15.コツコツいこう
僕の夏休みはそこまで密なスケジュールではないけれど、次元の間に落ちたり、『靄』なことでちょっと落ち込んじゃったりしたので、微熱を出した翌日には熱も下がってほぼ回復したけど、先輩たちによる勉強は三日間休みとなった。
でもね、秋葉先輩と夏木先輩、メールでいっぱい宿題を送ってきた。宿題を休みにするとは言ってないって。
柊先輩がスーパーの惣菜を手土産にお見舞いに来てくれたときに愚痴ったら、「腹の肉が五百グラムくらい痩せたかもしれん」って言いながら笑うだけ笑って、柊先輩からも宿題が追加された。チーム四鬼で僕の勉強にほぼノータッチな春日先輩以外、本当に鬼だ!
仕事から帰ってきた父も、あっはっはっ! って笑うだけ笑って、就寝前の十数分だけ先輩たちからの宿題を解くのを横で見守ってくれた。見てくれる人がいる安心感。でも、すぐにフォローしてくれる人がいることに頼り切ってはいけないって諭された。受験のときは一人。それはそうだ。
二日間しっかり休めば体調も回復。根を詰めても頭に入らない。外は暑いけれど運動もしなくちゃいけない。
よし! 関根大先輩のお見舞いに行こう!
関根大先輩は僕を助けてくれようとした際の負荷で肋骨を骨折してしまったんだ。骨折といってもボキッと折れたのではなくヒビが入った程度と聞いたけれど、七十歳という年齢と日頃の不摂生で骨粗鬆症もあり、入院期間が少々長い。自宅療養に切り替えたらまた不摂生に戻ると予想した父や志村先輩あたりが、しっかり治るまで入院させておこうと根回しした気がしないでもない。
救出されて目が覚めた翌日にお見舞いに行ったけれど、関根大先輩は宮内庁病院に入院させられている。
よく考えたら陛下が異能を授けるお立場だから、宮内庁の方々は特殊部隊のことを知っている。そういう繋がりから本部で倒れた関根大先輩は宮内庁病院へ入院となったんだろう。僕は本部の医務室でよかった。
関根大先輩のお見舞いに行くといっても宮内庁病院は一般外来診療をしていないから、お見舞いも正面玄関から行くわけには行かない。
僕は特殊部隊の本部を経由して行く。夏休み期間中だから霞ケ関を一人で歩いていても補導されないのはいいね!
でも僕の見た目はぱっと見は中学生になるそうで、子どもが警察庁の建物に入るってやっぱり変なこと。だから、志村先輩に教えてもらった日比谷図書文化館にある特殊部隊専用出入り口からテクテク歩いて本部に立ち寄り、そこから宮内庁病院を目指す。
日比谷図書文化館にある特殊部隊の出入り口ルートはなかなかいい。出入り口が図書館だし、近くに大音楽堂もあって若者も多くいるから僕がいてもぜんぜん不思議じゃない。
大人は警察庁の建物に堂々と出入りでも不思議じゃないから、こういうイレギュラーな出入り口はあまり使われていない。父もそんなルートもあったな~って、もっと早く教えてよ!
難点は本部までの道のりが長いこと。自転車があればいいのにと思う距離があるけどウォーキングだと思ってテクテク、テクテク。……うん、自転車ほしい。
「関根せ……さん、こんにちは」
「おお、来てくれたんか」
先輩と言いかけて、看護師さんがいたので「さん」呼びに変更。
特殊部隊の方々に対して、とくになにかあって「先輩」呼びにしたのではなく、いつの間にかそう呼んでいただけ。そうしたらそれが僕にとっては当たり前になってしまったけど、夏木先輩と秋葉先輩に言われ、父にもそう言えばと指摘されたので、「さん」呼びになるよう頑張っているところ。
関根大先輩は病室のベッドの柵に掴まってスクワットのようなリハビリをしていた。僕が来る前に少し廊下を歩いてきて、軽いスクワットもリハビリの一つ。
食事制限はないと聞いていたので、お見舞いはカルシウムたっぷりのウエハースと小魚アーモンド。口寂しいときにもカルシウムを摂ってね!
