16.寄り道のお誘い
中野の秘密基地の臨時メンテナンスが終わってから来てなかったけれど、どこをメンテナンスしたのかぜんぜんわからない。ちょっと古びたところは古びたまま。改築または改修のイメージだったけど、秘密基地に構築している異能空間を保つメンテナンスだったと言われたら納得。
今日は異能の訓練はなく宿題の提出だけ。
「秋葉先輩はお盆休み取らないんですか?」
「九月に夏季休暇をもらうことにしている」
父と秋葉先輩は休みが被らないようにしていると説明された。特殊部隊の司令塔としてどちらかが動けるようにするため。父と秋葉先輩の二人が不在の場合は、大阪にいる野田さんという人が司令塔を務めると聞いているけど、僕は会ったことがない。
父も世間の盆休みではなくその翌週で夏季休暇を取得。母が上京してくるのがこの週なので、僕の勉強もその週だけは勘弁してもらいたいと相談したら、父と休暇調整した際に聞いた言われた。確かに。
「夏木と柊はまだ粘っているが、いったん任務解除させないとな」
「マスコミがいなくなれば出てくるかもって言ってましたけど」
「どうだかな」
智也くんとご両親が住む両隣や上下の部屋に住む方々は関わりたくない感じで、言い合う声が聞こえきても沈黙を守ってくれていたのに、出歯亀な人はいるもので。智也くんが交番に駆け込んだのを見た人かもしれないが、誰かから情報が漏れて尾ひれがついて智也くんちの家庭の事情がマスコミの知るところになった。
とは言え、大々的にテレビのワイドショーであーだこーだと取り上げられたわけじゃないのが救い。
人の噂も七十五日。たくさんの情報が溢れるこのご時世。あっという間に忘れられてしまう。いや、忘れて欲しい。
ワイドショーで取り上げられたあともマンション前にマスコミがウロウロするもんだから、ご両親はさらに閉じ籠もってしまってガチで出てこない。それでも夏木先輩と柊先輩は「ここまできたら接触できるまでやる!」とまだ賃貸ビルの一室にいる。
今のところあの二人が動かないとならない特殊部隊任務はなく、二人とも表向きの仕事があるんだかないんだかわからない自由さもあって、父たちも若干放置気味。限度はあるだろうけど。
「智也くんは早々にスッキリできてよかったな」
「はい」
智也くんに纏わりついていた『靄』の残滓の捕獲はすぐだった。
撮影ロケ地に赴いたのはゲート班でジグソーパズルを組み立てたり壊したりしていた女性の方。智也くんのファンを装うなら男性より女性だろうで選ばれたけど、本人は「おばちゃんが自分の息子より下の少年のファンでいいんだろうか」って言いながら向かったそうだ。そんなことを言いながらも、現地の撮影初日の夕方前にはしっかりミッションコンプリート。
他の役者さんも休憩や移動などで気軽にサインに応じてくれた方々が多く、智也くんとの接触もスムーズだったんだって。行ってみないとわからなかったけれど、厳戒態勢の撮影現場じゃなくてよかったって言ってた。
智也くんからは撮影ロケ地に向かっていった日に僕の体調を気遣うメッセージが来ていたんだけど、メッセージのテキストもペタペタ送ってくるスタンプも、ご両親に打たれたことをぜんぜん感じさせないいつもの楽しい智也くんで、僕は胸が詰まった。
翌日のおはようメッセージで、「実は撮影に来る前にちょっと親とやり合っちゃってさ。気分最悪だったんだけど、今日はスッキリ! マイナスイオンってすげーな」って、少しだけ心を見せてくれたメッセージが来たことにホッとしてしまった。
撮影ロケに出て、ご両親と顔を合わせなくていいこと以外に、『靄』がなくなったのもあるんじゃないかって思った。
マイナスイオンってことは緑豊かなところなんだろう。父たちに聞けば教えてもらえるだろうけど聞かない。智也くんから教えてもらえる日を待つのがいい。
「智也くん、あのご両親のところに帰るの嫌だろうなぁ」
