13.うまくいかないこともある
僕はやる気に満ち溢れている。
「Yuto, here’s a question for you. Which of the following statements about the Muromachi Shogunate is incorrect? Choose one from one to four」
途端に、やる気が削がれた……。
夏木先輩、何を言い出しましたか?
勇人って呼びかけられたのはわかる。クエッション……ってことは問題? ここで急にここで問題? むろ、むろまちって言いました? 室町? チョイス、フォーってことは四つから何かを選ぶ? やばい、何かを聞き漏らした!
「待て待て待て待て、夏木さすがにそりゃ酷だって」
「ひいらぎせんぱい……」
柊先輩からの助け舟! その舟に乗ります。夏木先輩を止めてください! お願いします!
「さすがに日本史の問題を英語はないでしょ。はい、勇人くん、今日の問題はこれね」
日本史の問題を英語って……、夏木先輩どこまで鬼なんですかー! への字口でジト目になっても仕方ないと思うんだ。
夏木先輩は僕の愕然とした顔からジト目までの変顔選手権を見て大笑いだし、助けてくれた柊先輩も笑ってるし、ここで勉強はやめようとは言ってくれない。任務中なんですよ? 任務に集中しましょうよ。
……はい、解きます。
柊先輩から受け取った紙は、センター試験の過去問を先輩たちフィルターで僕向けにアレンジしてくれたもの。
「日本史は選ばないだろうけど、ま、復習ってことで。関根のじーさんと勉強しただろう中学の内容で答えられるものにしてるぞ」
僕のジト目はそういうことではない。柊先輩が止めてくれなかったら、夏木先輩は四つの選択肢も全部英語で言ってきたんでしょ? 僕を英語に慣れさせようって思ってくれるのはありがたいけれど、日本史の問題を英語で聞き取るのはハードル爆上がり過ぎです。
「まあ、いい。文章で聞き取れてなくても、単語だけでも聞き取っていたのはいいこった」
僕が聞き取れなくてわからなかった単語はincorrect。この単語が聞き取れていたら、僕は推測して『選択肢から誤りを回答しろ』とわかったかもしれないが、夏木先輩、この夏は浅く広くって言ってたのに。もう少しハードルを下げてください。
いんこれくと、インコレクト、incorrect。
正しくない、不正確な、間違った、誤り……などの意味。
よし、単語帳に書いた!
やる気に満ち溢れているのは勉強ではなく任務。その任務の指揮は夏木先輩と柊先輩。
ええ、しっかり任務の隙間に僕の勉強はセットされていました。勉強はやる気が満ち溢れているとはいい難いけれど、嫌がったら父を目指せないので、僕のために作ってくれた問題を解いた。
今僕たちがいるのは智也くんとご両親が住んでいるマンションの向かいの賃貸ビルの一室。どうやってこの一室を借りているのかは僕には教えてくれないけれど、ドラマの張り込みみたいでちょっとドキドキ。
部屋には美術用品がそこかしこにあって、完成間近の絵がイーゼルにある。これらは柊先輩の本業である画家の仕事道具たち。イーゼルにあるのは、秋の紅葉が見事な風景と雪山の風景。どちらもアクリル絵の具だって教えてもらったけれど、水彩画風と油絵風で、同じ絵の具なのに使い方でこんなに違うんだと不思議だった。
柊先輩はどうやって稼いで生活しているんだろうと思われそうな生活をしている。年がら年中旅をして風景をスケッチしては、たまに絵をどこかで売っていたり、依頼があって描いていたり。奥さんも娘さんもよく突っ込まないもんだって思う。
そんな生活スタイルなのもあって、特殊部隊の遊軍ポジションで任務に就いていることが多い。僕と会うのも久しぶりで、「少し背が伸びたか?」って言ってもらえたのが嬉しかった。ちょっとだけ伸びました! この前の謎空間にいた僕は実体がなかったから、ちゃんと会ったのは三ヶ月ぐらいぶり。
「柊先輩そんなに食べてばかりいたら、また体重戻っちゃいますよ」
「口寂しくてさ~」
「食べたらその分動くをセットにすれば問題ない。Ready to get ripped?」
「やだよ。君みたいにバキバキになる気はないって。ボクのお腹はぽんぽんぽっこりでいいの」
「ぼよんぼよんです」
「もー、勇人くんも厳しいなぁ~。ははは!」
僕、ダイエット監視人じゃないからね? 春日先輩と柊先輩に健康でいてほしいだけですからって、もうだめだってば!
