20.一区切り
僕は異能疲労で力が入らなくてのヘロヘロ。智也くんは聞こえてきていた音で何が起きていたのかを想像して、急に静かになったことで混乱の呆然。
二人してへたり込んで僕の部屋の入り口で抱き合ったままでいたところに父が帰ってきて、「もう大丈夫だ」と言って二人同時に抱き締めてくれたときの圧倒的安心感。僕はもう我慢をやめて脱力した。
智也くんは逆に我に返って「何があったんですか? 何が? 僕の父さんと母さんは?」と質問攻め。
いい具合に僕のことを放置してくれたので、僕は僕の中に捉えた『靄』をどうするかなーって少しだけ現実逃避。
体の中に閉じ込めた『靄』が出せって騒ぐたびに僕は気持ち悪くなるから、はやく『昇華』してしまいたい。でも、異能疲労の回復はすぐとはいかない。
父には智也くんの心の保護を最優先で説明してほしいから、我慢。ひたすら我慢。
気持ち悪さを押し隠して現実逃避していたら、智也くんが僕の様子に気づいて、がばっとしがみついてまた泣き出してしまった。
ごめん! ごめん! って何度も謝って。僕が通信制高校に進学した理由を想像して、過去の嫌なことを思い出させてしまったんじゃないかって。
異能疲労とは説明できないし、ここで強く否定するよりこの勘違いに乗るしかない。四つん這いでぐったりの背景は言わず、父が戻ってきてくれたら力が抜けちゃったって誤魔化した。
父は床に落ちてたグシャグシャのレシートを見つけていて、僕が何をしたのかわかっていた。智也くんへの説明が一段落したときに僕の頭に大きな手を乗せて「よく耐えた」と言い、僕の中に閉じ込めた『靄』を『昇華』してくれた。異能を発動させた父のこめかみから汗が伝う。それでなくても智也くんのお母さんの対応に出て行って、シャツは汗で濡れて色が変わってる。さっき走って帰って着替えたばかりなのに、ゆっくりと汗を拭う暇もない。
そうこうしているうちに救急車が到着。
智也くんはご両親が救急で運ばれるなら一緒に行かないと! って焦ったけど、同行が必要なら父が行くからいいって止めた。
「ボク、今日はいいから。うん。オジサンたちが聞きてぇことあるってなったら呼ぶけど、明日でいいから、な? 管轄ちげぇから俺が聞くわけじゃねぇけど、中野の警察のオジサンたちに言っておいてやっから、な?」
玄関先で遠藤さんも智也くんを通せんぼ。父に負けず劣らず強面顔で言葉遣いもちょっと粗っぽいけれど、しゃがみ込んで視線を合わせてくれて、智也くんへの声はとっても優しい。
遠藤さんも救急隊の人たちも智也くんちの家族間トラブルを察してくれたのか、父が押し切ったのか、智也くんに救急車への同乗は求めなかった。
父は下からも呼ばれたので智也くんのお母様の状況説明へ。車が建物の外周の壁にぶつかって壊しちゃってるから、中野警察署の交通事故担当の人たちも到着したみたい。
智也くんは頭も心もぐっちゃぐちゃ。
大人に押し切られて僕んちで待機することを決めてくれた。
こんな状況で智也くんを家に帰したくない。なんなら帰さない。
なんだかんだの時間が僕の異能疲労休みになり、足のガクガクブルブルな感じはなくなった。長々と四つん這いでいたら智也くんが心配しちゃう。
ヨロヨロだけど立ち上がり、キッチンでごそごそと。
「はい、コーンポタージュ。飲も?」
「へ?」
「お腹の中から温まると頭も心も落ち着くかなって。……僕がそうだったから」
温かいミルク。温かいココア。温かいスープ。
──はい、勇人くん、飲もっか。
食事も喉が通らなくて点滴と流動食が僕の命を繋いでた。自分で食べられるようになっても食は進まなくて、出してもらった食事は冷めていく。
春日先輩が、清水医師が、富田医師が、食べられない僕に差し出し続けてくれた温かいカップ。
温かい見守りのリレー。
「……ありがと……」
智也くんは僕の言葉を咀嚼して、小さく頷いて受け取ってくれた。
二人でソファーを背もたれに床にしゃがんで、コーンポタージュを飲む。粉末インスタントだけど美味しいね。
どれくらい経っただろう。
猫舌の僕がコーンポタージュを冷ましながら半分飲んだくらいの時間。
救急車のサイレンの音に病院に向かったことを知る。すぐに二台目のサイレンも聞こえてきた。
「どこに運ばれたかは父さんが聞いてる。大丈夫」
「うん」
「……落ち着かないだろうし、考えなきゃいけないことだらけだけど、一人で悩まないでね。父さんに何でも言ってね」
「……うん」
玄関扉が開錠される音に二人で顔を向けたら、父だった。一緒には行かなかったんだ。一緒に行くなら僕のスマホに連絡あるはずだしね。
え?
