見守り
「それに――私の方も、ちゃんと周りを見ていますから」
第六王女の声に、護衛隊長はふと視線を上げる。王女の瞳は、いつもより少し鋭く、しかし柔らかく光っていた。彼女のマントの裾が石畳をかすめるたび、小さな音を立てて揺れる。
「……ええ」
王女は小さく笑みを浮かべ、外套の端を指先でつまむ。「無防備に見えて、案外、抜け目ないんですのよ?」
「……その点は、分かってきました」
護衛隊長は自然に視線を街角に向ける。町に紛れ込んだ王女の存在は、誰もが知る城の姫君とは異なり、微細な違和感をもたらす。それを察知するのは、職業として当然の感覚だった。
「さっきから一人、視線を感じるものがいるのですよ。心当たりはございますか?」
隊長は少し間を置き、目を細めた。
「……あります。右手側、果物屋の軒先です」
「……ああ。やっぱり、気づきましたのね」
王女はちら、と何気ない仕草で視線を流す。髪の端を耳にかけ、肩越しに視線を滑らせるその仕草は、自然でありながらも鋭敏さを示していた。
「籠の影ですね。動きは小さいですが、こちらの進行に合わせています」
「心当たりは、ありますわ。右手の果物屋の軒先、籠の影にいる人でしょう? さっきから三度、位置を変えています」
「……確認しています」
王女は口元を微かに緩め、冬の風が頬をかすめる。
「でも――安心なさって。あれは『変な輩』ではなくて、ただの心配性です」
「……心配性、ですか」
護衛隊長は小さく息を吐き、苦笑を交える。確かに、城の厳重な警備を前にすれば見慣れない動きも警戒対象になるが、王女の町歩きはそう単純ではない。
「私が町に出るとね、必ず一人か二人、『王女殿下が無茶をしていないか』こっそり見守る人が現れるんですの」
「……なるほど」
「元兵士だったり、昔、父上に助けられた家の人だったり」
「……背景は、ありそうですね」
王女は足元の石畳を見つめ、小さく頷く。
「……今日は、たぶん後者ですわね」
護衛隊長は剣の柄に軽く手をかけず、ただ脇に構えたまま慎重に歩幅を合わせる。「……断定は出来ませんが」
「隊長。剣に手をかけなくていいです。今やるべきことは、私の歩幅を変えないこと」
「……歩調、維持します」
冬の光に包まれた街路を、二人はゆっくり歩く。王女の目は常に周囲を見渡し、しかし視線を固定せず、柔らかく揺れる人々の動きに溶け込んでいる。
「もし私が足を止めたら、それは“気づいた”合図です」
「……了解しました」
「止まらなければ、“放っておいていい”という意味です」
「……判断基準として、記憶します」
「……ほら。私、止まっていないでしょう?」
「……確認しています」
王女の言葉に、護衛隊長は胸の奥で少しだけ安心する。今ここで感じる視線は、脅威ではなく――見守る目。石畳に反射する光の中で、冬の空気が二人の間を柔らかく流れる。
「今は、『見張られている』のではなく、『見守られている』だけ」
「……そうである可能性は、高いですね」
護衛隊長は目を細め、無言で周囲を確認する。まだ確定ではない情報を、どのように扱うか。城では瞬時に判断を下すが、町の雑踏ではもう少し慎重であるべきだ。
「動きが一定で、殿下から目を切っていない点は気になりますが……」
「真贋がはっきりするまでは、こちらから距離を詰めることは控えます」
王女は微かに口元を緩め、目の端で隊長を見やる。
「……ええ。その判断、間違っていませんわ」
冬の光に反射する瞳は、冷たさの中にも柔らかさを帯びていた。
「共有されていない情報は、事実であっても“未確認”ですもの」
「……はい」
「護衛として、それを鵜呑みにしないのは正しい姿勢です」
「務めとして、当然の判断です」
王女は街路を見つめながら、頬に当たる冬の風を楽しむように息を吐いた。
「……だから、こうしましょう」
護衛隊長は静かに頷く。雪の混ざる冬の光の中、二人の歩調は揃い、周囲の雑踏に溶け込みながらも、互いの存在を確かめ合っていた。