柊先輩からキャラメル味のポップコーンの袋を取り上げて夏木先輩に渡す。夏木先輩も健康管理面は僕と同じ考えなので、没収~と言って仕舞ってくれた。
和気藹々。これでも任務中兼僕は勉強中。
問題を解き終わったら柊先輩が日本史の復習レクチャーをしてくれた。教科書にない逸話的な話しを聞くのが面白くて、そうすると関連した歴史のその部分を覚えやすい。
ふんふんと聞いていたらビデオ監視カメラの映像に動きがあった。
映像は動きの有無だけ。直で視ないとだから窓へ。
窓にベッタリ張り付きたいけど、外から見つかったときに怪しい人になっちゃうからこっそりと。そして、異能を発動させる紙を握って意識を集中。日常で異能を使うのは少々息苦しい。
「勇人くん視える?」
「一昨日と変わりないです」
「濃くなってないなら、まあいいか」
「すぐそこにいるのに」
「我慢だ」
「はい……」
『靄』。
言葉の通り、異能で視ると煙みたいなもやもやっとしたもので、異世界の生命体が地球に迷い込んで死んだとき、消えずに残ってしまったもの。地球にあってはならないよくないもの。
こっちの人が異世界で亡くなったときの思いが怨嗟の念で残ってしまうのと同じで、異世界の生命体がこっちで死んじゃったときも同じようなことが起きる。ゲートの出入り口になりかねない不穏な要素となるので駆除対象だけど、緊急度合いはあまり高くはない。ただ、厄介なのが人に憑いてしまう『靄』。人の思想・思考に悪影響を及ぼす。
秋葉先輩が任務の説明とあわせて教えてくれた。権力のある人が『靄』に憑かれてガラリと思考や思想が変わったことで、冷酷で残酷な独裁者になると最悪な結果となった悲惨な歴史。
柊先輩に肩を叩かれて異能を解除。日常で異能を長く行使するのはやっぱりきつい。
僕が知る限りで異能使いのスペシャリストは柊先輩。一人遊軍でこの日常で異能を行使する任務に就くことが多い柊先輩も、頑張っても五回の発動が限度。行使する術によっては三回で無理になると言っていた。
『靄』の動向を監視しているここで使うのは『鑑定』。悪影響の範囲の広がりを一定間隔で注視しているけど、異能を使えばどっと疲れる。
それで柊先輩と夏木先輩の二人体制では一日交代にしていたけど、そこに僕が加わったので三人での交代制に切り替えた。
ふーっと深呼吸して差し出された麦茶を一口飲んで、夏木先輩と柊先輩の指示を待つ。
マンションから出てきた智也くんは怒った様子で、迎えに来たマネージャーさんの車に乗り込んでどこかに向かったけど、ご両親と引っ越しの話しで喧嘩して、仕事の時間だから飛び出したってところだろう。
十六歳での一人暮らしは法的に親権者の同意が必要。智也くんのところはご両親が反対しているから、勝手に飛び出したら面倒なことになってしまいかねない。
所属事務所の方々が仕事の都合でと説得してみたけれど聞き入れなかったという噂は柊先輩が仕入れてきた情報。
「『靄』に遭遇なんてそうそうないからねぇ。最初は焦ったよ」
『靄』が見つかったきっかけは実は僕。
柊先輩とゴールデンウィーク前に秘密基地で会ったんだけど、そのときに僕から『靄』の残り香のようなものを感じて、内々の調査が始まった。
調査開始早々、ゴールデンウィーク後の僕からは『靄』の残り香はなく、それで僕がたまに会う誰かが『靄』に侵されていると仮説が立った。
