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第三王女 「剣を置けない理由」

 練兵場に朝の光が差し込んでいる。

 乾ききらない土の匂いと、金属が触れ合う気配だけが、静かに場を満たしていた。


 第三王女は、剣を持って立っている。

 構えは簡素で、剣先は揺れない。

 力を誇示するための姿勢ではなかった。


 訓練はすでに終盤に差しかかっている。

 新人兵たちは距離を保ち、息を整えながら王女を見ていた。


 第三王女の剣の相手をしているのは、護衛隊長だ。

 彼は王女と向き合ったまま、視線だけで全体を見渡し、的確に指示を飛ばしている。


「視線が下がっている。相手を見るな、間合いを見ろ」

「足が遅れる。剣より先に踏み込め」


 声は低く、感情を含まない。

 叱るでもなく、励ますでもない。ただ事実を告げる声だった。


 護衛隊長という役目は、各軍部の中でも最強と呼ばれる者が担うことが多い。

 それは名誉ではなく、必要条件だった。


 屈強な身体は軽装では隠しようがない。

 それでもこの男は、どこか洗練された印象を与える。


 白髪は綺麗に撫で付けられ、所作は静かだ。

 だが、眼光だけは鋭い。

 剣を持つ者の現実を、余さず見据える目だった。


 第三王女は数歩下がり、剣を下ろした。


「次、骨のあるやつは、誰か居るか」


 一瞬の沈黙の後、数人の兵が前に出る。

 第三王女はそれを確認し、短く頷いた。


 やがて、護衛隊長が一歩前に出る。


「殿下が前に立つ必要はありません」


 いつもの小言。

 だが、そこには職務としての責任が滲んでいる。


 第三王女は額の汗を拭いながら答えた。


「前に立たないと、兵の“怖さ”が分からない」


「しかし、殿下が怪我をされれば――」


「分からない恐怖を、命令で越えろとは言えない」


 第三王女の声は静かだった。


「剣を握る前に、足が震える感覚。

 相手が本気で斬れる距離にいる圧。

 それを知らない者が、後ろから命じるな」


 護衛隊長は、わずかに息を吐く。


第三王女は続けて。

「私を怪我させた者が罰せられる、という事はありえません。

 お父様より、その旨、公言されて居る筈。」


「……そういう事を、もうして居るわけではありません」

護衛隊長は説得を試みるが、これもいつものやりとりだ。


 話自体は短い確認だった。

 だが、それは制度ではなく覚悟の共有だった。


 第三王女は剣を収め、練兵場の外へ視線を向ける。


「……明日、街に出ます」


「視察、という名目ですか」


「建前は、それで」


 第三王女は淡々と続けた。


「力を持ちながら、眠って居る者も居るでしょう。

 ひとつ、募集をしてみるのも良い」


「品が落ちるかもしれませんよ」

護衛隊長は嗜める。


「品か……。」


 第三王女は小さく息を吐く。


「なら、私が教え込みます」


 護衛隊長は一拍置き、頷いた。


「……承知しました」


 少し間を置いてから、彼は現実を補足するように言った。


「街には、粗暴な者もおります」


 静かな声で、続ける。


「卑怯な手を使う者もおりますし」

「一対一、などという事は……ありえませんね」


 第三王女は、少し考えるように間を置いた。


「そうですか」


 そして、わずかに口角を上げる。


「それは、訓練になりますね」


 護衛隊長は即座に返す。


「……飛び道具にも、気をつける必要があります」


 第三王女は短く息を吐いた。


「それは――身が引き締まります」

「ですが、楽しみですね」


 護衛隊長は、それ以上は何も言わなかった。

 止める理由は、もう無い。


 第三王女が剣を置けない理由は、戦うためではない。

 恐怖を知り、それを誰か一人に押し付けないためだ。


 今日も、第三王女は剣を持つ。

 それは誰かの上に立つためではなく、

 誰かと同じ場所に立つために。


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