積み上げたもの
護衛隊長は王女の言葉を受け止め、言葉少なに頷いた。王女は静かに視線を前方に向け、孤児院の方を見つめる。
「ただ――お姉様が積み上げたものを、崩さないように横で支えているだけ」
「それだけでも、容易ではありません」
隊長は少し息を吐き、視線を下げたまま続ける。
「……はい」
「それにね。立派かどうかなんて、自分で決めるものではありませんもの」
「……おっしゃる通りです」
王女は小さく息を整え、孤児院の建物を遠目に見やる。小さな子供たちが遊ぶ声が、かすかに風に乗って届く。
「あそこにいる子たちが今日、パンを食べて笑えたら」
「……ええ」
「それで十分です」
「十分すぎるほどです」
「……もし、その結果として私の名前を誰かが覚えなくても」
「はい」
「それはそれで、悪くありませんわ」
隊長は王女の言葉を胸に刻み、静かに頷く。
「……静かな選択ですね」
王女は少し息を整え、視線を柔らかくする。
「だから隊長。その言葉は、胸の中にしまっておいてください」
「……承知しました」
王女は少し微笑み、隊長の目を見据える。
「‘殿下’としてではなく、一人の人として、そう思ってくれたなら――」
「……はい」
「それで、私は嬉しいのですから」
「……大切にします」
隊長の視線は孤児院の門に向けられたまま、心の奥でその言葉を繰り返す。身寄りのない子供たち。戦火の下に生まれた、本人には何の罪もなく、選ぶ権利すら持たなかった存在。
「大人が大人の都合で行った戦争の被害を、最も長く背負わされるのは、この子たちなのかもしれない――」
「……ええ。その通りですわ、隊長」
王女は歩みを止めず、しかし声は少し静かに続ける。
「この子たちは、何も選んでいません。生まれる場所も、時代も、争いの理由も。それなのに――傷だけは、最初から背負わされる」
隊長はうなずき、孤児院の門を見据える。
「……重すぎる現実です」
門の向こうには、校庭に遊ぶ子供たちの姿がちらりと見える。戦争は、剣を持つ人だけが戦うものではない。終わったあとに残る静けさの中で、一番長く耐えるのは、声を上げられない人たちだ――
「……だから私は、『かわいそう』とは言いません」
「はい」
「同情は、一瞬で終わってしまいますから」
「……続かない」
「その代わり、忘れないこと。途切れさせないこと。明日も、明後日も、ここにパンが届くようにすること。それが、大人が大人として出来る最低限の責任だと思っています」
隊長はその言葉を胸に刻み、静かにうなずく。
「……胸に刻みます」
王女は微かに笑みを浮かべ、パンの袋を整えながら歩き続けた。「隊長。あなたが今、そうやって言葉にしたこと――それ自体が、もうこの子たちの味方です」
「……剣を抜かなくても、守る方法はある」
「……お姉様も、きっと同じことを言うでしょうね」
隊長は王女の横顔を静かに見つめ、冬の陽光を背に受けて立つ影を守るように、背筋を正した。声はなくとも、心の中で誓う――この町、この孤児院、そして王女を守ると。
石畳に二人の影が長く伸び、冬の光に溶け込んでいく。冷たい風が頬を撫でても、王女の言葉が二人の胸を温かく包み続けた。




