12.一難去ってまた?
父の介抱を受けながら寝てしまって、目が覚めたら昨日かき氷専門店から退店したくらいの時間だった。つまり、緊急招集を受けてからほぼ丸一日経っていて、よく寝ました。
腕には点滴。多分尿管もつけられている。
ナースコールならぬ医務職員さん呼び出しボタンがどこかにあるはずだとモゾッと頭を動かしたら、医務職員さんが来てくれた。
異能疲労が全身筋肉痛となって僕を苦しめるけど、生きてるって思う。
点滴は今つけているものが終わったら外して、足がプルプル震えるけどなんとかトイレに行けるから尿管はとってくれた。うんち……、寝ている間に漏らしてなかったか聞けなかった。トイレで履き替えたときのオムツはうんち汚れはなかったけど、おそらく排泄処理してくれてる。ありがとうございます。
僕の記憶上、二十四時間以上歯を磨いていない。
口の中が気になる。
口を濯ぎたい。歯が磨きたい。
医務職員さんがうんうんと笑って歯ブラシセットを持ってきてくれた。
腕を動かすのが億劫なほど重たかったけれど、口の中スッキリ!
歯を磨いたばかりだけど、胃にものを入れようとなり、雑炊を用意してもらえた。お腹の中に温かいものがはいると人心地がつく。
食べ終わったときに僕が起きた知らせを受けて、秋葉先輩と志村先輩がほぼ同時に来てくれて、なぜか謝られた。
緊急招集の念波通信は立場に応じて情報量が違う。
秋葉先輩は僕が下っ端ということをスパーンと忘れていたんだそうだ。いや、正しくは、下っ端なのはちゃんとわかっていて、伝達される情報内容に差異があることを失念していた。
僕が受け取った内容はとにかく急ぎ集まれという緊急招集のみ。
秋葉先輩には緊急招集とあわせて、招集する内容の概略も同時に伝達されていたんだけど、僕にも同じくらいのことが伝達されたと勘違いしてしまって、志村先輩に預ければ大丈夫だろうと司令室に向かってしまった。
そして志村先輩も勘違い。秋葉先輩と一緒に僕が転移してきたから、秋葉先輩から説明されていたと思ったんだって。だから説明省略で探知に入るよう指示した。
で、僕。
緊急招集で対応しなくちゃならない場所に行くには、探知発動の際に指示された通りの発動をしないとならない。そんなことも知らなくて、何も指示を受けていないまま、素直に探知に入ったのはいいけれど、普段探知している場所に行くわけじゃないから行き先不明になって、それなら弾かれて戻れればよかったのに、運悪く次元の間に落ちた。
僕の異常に一番最初に気がついたのは医務班の方々。
ゲーム班の面々が緊急対応でいつも以上に異能を酷使するとしても、三十分間隔で覚醒させて水分補給を摂らせるように体制が組まれていたのに、覚醒しない者が二名発生。
それで僕ともう一人次元の間に落ちたことはわかったけれど、僕のほうはどうやったらそこに落ちるのかという未知の場所だったんだって。緊急対応も継続していたし、それで救出に時間がかかったんだそうだ。
「俺が立場によって情報内容に差があるって気がついていたら、声をかけておけたんだ。そうしたらこんなことには」
「私もだ。本当に申し訳ない」
「もう謝らないでください。僕も指示を仰ぎ直さなかったミスがあります」
それぞれお詫びのエンドレス。
僕の救出の最大貢献者は、あのだだっ広い部屋のど真ん中に布団を敷いて寝ているようにしか見えなかった関根大先輩。
寝ているように見えてぜんぜん寝てなくて、異能で必死に新しい秘術を構築していた。ゲーム班の探知で調査する異次元の空間には、帰還エネルギーになる要素があって、それを集めて効率的に使う仕組みを練っていたんだって。
僕が次元の間に落ち、救出が難航しそうなこともしっかり聞こえていて、僕を帰還させようと彼が唯一使える『帰還』の異能を発動。
異世界との行き来に使うエネルギーは大きい。だから普通は秘術を組み込んだシステムを使う。それなのに関根大先輩は緊急だと察して、自らの異能のすべてを使って僕を帰らせようと孤軍奮闘。しかし、あの次元の間になかなか届かず、力尽きるまで帰還させようと頑張ってくれた。
あの謎の空間で感じた吸引されるような感覚と纏わりついていたような感覚こそ、関根大先輩の異能の微かな流れだった。流されてよかったんだ。
関根大先輩が騒動の中でぐーぐーと寝ているのもかなり違和感があることで、医務班の方が気付いて覚醒させようとしたが「勇人くんが危ないんじゃ!」と一喝されて、昏倒するまで止めきれなかった。
だけどおかげで僕はあの間の安全地帯に誘導されていた。
僕が無響の空間で発狂しなかったのも、僅かに届いた関根大先輩の異能が守ってくれていた。もう、感謝しかない。
