お下がりの服
第六王女は足を止め、迷いなく古びた扉をノックする。手首の動きは軽やかで、音に力を込めることもなく、自然に、そして堂々としていた。
「こんにちはー。今日も来たわよー」
扉の向こうから笑顔のおばさんが顔を出す。
「これはこれは、第六王女殿下、ご機嫌麗しく」
第六王女はにこやかに頭を下げ、手を振る。「はーい、麗しいわよー。また借りるわねー」
奥の部屋で、古い衣服が積まれた棚の影に、おばさんは目を細める。
「この子は本当に……王城の宝物だって平気で触りそうな勢いで、気さくで天真爛漫。でも、ふとした瞬間に『王族の孤独』が影のように見える子なのよねぇ」
「今日は婚約者も連れて来たのね」とおばさんは笑う。
護衛隊長は胸に手を当て、即座に頭を下げる。「婚約者など滅相もございません。私は護衛を仰せつかっております、護衛隊長の――」
「はいはい、そういう事ね。あの子はお転婆なので、あんまり気を詰めない様にね」とおばさんは続ける。
護衛隊長の視線が一瞬鋭くなる。「気を詰めないように……だと? この国境の緊張の只中で王女を任された身だ。気を詰めるなと言われても、無理というものだ」
第六王女は棚に並ぶ布を指でつまみ、笑いながら軽く回転する。「いつものように借りるのはこの服よ」
「おめかし……!? 第六王女は何をしようと――」
「今にわかるわよ。ただ……とても良い方ですよ、六姫は」
護衛隊長は唇を引き結び、目を細める。庶民の口から自然に出る「良い方」という言葉が、胸にずしんと刺さる。
「え? 私からお願いしたのよ、その呼び方」
護衛隊長は咳払いし、視線を逸らす。「殿下……それでは王女の威厳が……」
第六王女は笑いながら肩をすくめる。「王女の威厳は城の中だけで十分よ。それより、この緑のワンピース、気に入ったわ」
奥の部屋で衣服の山がひっくり返り、布地が擦れる音がする。光が差し込み、柔らかな影が揺れる。
「あらあら、六姫様。それは私が若い頃に着ていたものですよ。右袖の内側に虫食い穴があります」
第六王女は目を細め、首をかしげる。「良いの。涼しくて良いじゃない。私は汗っかきですから」
その瞳に映るのは、単なる布切れではない。誰かが大切に使っていたものを、自分に分けてくれる――その心遣いに笑みが生まれる。
護衛隊長はそっと剣の柄に手を置く。殿下が笑う顔は、城では見られない自然さで、胸の奥に響く。
第六王女は軽く回転し、ワンピースの裾を広げる。「ふふっ。ちょっと肩はきついけど、丈が短くて歩きやすいわ」
おばさんは目を細める。「似合ってますよ、六姫様」
護衛隊長は視線を巡らせる。町娘に紛れたら、誰もこの子が王女だとは気づかないだろう。小さな町の人々の中で、自然に笑い、歩く姿。それは城の玉座の上よりも、強く人々の心に触れるものだ。
第六王女は衣装室からひょいと飛び出す。肩にかかった緑の布が風に揺れ、街の光を受けて輝く。石畳の音、子供たちの笑い声、遠くで鐘が鳴る――すべてが今日の町を祝福しているかのようだ。
「さあ、隊長。今日も歩きますわよ」
護衛隊長は剣を握り直し、深くうなずく。「承知しました、第六王女殿下。どうか……あまり無茶はなさいませぬよう」
「ふふっ。無茶の基準は、あなたの想像に任せるわ」
街の空気が二人を包み込む。第六王女の瞳には、町の人々の表情が映り、彼女の胸には小さな決意が灯る。護衛隊長はその背中を守りながら、今日も静かに足を進めた。