行動範囲が狭い僕。通信制高校のスクーリングで会う人が有力だと一人ひとり調べていったら、智也くんが浮上。
少し前に智也くんが僕んちに遊びに来て帰るのを見送った際、駅で夏木先輩に会ったのは内々調査で智也くんを追っていたんだって。智也くんを尾行して、『靄』の確認と捕獲が任務だった。
混んでいる電車は見知らぬ人が近くにいても仕方ない場所。混雑している時間はもってこいで、夏木先輩は見事に智也くんとほぼ背合わせでくっつける状態で乗車でき、『靄』を捕獲したけどなんと本体じゃなかった。
それで夏木先輩は柊先輩と合流して『靄』の本体調査に入っていて、でも進捗はよくなく、僕も合流してイマココ。
「異世界だと俺も柊も無双するが、日常だとやっぱりきっついな」
「ボクは無双はしないよ~」
「なに言ってるかね? 非情ツンドラが」
「なっつんには負けるよ〜」
「なっつん言うな!」
柊先輩は謙遜するけど、僕は助けてもらったからこそ知っている。チーム四鬼の一人で間違いない。
それにしても日常生活のこの場で異能の発動はきつい。制限下だから使える異能も限られてるし、さっき発動させた『探知』と『鑑定』も少しだったのに、まだ汗が引かない。
智也くんの『靄』は移り香のようなもので、それを確保してもしてもエンドレス。本体はどこなのかと思えば、智也くんのご両親が『靄』に侵されていた。それなら二人をふん縛ってえいやー! で、『靄』の駆除ができたらいいけど、よく考えなくてもそれって犯罪。現実にそんなことはできやしない。
「あの二人、ホーント出てこねぇな」
「もうね、笑っちゃうくらい出てこないね」
ゴミ出しにも出てこないもんね。
ゴミ部屋にならないのは訪問清掃サービスの人が来るから。ご両親が微妙にセレブな生活しているのは智也くんの稼ぎを使っていると聞いて、何故か僕がムカツク。
「今日はどうだろうな」
「そろそろ外食に出てもおかしくないと、思いたい! 出てきてくれ! 頼む!」
柊先輩の言葉はけっこう切実。
智也くんのご両親が出てきてさえすれば、どこかに急いでいるオジサンがうっかりぶつかって、そのときに『靄』を捕獲という荒っぽい作戦を立てていた。
ぶつかるといってもドーンと体当たりではなく、一瞬でもいいからとにかく接触できたらいい。何処かに向かって急いでいて避けようとしたがちょこっと腕がぶつかった程度。
道を聞くという方法で近寄るだけでは接触できないから、こういう方法が編み出された。それは僕が合流しても作戦変更なし。
柊先輩、夏木先輩、僕の三人の誰か智也くんのご両親にぶつかりに行く。『靄』の捕獲の異能発動用の紙は準備万端。
父も秋葉先輩も報告を聞いて、頭が痛そうだったけど、他に法律で処罰されない方法があった教えてくださいって柊先輩が言ったら、それでいいって達観した。
ご両親が通勤してるとか、定期的に外に出る用事があれば、こんな作戦にならなかったのに。
この前夏木先輩が智也くんの『靄』捕獲をした混雑気味の電車の中は最高にいい場所なのに、智也くんのご両親が電車に乗ってくれる気配はぜんぜんない。
「勇人の『変装』で宅配業者になりすましてピンポーン」
「できませんからね。できません。異世界じゃない限りできません」
「だよなー」
夏木先輩、現実逃避しないでください。




