第三王女
――前に立つということ
髪の色が、違う。
それだけのことが、幼い私にはひどく重かった。
誰かに指を差されたわけじゃない。
笑われた記憶も、はっきりとは残っていない。
けれど、鏡を見るたびに分かってしまう。
姉たちと並ぶと、そこだけが微かに浮いている。
光の当たり方も、影の落ち方も違う。
――私は、同じじゃない。
ある日、気づけば小さなハサミを手に取っていた。
理由は覚えていない。
衝動だったのだと思う。
少しだけのつもりで切った。
だが、止まらなかった。
床に落ちた髪を見て、ようやく胸が詰まる。
何をしているんだ、と遅れて後悔が来た。
その時、扉が静かに開いた。
第一王女のお姉様だった。
一瞬、床に散った髪を見る。
それでも何も言わず、そっと私を抱きしめてくれた。
「あなたは、自慢の妹なのよ」
囁く声は、いつもと変わらない。
「それにね……あなたの髪の色、羨ましいわ」
その言葉に、胸が強く締めつけられた。
――あのお姉様が、羨ましいと言う。
私は急に、どうしようもなく恥ずかしくなった。
「……私、馬鹿なことをしました」
堪えていたものが溢れ、泣いた。
声も構わず、子どもみたいに泣きじゃくった。
頬に落ちる涙に、ほのかに混じる別の温度。
――多分、あれは。
お姉様の涙だった。
自己嫌悪、という感情を、私はその時はっきり知った。
泣いて、泣いて、疲れて。
いつの間にか、眠ってしまっていた。
目を覚ました後も、胸の奥に残る何かは消えなかった。
恥ずかしさと、悔しさと、言葉にならない怒り。
それをどうすればいいのか、分からなかった。
ある日、庭で落ちていた細い棒を掴み、振り回した。
誰かを叩くためじゃない。
怖がらせるためでもない。
ただ、気持ちを外に出したかった。
風を切る音がして、腕が痛くなって、息が切れるまで振り続けた。
「……元気ですね」
背後から聞こえた低い声に、振り返る。
護衛隊長だった。
叱られると思った。
止められると思った。
だが、その人は私の手元を見て、静かに言った。
「本格的に、剣を学んでみませんか」
意味がすぐには分からなかった。
「怒る代わりに振るうなら」
「どうせなら、形を覚えた方がいい」
そう言って、木刀を差し出してきた。
それが、始まりだった。
木刀は重く、すぐに手のひらに豆ができた。
潰れて、血が滲んでも、私はやめなかった。
振っている間だけは、何も考えなくてよかったから。
練習の終わりには、必ず聞かれた。
「今日は、何が出来るようになりましたか」
私は必死に報告した。
昨日より振れたこと。
転ばなかったこと。
それを、ちゃんと聞いてくれた。
ある日、その話は父――国王陛下の耳にも入った。
怒られると思っていた。
だが父は穏やかに言った。
「気晴らしになるなら、それで良い」
包帯越しの私の手を見て、少し笑う。
「……楽しそうだな」
そして、こう続けた。
「報告に来るんだよ」
「今日はこんな練習をして、これが出来るようになった、ってな」
頭を撫でられ、言われた。
「可愛くて、しょうがないな、お前は」
その時、私は初めて思った。
力は、誰かを傷つけるためのものじゃない。
自分で立つためのものだ。
棒を振り回していた子どもは、剣を握るようになった。
違っていてもいい。
前に立てばいい。
誰かが逃げ込める背中でいればいい。
私が進む道は、
あの日、最初に木刀を握った時に――
もう、決まっていた。




