自然な距離
第六王女は歩幅を崩さず、目の端で街角の人影を追いながら言った。
「護衛として、それを鵜呑みにしないのは正しい姿勢です」
護衛隊長は少し頷く。口元は硬く引き結ばれているが、その瞳には注意深さが滲んでいた。
「務めとして、当然の判断です」
「……だから、こうしましょう」
王女の声は低く、それでいて柔らかい響きを帯びている。彼女は自分の歩幅を変えず、肩の力を抜きながらも視線は街の雑踏を逃さず追っていた。
「私が歩く速さは変えません」
「了解しました」
「声も、態度も、今まで通り」
「不自然にならぬよう、意識します」
王女は少し体を右に傾け、護衛隊長に向ける視線を柔らかくする。
「隊長は、少しだけ位置をずらして、私の右後ろ――視線の交差点に立ってください」
隊長は目で周囲を確認し、微かに頷く。
「右後方、確認しやすい位置ですね」
「相手が善意なら、そこで何も起きません」
「……その可能性は高い」
「悪意なら……それでも、動くのは向こうです」
「ええ。主導権はこちらにあります」
王女は小さく肩を揺らして頷く。「気を緩めなくていい」
「はい」
「でも、硬くなりすぎなくていい」
隊長は口元を引き締めながらも、少し笑みを抑えた。
「……加減が、難しいところです」
「今の隊長は、ちゃんと“守りながら一緒に歩いている”顔をしていますから」
「……そう見えるなら、問題ありません」
王女は石畳を一歩踏みしめる。
「……それに、私がここで足を止めたら、その時はもう、説明はいりませんわ」
「合図として、理解しました」
冬の空気が二人の間を通り抜け、マントの裾をふわりと揺らす。
「隊長、この町での“普通”は、警戒と信頼が、同じ距離にあることです」
「……勉強になります」
「今は、その真ん中を歩いていきましょう」
「承知しました」
二人の歩幅は揃い、町娘と軽装の護衛騎士という姿ながらも、自然なペアとして街路を進む。護衛隊長は視線を前後左右に巡らせながらも、王女に合わせる歩調を崩さない。
「町娘の隣に、姿勢のいい騎士」
王女は肩をすくめ、小さく笑う。
「歩幅も、視線の高さも、気配の張り方も違う。無意識に出てしまいますね」
「……耳が痛い」
「でもね、隊長。それでも私は、並んで歩きたいのです」
「……理由は、理解しています」
王女は石畳に落ちる影を踏みながら、声を少しだけ落とした。
「護衛が“影”になるより、“一緒にいる人”に見える方が、この町では案外、危なくない」
「確かに、理にかなっています」
「不審者は、守られている相手より、“一人でいそうな人”を狙いますから」
隊長は静かに頷く。過去の経験則としても理に適っている。歩幅を緩め、王女のリズムに合わせることで、視線を遮る障害にならず、かつ護衛としての機能も果たすことができる。
「それに……騎士が隣にいる町娘、というのは、『面倒な事情がある人』には見えても、『すぐ手を出せる相手』には見えません」
「避けられる存在、というわけですね」
「……どうしても気になるなら、一つだけ、工夫しましょうか」
「……工夫、ですか」
王女は小さく微笑む。
「背筋、少しだけ緩めて」
隊長は胸の中で呼吸を調整し、無意識に伸びていた背筋を意識的に少し柔らかくする。
「……努力します」
「剣の位置、無意識に触らない」
「……癖ですね。気をつけます」
「それだけで、“職業騎士”から、“無口な連れ”に見えますわ」
「……無口なのは、得意です」
「ふふ。難しいでしょう?」
「ええ、正直に言えば」
「でも、時間がかかるって言ってましたものね」
「……はい」
王女は少しだけ息を吐き、頬に当たる冬の風を楽しむように目を細める。
「大丈夫。今日はまだ長いですから」
「……助かります」
二人は再び視線を街角に戻し、歩幅を揃えて進む。冬の光の中、王女の微笑みと護衛隊長の無言の慎重さが、町の中で静かに呼応していた。石畳に反射する光と影が、二人の距離感と信頼を映し出しているかのようだった。




