06.友だち
「お、懐かしー!」
「え?」
「オレ、これ中二のときに買ってもらってさ、やった、やった!」
「……そ、そうなんだ」
智也くんがテレビの横に片付けた英語の教材を見つけてはしゃいでいる。
英語の幼児向けDVDで、夏木先輩が通販で買ってくれたもの。父宛ての請求書付きだったのは笑ったけど。
「マネージャーが『英語を習い始めたゼロ歳児と同じだろ』って言ってプレゼントしてくれたのがこれだった」
「……ゼロ歳……、そう言われると納得かも」
「だろ?」
今日は智也くんが遊びに来てくれた。
スクーリングで声をかけられて、芸能人だと知ってドキドキしたけれど、彼は芸能人の彼に対してキャーキャーしない僕のことを気に入ってくれたみたい。
智也くんとは期末テストが終わったときに連絡先を交換したんだ。
あの事件のせいで僕は大阪に住んでいたときの友だちたちとの縁は切れてて、だから新しいスマホの友だちのカテゴリーに連絡先を登録するのが初めてで、泣きそうになった。
智也くんは僕の事情を一切聞かない。でも察してくれて言葉を選んで、なのに殊更腫れ物を扱うようなこともない。その塩梅がいい。
どうやら僕は大人に囲まれているほうが落ち着いて、同年代の子と話すほうがドキドキしてしまう。スクーリングで智也くん以外にも話せるようになった子はできたけれど、お互いに何かを気遣って、または探り合っているようで落ち着かなかった。そんな僕の様子を見て場を和ませて助けてくれたのも彼。
学校との面談でも僕の場合はコンスタントに同年代と会う機会があるほうがいいだろうとなって、家庭科や体育などのスクーリング参加でリアル登校の出席日数を取ることになった。
話しかけられるのはいいけれど、僕から話しかけるのを躊躇ってしまう。
僕の場合は高校入学前の心の整理がつかなかったのが一番の理由で、特殊部隊のことは部活のようなものと考えなさいといろんな人に言われた。
僕は僕の事情があって、他の人にもそれぞれに事情があってと考えてしまって、話しかけられないんだ。
こういうのをコミュ障っていうのかな。
前の僕はこんなんじゃなかったって落ち込むこともある。でも過去は変わらない。
今の僕がこうなった過去は消えない。
智也くんと出会えたのは本当に幸運。
体育のスクーリングのときに落ち込んでいたんだけど、ドンマイ! って背を叩いてくれてあの一言と笑顔がどれだけ僕を救ってくれただろう。
彼とは何回もスクーリングで会いながらも、連絡先を交換できたのは一学期の期末テストのとき。
本当に嬉しかった。
でも、僕から連絡する勇気はなかった。そんな僕の心の葛藤までお見通しで、智也くんから連絡をくれたんだ。
智也くんは有名人だし、どこかに行く提案なんてできなくてまごまごしている間に、智也くんは僕んちの最寄り駅を聞き出して、「一時間くらいで着けるわー」って言うもんだから、大慌てで掃除して片付けた。
そして急いで駅に行ったよ。
有名人を待たせなくてよかった!