「盆明けには退院って言われた」
「前に聞いたときより早いですね」
「違いますよ、転院です。転院先でも無理しないでくださいね」
関根大先輩は退院と言ったけれど看護師さんがクスッと笑って訂正して教えてくれた。中野の病院に転院って、そこ、秘密基地! 秘密基地に戻ったら関根大先輩は研究だ、調査だって無理してしまいそう。
「流石にな、もう無茶はせんよ」
「本当に?」
「信用ないな?」
「ないですね」
秘密基地にいるときの関根大先輩を思い出す。今の言葉を信用できる要素が一つも思い出せません。
ムムムッと見つめ合って、ケラケラ笑いあって。
看護師さんもリハビリの補助を終えたら、二人だけにしてくれた。
「後進を育てんとな。それに尽力しなかったら異能を取り上げると陛下に脅された」
「……」
怒られたじゃなく脅された。陛下に脅されるってどういう気持ちなんだろう。恐れ多すぎる。
でも、関根大先輩の声は穏やかで、その未来を受け入れているのがわかった。
陛下自身は異能を授けることしかできない。
命をかける者たちを送り出すことしかできなくて、命をかけて秘術研究する者たちの無理も止めたくても止められない。
日本以外に残る特殊部隊でも異能を授ける人は同じ思いなんだろうか。
志村先輩から聞いた関根大先輩の過去。一つでも助かる命が増えるように、失われた秘術に変わる秘術を編み出し、新たな道を作っている。その道を絶やしちゃいけない。
ここのところのお互いの近況を話して、僕がお見舞いに来れなかった間も本部の人たちが代わる代わる来ているのを知った。
志村先輩率いるゲート班は、関根大先輩が得意とする帰還エネルギーとも密接に関わっているし、なんだかんだ関根大先輩はたくさんの人に慕われている。
僕のほうは智也くんと彼のご両親の『靄』のこと。
「『靄』の捕獲は対象者との接触が確実として習うが、『靄』の蠢く範囲に入れれば運がよければ捕獲は可能だ。ただ、制御次第の部分もあるが五割か、いや一割と言ったほうがいいかもしれん。それくらい成功率が低い」
「それは教えてもらってませんでした」
「日常での異能発動はそう数多くできん。失敗しても異能疲労がきつい。だから確実な捕獲が無難だ。ダメもとの方法に近いからな」
どうして父やチーム四鬼の先輩たちは教えてくれないんだろうと少し悲しく思ったら、今の僕は異能を学ぶより現実の勉強優先だろうと言われた。
「勇人くんはあの病室を出てまだ半年経っておらんことを忘れとるな? いや、それだけ充実した日々を過ごしているのは喜ばしい。ボクも嬉しい。自分で立って前を向いて歩き出した勇人くんのことをみんな見守ってるんだ。まだ特殊部隊の一員と言っても見習いの域を出とらんし、無理になることを教えたくない。それだけじゃろな」
「あ……」
僕が僕を取り戻して、あの病室を卒業したのは今年の三月の終わり。
なんだかもっと経っている感じがする。そう感じるくらい毎日が充実していて、そして僕は病室を出たときよりも心も成長しているって関根大先輩に言われて、焦るなと頭を撫でられた。
「あれもこれもと欲張らんとコツコツな?」
「……はい」
「お友だちが心配だからといって、焦ってもしょうがないこともある」
「……はい」
関根大先輩の穏やかな笑顔に目が潤む。
『靄』の影響範囲に智也くんがいるから僕は焦っているけど、関根大先輩の言う通り、焦っても仕方ない。
「まったく。勇人くんをこの任務に就かせたおまえさんのお父上と秋葉を蹴っ飛ばしに行くのに、この体め」
「ふふっ、関根さんの足が折れちゃいますよ」
「かもしれん」
ふははっ! と笑いに変えて僕を慰めてくれる関根大先輩。
会いに来てよかった。