「だろうな」
できることがあればしてあげたいけど思いつかない。
できないことに飛びついてもどうしょうもない。
一つ一つ、コツコツと、できることを増やしていく。
智也くんが心を見せてきたときは真剣に向き合う。今の僕はそれしかない。
話が脱線しつつも盆休みの翌週が勉強休み週間になることがわかったので、盆休みも秘密基地に来て勉強を見てもらうことになった。
そういえば春日先輩にあってないけど、春日先輩が担当していた異能訓練監督の任務は終わって、ご家庭優先モードに入っていた。
春日先輩は僕が異世界から救出されて、あの秘密基地の病室にいた間、医務室の職員さんと勘違いするほどずっといてくれた。時間を経て知る彼女の優しさ。ときに命を懸けるチーム四鬼のメンバーに任務がないのが一番いい。自称自堕落な主婦の日々を過ごしてほしい。
盆休みの入ったら秘密基地を出勤地にしている職員さんの一部がデスクや棚などの引っ越し。なんだろうと思ったら帰還エネルギー制御のための専用訓練室をつくるんだって。
関根大先輩が後進育成に必要だと急に言い出し、「臨時メンテナンス前に言えー!」と、父と秋葉先輩が叫んでいたっけ。
明後日には母が来る。
ここ数日、父と毎日「洗濯物は」「仕舞う!」を合言葉に散らかさないように頑張ってきた。父も僕も掃除はそこそこやっているから汚くはないけれど、年末の大掃除かとなるほど、窓を拭いて、換気扇も、風呂場も、トイレも頑張った! 冷蔵庫の野菜室の奥でミイラ化していた野菜を見つけてしまったのは、父とともに神妙に弔いました。
今日は母が来るときに使う布団を干した。夏だから敷布団とシーツとタオルケット。姉は今回上京見送りで、九月のシルバーウィークに弾丸でやってくるから今回用意するのは一組だけ。
ギラギラの日差しに布団はアッツアツ。父の寝室に運び入れて畳んでおく。
「ただいま」
「おかえりなさいって早くない?」
「じーさんの訓練室の整備が終わったから、きりのいいところで上がらせてもらった」
「できたんだ! 次に行ったら覗ける?」
「覗いてもガラーンとした訓練室ってだけだぞ?」
「なんとなく!」
父は表の仕事もあって警察庁に出勤する事が多くて帰ってくるのは二十時前後が多いけど、秘密基地出勤だと十八時には帰宅してくる。今日はそれよりも早い十五時。まだ夕飯も考えてなかったし、とりあえずは軽くおやつにしよう。
帰還エネルギー制御の訓練室は僕が異能の訓練で使う部屋とは空間構築が違っていて、それを整備するだけでも異能の訓練だったって。
「嫌がらせかってくらい疲れた」
「じゃ、今日は父さんの食べたいものを夕食にしよう? ガッツリと肉?」
「昼を肉にしてしまったから、勇人の食べたいものでいいぞ?」
「うーん、どうしようかなー」
父と買っておいたアイスを食べつつ、少しだらだらとしていたらスマホの通知。
──撮影からたっだいまー! 土産渡したいから寄ってもいいか?
智也くんだ!
「父さん、智也くんがお土産持ってきてくれるって。来てもらっていいよね?」
「構わないぞ?」
すぐにOKのスタンプを送って、わくわくドキドキのスタンプも送っちゃう。
「──家に帰ってからこっちに来る……ではなさそうだな」
「……うん、多分、帰りたくないんだと思う」
駅に迎えに行く? って送ったら、僕んちに直接行くって返ってきて到着は一時間後くらいとなれば、父も僕も智也くんがメッセージをくれたのは、撮影ロケ地から帰って来る途中の車か電車の中だと思った。僕んちに寄って、それがたとえ数分でも自宅に帰るのを遅らせたいんだろう。
「夕飯誘ってみるとか、してみてもいい?」
「ああ。彼次第で好きにしていい」
夕飯に誘っても何にするか決めてないけど、冷蔵庫と冷凍庫の中を思い出す。昨日買い物したから食材は豊富。おかずは、うん、なんとかなる! よーしっ! 誘うぞー!