「関根さんの、なんとしてでも帰すという情熱は、……彼の慟哭を知る一人として同じ思いになるから止められなくてね」
志村先輩は関根大先輩の慟哭を思い出すと、彼の命の危険があるまで止められないという。
実は帰還の失敗が少なくなったのはこの数十年。
その言葉だけでわかる。
帰還エネルギー不足に陥って、復旧の間に異世界で命を落とす者もいたってことだ。
関根大先輩だって最初からエキスパートだったわけではない。それに担当するのは一人ではない。なのに彼はある任務で地球に帰すことができなかった命を前に、自分を責めた。
関根大先輩こそが、救えなかった命を弔い続けてきた人。骨を拾い、肉片を集め、灰を掬い、詫び続ける。そして自分が生きている限り、異世界で命を落とさせないと研究を重ね、術を編み出し、狂気的なまでの至純な使命感のなかにいる人。
関根大先輩は帰還に関する異能しか使えないって自分のことを卑下することがあるけれど、極限まで追求するあまり、そうなったんだと言う。
「あの穏やかな顔になったのはこの数年のことなんだよ」
僕の知る関根大先輩は帰還の異能研究に関しては自由人で、頭を抱えたくなるほどマイペース。だけど、異能以外だと好々爺というのがピッタリの人。
その関根大先輩は僕を助けようと無理しすぎて入院中。また無茶をしないよう完全監視しているそうだ。
「関根さんを本部か秘密基地に留まらせると異能を使い始めちゃうからね。彼がいればそりゃ安心だけど、もう七十になるからさ。体力が回復するまで出禁だよ」
「お見舞いに行ってもいいですか?」
「ああ。勇人くんも本当にすまなかったね。懲りずにまた任務に来てもらえると助かるよ」
「はい」
志村先輩は緊急対応の後処理があるからと短い滞在だったけど、秋葉先輩から他の顛末を聞いた。
緊急対応が開始されて間もなく、緊急度をグッと下げても大丈夫だと判断され、部分解除。
ゲート班も半分くらいのメンバーは緊急対応から離脱したけれど、僕ともう一人が次元の間に落ちていることがわかって、すぐにその対応に入った。
もう一人の人は比較的早くに救出できたけれど、僕のいた空間が手強かった。
「調査したらあそこは人工的に作られた場所だった。秘術の遺物の可能性が高い」
「へ?」
「どうして勇人があそこに入り込んだのかがわからなくてね。あの人工空間は何かの条件で開くようなんだが、調査の過程で勇人にも何か要請があれば協力してくれ」
「は、はい、わかりました?」
「わかってないな?」
「……はい、よくわからないです」
「異能には各々個性が生まれる。それが条件を探す情報になるかもしれないし、違うかもしれん。そういう確認だな」
調査依頼があれば父か秋葉先輩から要請があると言うので頷いた。
「夏木先輩と柊先輩が僕の救出に来てくれたんですが、お二人は別の任務だったんじゃ?」
「勇人の救出に試行錯誤していたら、こっちの状況を知った柊が名乗り出てくれた。彼の経験値に助けられたよ。あんまりいい経験じゃないけどな」
柊先輩も次元の間に落ちて救出に時間がかかった経験があるらしい。
「それであの二人も協力して、だいぶあーだこーだやってくれてな。いろいろやっていたら勇人が歌っているのが聞こえてきたって報告を受けたときは安心するやら脱力するやら」
「自分を保つのに精一杯だったんです」
「ああ、いい方法だったと思う」
疲れた顔の秋葉先輩。あんまり寝てなさそう。思いっきり寝ていた僕はなんだか申し訳ない。
それにしても異世界とのゲートができてしまうんじゃないかと緊張が走ったけれど、そうではなかったので本当によかった。
僕が落っこちたあの空間も調査チームが調べ始めている。
あれだけ難解な空間を人工的に作るなんて伝わってなくて、失われた秘術の再現の研究としても有効で、もしかしたら活用できる可能性もあるんだって。
僕が次元の間に落ちたのはよくないことだけど、災い転じて福となす。
異能の使い過ぎで体調不良になった者はまあまあいても、人死なし。怪我人なし。よかった!
僕が手伝っていたゲート班の任務は今回の緊急対応でスケジュールを作り直しになったので、僕の臨時任務はいったん終わり。また呼ばれたら行こう。
「それでな。あんなことがあったばかりなのに、勇人に手伝ってほしい任務があるんだ」
「なんでしょうか」
秋葉先輩から次の指令だ! キリッと聞くよ!
「……はあ。俺は反対だったんだが」
頭をガリガリ掻いて顰めっ面の先輩。下を向いてしまって表情がよく見えない。
危険度が高いのかな……。
「新城智也のまわりを探って、『靄』を捕まえてきてほしい」
智也くんの名前に驚いてしまった!
ところでもやとはなんでしょうか?




