01.初任務
全21話。感想や評価等をいただけたら嬉しいです。
誤字脱字、誤変換等を発見したらご指摘ください。
例えるならジェットコースターで最頂部から一気に落下するときの、腹の中の内臓が口から出そうになる感覚。もともと朦朧気味の気持ち悪さがある状態でその感覚に襲われ、堪らず床に倒れ込んだ。視界がぐわんぐわんと回っているような感覚もあり、目を瞑ってしまう。
「おかえり~。大丈夫かぁ?」
「うげぇぇぇ」
吐瀉物は出なかったが汚い声を出してしまった。
「数回で慣れる人もいれば、退職するまで慣れない人もいるからねー。それにしても酷い格好だねー。臭いし」
「……た、助かりました……」
「今回ちょーっと遅くなってゴメンネゴメンネー! 『変装』を維持する訓練になったと思うえば結果よーし!」
「……」
目を瞑ったのは身の危険がない場所だと認識したから。
間一髪のところで助けてもらったことに感謝しなければならないのに、軽い口調に少しイラッとしてしまう。そう思っても定年を過ぎても働いている大先輩に言い返す勇気はない。
床に敷かれていたタオル地のシーツの柔らかさに安心してそのままシーツの上に転がれば、すぐにふわりとかけられた薄手の毛布。
今の僕は真っ裸。だけど大先輩に全裸を見られても恥ずかしさはないが、半ば無意識的に毛布を頭まで被ったのは、目を閉じていても目蓋越しの蛍光灯の明るさがつらかったから。
毛布の中でほうと息を吐けば、体に残る臭さにまた吐き気がして、すぐに毛布から顔を出した。
ここは安全な場所。それだけでも気持ち悪さが軽減していく。
「ほい、薬。水はここ置いとくな。『帰還酔い』が抜けるまでは転がっとき。んで、落ち着いたら風呂な」
「あり、がとう、ございます」
大先輩が僕の顔の前に差し出してきたのは錠剤。頭の付近にペットボトルの水も置いてくれた。
薬は飲みたいがすぐに手が伸びない。とにかくぐったりしたい。
数十秒間はそのまま横になり、少し落ち着いたところで薬を飲んだ。
最後に偉い目に遭ったが任務完了!
僕の名前は五十嵐勇人。十六歳になったばかり。
通信制高校に通いながら、異世界に召喚された人を救出する特殊部隊所属して約一年。異能を授かり、訓練に次ぐ訓練……というと過酷な訓練のように思うがそこまで過酷ではなく、その訓練中に『変装』の術の一つを使えるようになったことで、今回の作戦で初めて最前線メンバーとなり、救出対象者に一時変装する任務を実行してきた。
僕が変装しない当初の作戦Aのまま終了できたらよかったのだけど、行く前から作戦Bに変更になる予感はしていた。
今回の救出対象は異世界に召喚されてしまった少年。
その少年に僕が入れ替わってなりすまし、一時的にその場を凌ぐのが作戦B。
まだ長く変装を維持できないけれど、スムーズに救出できなさそうな予感があって作戦Bが用意され、僕は最前線に初めて出陣することになった。
救出対象の少年は僕よりも二歳若い十四歳で、素晴らしいほど厨二病全開。その結果、救出に向かった僕たちを悪の軍団だと勘違いして騒ぎ出し、そっと救出する作戦Aは台無し。
実際は救出に向かった正義の味方だぞ? 悪の軍団って何だ? クソッ!
それでも作戦立案時に彼の性格と陥っている厨二病の状況から、僕たちの説得を聞き入れることなく騒ぐのは予想済み。だから作戦Bを用意していたので、救出に赴いたメンバーの誰も驚くことはなかった。
すぐに作戦を変更して彼のことを強制保護で救出する作戦Bに切り替えた。
しかし強制的に救出するのには代償が伴う。帰還に抵抗する者を帰還させるのにエネルギーを多く使ってしまうからだ。強制救出一人につき、二人分のエネルギー不足が発生。そのため救出に赴いたメンバー全員が一斉帰還できなくなり、異世界に残る者が出てしまう。
帰還システムのエネルギー不足が発生すると次回発動までに早くて一時間程度、他の任務が重なっていると数時間かかる。
異世界に残る者は日本に帰還できるまで時間稼ぎして待たねばならない。
たいていは逃げ回ってやり過ごす。できるだけ異世界の命を傷つけたり奪ったりはしたくないから。自分の命がやばいときは仕方ないけれど。
そんなわけで、救出作戦では異世界で逃げ回って生き残れる能力がある者が選ばれる。
特殊部隊の構成員は類まれなる人材ばかりだけど、僕のように逃げ回る能力は低いが別の手段で時間稼ぎができる能力の者も最前線に配置されたりする。
『変装』にもいくつか術があり、僕が使えるようになったのは、幻視や錯覚、錯視に近い。なんとか姿は誤魔化せても、言動までは完全にコピーできないので長い時間は無理。
この作戦を立案したリーダーは僕を最前線に出すのを渋っていたけれど、タイミング悪く他の任務に人員が駆り出されていて人手が足りない。
僕はまだ見習いだし、過去に僕が被害者となった事件もあって後方支援班に配置されるようにしてくれていたが、他の人たちからの意見もあって、僕の成長度合いを知る機会だと最前線メンバーとなった。
少年を強制保護で救出する作戦Bに変更して、僕とともに帰還待ちで一時的に異世界に残ることになった先輩は、異世界の人たちに見つかってすぐに逃走開始。先輩は得意とする異能の術の『跳躍』や『瞬足』などを複数使って逃げに逃げまわった。
僕は無事に勇者の少年になりすまし、帰還できるまでのらりくらりの時間稼ぎとなった
一時間前後で帰還できるはずの予定は崩れた。
運悪く別の任務先で緊急帰還発動しなければならない事件が起き、エネルギーがそちらに回され、僕たち二人の帰還が遅れることになってしまったのだ。
僕は初めてなこともあり、バレないように必死だった。バレればきっと命はない。
僕よりも心配だったのは逃げ回って時間稼ぎをすることになった先輩。
およそ八時間後に逃げ回っていた先輩が無事に日本に帰還した念波通信を受けたときは本当に安堵した。
そして異世界に一人残された僕。
物凄く緊張しまくった。
それでも恐慌状態に陥らなかったのは小まめに念波通信があり、メンバーと『繋がっている』状態を保てていたから。
日本へ帰還するシステムのエネルギー充填がもうすぐだと念波通信を受け、ちょっと安心してしまった心の隙はあったと思う。
警戒していたのに不意を突かれて襲われた。
命じゃなくて貞操が。
食事のどれに仕込まれていたかわからないが、おそらく睡眠薬の類いを摂取してしまい、やばいと思ったときは部屋に担ぎ込まれていた。
僕を押さえつけてきたのは下半身のイチモツが元気に反り返っている裸の男たち。
僕の尻の処女がやばい!