昼前の時間だったから少しだけ寄り道して昼食になるものを見繕い、お店の人に智也くんが芸能人ってバレちゃうかなってドキドキしたけど、伊達メガネ一つでバレないもんだな。
「公務員の宿舎って普通のマンションなんだな」
「ここは新しいんだって。大阪で住んでいたのは団地に近かったかな」
「へぇ」
父の職業が警察ってことは話したけど、仕事が仕事だから家族も具体的なことは知らされないので、智也くんにも言えない。それもちゃんとわかってくれてほっとした。
「少ししたら撮影で時間取れなくなっちゃうからさ。その前に勇人くんと遊んどこうって思ってさ!」
その気持ちが嬉しい。
言葉に詰まってしまったら、智也くんはケラケラ笑って「オレにとっても勇人くんが友だち第一号なんだぜ」って言う。
学校でも人気者のイメージなのに、智也くんの中学校生活はあまり楽しいものではなかったみたい。
「今日さ、オレ、逃げてきたんだ」
そして智也くんのご家庭の環境も楽しくないって知った。
智也くんが芸能界入りしたのはご両親が応募した子役オーディションがきっかけ。ブレイクしたのは中一のときに出演したドラマ。それ以降、ご両親とちょっと諍いが生まれてしまった。要はお金の問題。
金遣いが荒くなったご両親と智也くんの溝は深まっていて、高校生になったのをきっかけに家を出ることにしたけど、それでご両親と大喧嘩。なおかつ嬉しい悲鳴で仕事のオファーが続き、まだ引っ越し先が決まっていなくて夏になってしまった。仕事がないと家に居づらいんだそうだ。
話を聞くと、所属事務所の社長さんやマネージャーさんたちは至極真っ当っぽいので、助けてくれる大人を頼るのがいいと思う。
「……勇人くんの親御さん警察だろ? 虎の威を借るなんとやらじゃねぇんだけど、……ごめん、勇人くんをダシにして出てきたんだ」
「うん、ぜんぜんいいよ」
普段のパッと明るい笑顔には裏表なさそうなのに、我慢して我慢してときに戦って、きっと今日の智也くんは疲れちゃったんだろう。
「なんなら泊まってもいいよ?」
「いや、流石に帰るよ」
うん。でも僕んちに逃げてきていいって合図はわかってくれたはず。
ご家庭の吐露をした智也くんの顔は強張っていたけど、僕の言葉に表情が緩んだのがわかった。
「僕さ、……中学のときに不登校になっちゃうことがあってさ」
「うん」
「それで転校して、……やっと人と話せるようになったんだ」
「……そんな気はしてた。あの学校、そういう子多いし」
「うん」
智也くんが僕の過去をどう想像したかはわからない。でも智也くんの事情を聞いたのに自分が言わないのはフェアじゃない気がして、言えることだけ言った。
そこからは二人とも気持ちを入れ替えて、弁当を買ったのになんか作ろうってなって、ゲームして、智也くんが手土産に持ってきてくれたケーキは美味しくて、僕の勉強の教材を見て二人で唸ったり。会えなくてもメッセージアプリで連絡し合おうって練習したりもして、あっという間に時間は過ぎた。
また会って遊ぼうの約束は智也くんの仕事が落ち着いたら。何の撮影かは聞けなかったけど、もう数日したらどこかに行くんだって。
駅まで送って、ホームに向かうエスカレーターに乗った姿が見えなくなるまで手を振った。
「なかなかいい青春じゃないか」
後ろから聞き慣れた声に振り向いたら夏木先輩!
「! なっ、夏木せんぱ」
「さん、な」
「……夏木さん」
僕と夏木先輩の見た目年齢差で、外で先輩と呼ぶのはNGと言われたのは三日前。聞いた人がどういう関係? となるからだって。別に先輩でいいと思うけど、早速『さん』付けに直された。
それよりも、なんですか? 僕のことつけてたんですか?
「つけてないぞ? たまたまだぞ? オレはこれから仕事」
夜の、と声なく告げて、手でDJと言ったらお馴染みのスクラッチの仕草。
今日は日中に特殊部隊の勤務もあったはずなのに、いつ寝ているんだろう。
「さっきの子があの芸能人の?」
「そうです」
「そっか。遊べるときは遊べよ?」
「彼、忙しいから」
「ははは! 一人でも遊べることあるだろ。んで、誰かと会ってウェーイとできるときは思いっきりな!」
「はい」
夏木先輩のことも見送って、家路につく。
昼に智也くんと作った炒め物が残っているけど、父が食べる量には足りない。食材も心細い。
スーパーに寄り道したら、夕方になって値引きシールが貼られた惣菜がけっこうあって迷わず大量ゲット。やったあ! これでしばらくおかずに困らない。自分で作るのも勉強なんだけど、誰か作ってくれた惣菜も美味しい。
ホクホクした気分で買ったものを袋に詰めながら、あれ? となった。
夏木先輩、どうしてあの駅にいたんだろう?
僕んちから一番近い駅だけど、秘密基地の最寄り駅じゃない。
やっぱりつけられてた?
なんで?
「……」
考えてもわからなくてモヤモヤだけが濃くなる。
声をかけてきたってことは、僕に完全に隠さなくていい何か。または本当にたまたまだったのか?
こういうときは聞こう。次に夏木先輩に会ったら聞く!
「っらしゃい! っらしゃい! 今からタイムセール! お一人様卵一パックまでー!」
悶々としながらスーパーを出ようとして、飛び込んできた卵のタイムセールの声に現実に戻り、慌てて店内に戻って無事ゲット!
それにしても買いすぎた。重い!




