軋む門に気付く意味
門の扉がわずかに歪み、軋む音を立てる。手で押すと金具がかすかに悲鳴を上げ、今にも外れそうな様子を見せた。
「……本当ですね」
第六王女はそっと門に近づき、軋む音を確かめるように触れる。木の感触が、戦の名残ではなく、長く手入れされなかった現実を伝えていた。
「これは……戦の名残、というより、長く手入れができていない歪みですわね。力をかければ、今日のうちに外れてしまいそう」
小さく息を吐く。王女の瞳には、痛ましい現実を見つめる静かな決意が宿っていた。
「こういうところに、現実が出ます。建物は残っていても、直す“余裕”が残っていない……隊長。今すぐ直せとは言いません。それをすると、きっと『王女の施し』になってしまうから」
「……承知しました」
「でも――町の大工に声を回せますか? 『門が危ないから、仕事が一つある』とだけ。費用は、孤児院への補修金として既に別枠で用意してあります。私の名は出さずに」
王女は少し困ったように笑った。
「ね? こういう時だけは、“気づいてしまう人”が一番大変でしょう。でも大丈夫。あなたが気づいてくれたなら、この門は、もう倒れません」
「……良い目をしていますわ、隊長。ちゃんと、守るべき場所を見ています」
隊長はその言葉を胸に刻む。
「第六王女殿下がいらっしゃる場所に、いかなる危険も存在してはなりません……ですが、殿下のお言葉を聞いて、理解しました。危険を消すことだけが、護衛の役目ではありませんね」
「……あら、まあ。そんなふうに真っ直ぐ言われると、少し照れてしまいますわ」
王女は柔らかく笑いながら、言葉を続ける。
「でもね、隊長。私がいる場所に“危険があってはならない”のではなくて、危険があっても、誰かが気づいて、止まろうとすること。それが大事なのだと思いますの」
門から一歩離れ、隊長を見つめる。
「さっきの門だって、きっと昨日までは『まあ大丈夫』だった。でも今日、あなたが違和感を覚えた。それだけで、十分ですわ」
そして微笑む。
「……それに、私がここにいるから守る、ではなくて、ここにいる人たちがいるから守る。その延長線上に、たまたま私がいる。そう考えてくださる方が、私はずっと安心できます」
「隊長は、“危険を消そうとする人”ですね。私はどちらかというと、“危険を忘れないようにする人”。……だから、ちょうどいい」
王女はさらに柔らかく視線を向ける。
「さあ、門のことは任せますわ。私は子どもたちにパンを配る役目を果たしますから。ちゃんと見ていますよ、隊長が背後に立ってくれていること」
「……承知しました。背後はお任せください。子ども達の動き、人の出入り、視線の重なりも含めて把握します。何も起きない時間を、最後まで守り抜きましょう」
軋む音が静まった門の前で、王女と隊長の影が並んで立つ。守るべきもののために、王女の洞察と隊長の覚悟が、確かなリズムで重なり合った瞬間だった。