まだ使い慣れない攻撃系の異能を発動して屈強な男たちに抵抗しようとしたものの、朦朧としていく意識に術がうまく発動しない。
連れ込まれた部屋の吐き気を催しそうなムワッとする芳香には、媚薬的な興奮剤の効果もあったようだ。男たちは獣のようだった。
着ていた服は破り剥ぎ取られ、素っ裸にされて両手両足を左右に広げて押さえ付けられた。
もうだめだとなったときに帰還の合図が届き、本当に間一髪だった。
無事に帰還できて、自分の行動を振り返れば、もっと早くに手段を選ばず逃げなくちゃいけなかった。
結局、僕は相手を傷つけることに躊躇ってしまったんだ。
シャワーを浴びせられながら浴場で反省中。
どれくらい帰還部屋で寝転がっていたのかわからないが、先輩たちがやってきて、雑な看病のあとに担がれるように運ばれた。
「今回は貞操の危機程度だったからまだよかったが、異世界に日本の常識は通用しないと何度もいったろう? 簡単に殺される。現場出たら相手を傷つけることに躊躇うな。わかったか?」
「作戦会議じゃ『はいっ!』っていい返事してたが、やっぱりわかってなかったな? マジで反省しろよ」
「……はい」
「まあ、これで経験になったろう」
「ったく、心配させやがって」
「……すみません……」
貞操に危機もぜんぜんよくないが、命の危機に比べればそりゃそうだ。
男たちは僕の両手足を押さえ付けて酒をかけてきただけでなく、イチモツからの汁を体に擦り付けられた。
早い話、日本に帰還した僕はとてつもなく臭かった。
朦朧としている状態の僕を支えながら先輩二人がシャワーを浴びさせてくれて、やっと臭さから解放。
これまでの僕は後方支援ばかりで、先輩たちが泥まみれ、ときには腐臭や血まみれで帰還してきて力尽きている体を介助し、洗い流してきた。
今回初めて入浴介助される側。先輩たちの言葉は雑でも手は優しい。
「あの、彼は、大丈夫ですか?」
「ん? ああ、あのガキな。大丈夫っつーか、なんつーか」
「まだ医務でどういう判断になるかわからん。『洗脳』で済むといいんだがな」
なにやら暴れているらしい。
異世界の何に憧れちゃっているんだろう? 異世界につれていかれたって、ちやほやされるのは、人権なしの者を使って無茶な目的を達成させるため。結局は使い捨てで最後は殺されちゃうのに……。
彼はそんなことは知らないから、『俺TSUEEE病』に侵されちゃっているんだろうけど。
これまでの先輩たちの苦労や今回の自分が受けたことを思うと、異世界から帰りたくない人たちは救出せず放置してもいいのではと思ってしまう部分もある。
でも、放置もだめなのだと説明も受けた。
だから特殊部隊は救出に行く。
「勇人、もう頑張って起きてなくていいぞ。襲わねぇから」
「先輩たちに襲われる心配はしてないです」
「おっと待て。あっちじゃ最低限しか食べてなかったと言ってたろう。寝る前に一口入れろ」
浴場で塩おにぎりを口に突っ込まれるってどうなんだろうと思うが、胃がほとんど空なのも気持ち悪さに拍車をかけていたのかもしれない。
「待て、寝る前に小便は?」
「もうここでしろ。流すから」
シャワーを浴びせられながら、口の中はおにぎりで、この状態で排泄の確認と忙しい。
とは言え、これまで僕は帰還してきて意識がない先輩の介助でそういう後始末もしてきた。
される側はちょっと恥ずかしいけれど、体が動かない。
大便は出そうにない。小便はしたい。
先輩の呼びかけに応えたいけど、それよりももう寝たい。
「お前らー。長湯すんなー。勇人は飯食って寝ろー。報告書は落ち着いてからでいいからなー」
リーダーの声が聞こえたような気がするけれど、僕はあたたかな安心感に身を委ねて意識を手放したのだった。




