない。


 数名の兵が、自然な流れで後に従おうとした。

 それを、第三王女が静かに制した。


「そこまででいい」


 短い言葉だった。

 命令というより、確認に近い。


 護衛隊長は、一瞬だけ視線を走らせる。

 ――いつもの通りだ。

 その合図に、兵士たちは何も言わず引き下がる。


 これもまた、通常の流れである。


 第三王女は歩き出した。

 城門を抜け、街道へ。


 城の影を抜けると、空気が変わる。

 石畳の響き。

 人の声。

 焼き立てのパンの匂い、荷車の軋む音。


「今日は、寄りたい所があります」


「……それは、どちらへ?」


「行けば、分かります」


「左様でございますか」


 それ以上は、聞かない。

 短い言葉で済むのは、信頼の証だった。


 街に入ると、第三王女の歩き方が変わる。


 上品とは言えない。

 だが、兵士ならば理にかなった歩き方だ。


 踵から着地せず、足裏全体で地面を捉える。

 人の流れを切らず、ぶつからず、だが止まらない。


 第三王女の視線は、鋭い。

 流れる人波を眺めているようで、決して気を抜いていない。

 違和感だけを拾い上げる目だ。


 鮮やかな赤の髪は、隠しようがない。

 光を受ければ、一目で存在を証明する色。

 それでも、目立つことを恐れていない。


 長身の体躯は、人混みの中でも埋もれない。

 どこか異国の雰囲気を帯びている。


 だが――

 決して、上品さは損なわれない。


 立ち振る舞いに乱れはなく、

 背筋は自然に伸び、歩幅は一定。

 荒さを感じさせることはあっても、

 品位が崩れることはない。


 街の人々は、最初は気づかない。

 少ししてから、違和感に気づく。


 ――姿勢が違う。

 ――目線が違う。

 ――だが、威圧感はない。


 護衛隊長は、常に半歩後ろを歩く。

 近すぎず、離れすぎず。


 剣に手をかけることはない。

 だが、右手は自由。

 左手は、常に距離を測れる位置にある。


 第三王女は、街を「見る」。


 建物のひび。

 店先の人の顔色。

 子どもの足取りが、昨日より軽いか重いか。


 報告書には載らない情報を、無言で拾っていく。


 誰かが王女だと気づいた時、

 もう、彼女はその場を通り過ぎている。


 だが――

 第三王女は知っている。


 一時的な戦闘行為。

 それすらも、望まれる節があるということを。


 赤い髪。

 異国を思わせる姿。

 戦闘に長けて居るという噂話。

 王女という立場。


 それらは時に、

 試したい、

 確かめたい、

 ぶつけてみたい、

 という歪んだ欲求を呼び寄せる。


 正義でも、敵意でもない。

 ただの好奇心や、鬱屈の発散。

 あるいは、武勇談の材料。


 第三王女の視線が、わずかに鋭さを増す。

 喧嘩腰の足取り。

 無意味に距離を詰める視線。

 仲間に向けた、短い合図。


 どれも、まだ兆しに過ぎない。

 だが、兆しの段階で気づけなければ、事は起きる。


 護衛隊長も、同じことを考えている。

 剣に手はかけない。

 だが、間合いは詰めさせない。


 一時的な戦闘は、

 勝てば良いという話ではない。


 それが起きた時点で、

 街の均衡は、わずかに崩れる。


 だからこそ、第三王女は歩みを止めない。


 恐怖を知らないためではない。

 恐怖がある場所に、先に立つためだ。


 護衛隊長は、その背中を見ながら思う。


 ――この王女は、

 守られるだけの存在ではない。


 守られているのは、第三王女だけではない。

 この街の「日常」そのものだ。


 だから今日も、剣は抜かれない。

 抜かれないことこそが、最良の結果なのだから。


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