父の後ろに続いて入ってきたのは夏木先輩!
「ご両親は大丈夫だよ。智也くんが心配だったからあとから行くことにした」
「あ、あの、本当に僕が、僕、すみません!」
「智也くんは何も悪くないから」
「あ、あの、あっ」
智也くんが父に謝り続けて、父の後ろの夏木先輩に気付いていない。
父の後ろの夏木先輩はキリリと真剣な顔。僕と一緒にいるときに、その顔見なくなったなー。
智也くんがやっと第三者登場に驚いて息を飲んだ。
智也くんを不安にさせてしまったんじゃない? って僕は眉尻を下げて父に訴える。
「急に知らない人を連れてきて驚かせたね。彼は勇人の家庭教師をお願いしている人。勇人のメンタルケアでもお世話になった人なんだ。私がこのあと病院に行く間、君たちが心配だから来てもらった」
そういう設定ですか。
家庭教師は現在進行形で本当で、僕が僕を取り戻すまで見守ってくれたのも本当で。
ものは言いよう。父、凄い。
「夏木──」
「でぃでぃでぃでぃでぃでぃでぃでぃっ! DJのハーレクインさんですよね! おおおととしのぐぐぐグラミー賞で最優秀ダンスレコーディング賞のっ! まままっ『マットマイム』! 最高にイカしてて! あーーー!」
智也くん? 智也くん!?
これぞまさしく、大! 興! 奮!
僕と父、『どうした智也くん』状態でぱちくり。
夏木先輩もおおっ? と驚いたけど、すぐにニッコリ笑って智也くんに「I'm honored. Glad you enjoyed my tracks」って返してた。僕には意味がわかりません。
「……夏木せ、さんって凄い人なの?」
「いや、知らん」
父さん、もっと部下の表の仕事に興味持ったほうがいいんじゃないかな?
父と僕のDJへの認識は、踊る音楽を作る人。たいへん音楽への知識がない。
それにしても顔色をなくして闇に落ちてしまいそうな危うさがあった智也くんが、顔を紅潮させて目を輝かせているのは悪いことではない。ただ……
「あとで寝込みそう」
「かもしれんな」
この数時間の智也くんの感情の乱高下が凄くて、頭も心もオーバーヒートして熱出しちゃいそう。
それでも、今一瞬だけだろうけど、ご両親との確執やさっきの騒ぎを忘れて興奮しているのはいいのかも。
智也くんは足をジタバタ。両手を何度もズボンの横で拭いて、夏木先輩に恐る恐る握手を求めて、夏木先輩が握手からの抱擁。
「あーーーっ!」
さっきまで抱え込んでいた悲しみも苦しみも吹っ飛ぶような智也くんの歓喜の叫び。
沈痛な雰囲気が吹っ飛んだら……、お腹空いた。




