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何も起きない日

門の軋む音を確認し、二人は少し距離を取りながら立っていた。子どもたちの声が遠くから聞こえ、笑い声が風に混ざる。隊長の視線は自然に巡らされ、背後の動きも気にかけている。


「……門の件、大工には私から話を通します。王女殿下の名が出ぬよう、理由も整えます」


「ええ、お願いしますわ」


「……こういう“名の出ない仕事”は、第一王女殿下のやり方に似ていますね」


「ふふ、気づきました?」


「はい。守るというより、残すやり方だと」


子どもたちの笑い声がまた一瞬耳に入り、二人は視線を向ける。小さなパンひとつで、空気は変わるのだと改めて感じた。


「……笑っていますね。パン一つで、ここまで空気が変わるとは」


「それが、続くということですわ」


隊長は静かに息を整えた。「……理解できてきた気がします。剣を抜かない護衛、という意味が」


王女はうなずく。「ええ。今はそれで十分です」


「……しかし。万一、何かあれば――」


「その時は?」


「一歩、前に出ます。剣より先に、と仰いましたから」


隊長の口元がわずかに緩む。「……不思議ですね。胃の痛みは、今はありません」


「でしょう?」王女も微笑む。「守る場所が、はっきり見えていますから」


二人は子どもたちの方を見守りながら立つ。背後の安全、子どもたちの動き、人の流れ――全てを隊長は把握し、今日は平穏な一日になりそうだと感じていた。


「……背後、異常なし。今日は、このまま終わりそうです」


「ええ。『今日は何も起きませんでした』――そう言える一日で、十分ですわね」


「……はい。良い一日でございます、殿下」


王女は軽く息を吐き、肩の力を抜く。「こういう外出も良い物でしょう? 色々と学びがありました」


「それは良かったです。第六王女殿下の思慮深さも、なんと言いますか――」


「あら、どう思われてたのですか?」


「それは、その……」


「お顔に書いてありますわ、『お転婆』って」


「あ、はい」


「あらー、正直ですこと」


「あ、いえ。殿下は素晴らしい方です」


「お姉様には敵いませんわ」


「比較するのが間違いだと理解しました」


「それは…仕方がありませんわ。でも、それを飲み込んで私は受け継いで行くと決めているのです」


「ご立派なお考えでございます」


王女は小さく微笑み、背筋を伸ばす。剣を抜かずとも、守るべきものを守る――その覚悟が、今この町の穏やかな日常を包んでいることを、二人は静かに確かめ合っていた。


第六王女 第一部 了

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