第十一話 蛇原さん
「転校生の蛇村さん?」
薫が振り返りながら金色の瞳の女生徒に尋ねた。
髪の色は暗めの赤毛で、おそらく、オランダ人辺りとのハーフかもしれない容姿をしていた。
そこは白鷺データサイエンス大学付属中学一年生星組一班の教室である。
涼介達はあの蛇神の騒動の後、大事を取って学校を数日ほど休んで、体力体調の回復を待って、ようやく登校する事が出来ていた。
実はもう数日で夏休みになるので、学校に来るのは部活動のある人と当番の先生だけになる。
久々に教室に来てみれば、転校生らしい見慣れない女生徒が最後列の涼介の右隣の橘怜の右隣の席にいたという訳だ。
ポツンとひちりぼっちの席でなんだか寂しそうである。
「《《蛇原》》、ですけど」
不機嫌そうな小声の返事が返ってきた。
明瞭な発音ではないので、何を言ってるのか、正確には聞き取れなかった。
「えっと、蛇川さんかな?」
よせばいいのに、薫の後ろの席で、涼介の前の席に座ってる美里がわざと間違えてるとしか思えない一字違いの名前で尋ねた。
「《《蛇原》》、ですけど」
赤毛の転校生は金色の目を細めて、美里を睨みつけながら小声で訂正した。
「皆さん、この方は《《へびはら》》さんと言うのですよ。間違えちゃダメですよ」
と橘怜は得意げに言うのだが、いや、僕の読唇術によれば、それは残念ながら不正解だった。
「蛇原だ。《《へびはら》》じゃない!」
本人が大きな声で否定した。
金色の目がちょっと怒りに燃えている。
怜の天然ボケが一番、ダメージが深いとも言えた。
何となく三段落ちと言うか、ちょっと涼介的には微笑ましい光景だった。
「ああ、ごめんなさい。間違えちゃいましたね。……ということはあれだ、私とは柑橘系仲間ですね。蛇原さん」
「それはあの、花粉症が治るという奇跡の柑橘系の和歌山県名物の『邪払』だよね」
「涼介さん、よくご存知で。橘の花も柑橘系のミカンの一種だから」
「ははは」
もうここまで来ると、とてもボケてるとは思えなくて、ただの天然としか言えなかった。
いや、ひょっとしたら、これは怜独特の笑いのセンスかもしれない。
ちなみに、例のカイザーナックルは沖縄空手の師匠の祖父からもらったらしい。
これもう、沖縄旅行でも企画しなくてはならないかも。
その前に『古代祭祀研究部』の夏休みの合宿とかで、神社巡りとかの計画するのが先かな。
✝
「夏合宿、どうするか会議を始めます」
放課後になって、涼介はいつもの保健室で『古代祭祀研究部』の夏合宿会議を招集した。
本当は部室に行くのが良いのだが、顧問のルナ先生と副顧問の月読星先生が保健室で、蛇原泉さんを治療してるらしく、場所移動が出来ないというのだ。
「あ、蛇原さんだ」
怜がすっかり一方通行に打ち解けて、親しげに話しかけていた。
相手の微妙な緊張感を読み取ったのか、言葉は少なげだ。
怜ちゃんは成長してきてる。
が、カイザーナックルで首を四本も一気に斬って落としたことを思い出して、ちょっと気まずいのだろう。
蛇原さんというか、蛇娘さんは、いつもの薄紫のワンピース姿のルナ先生から手かざしの治療をベットの上で受けていた。
ぐったりしてる。
何か生体エネルギーのような物が注入されてるようで、淡い光が掌から放射されていた。
月読星先生も手かざしの技で同じように治療している。
二人は黒髪と黒い瞳が姉妹のように似ているが、白衣を着ている星先生は少しショートカットにしている。
「泉と呼んであげて」
と、いつものように京都美人の黒髪のルナ先生が珍しく声かけする。
「泉ちゃんか」
坂本君が初めて言葉を発した。
首を三本も落としたことを反省してたのだろう。
「ちょっと、これはかなり時間がかかるのかな」
と薫が言う。
エネルギー生命体である蛇神のような魔物は首を刎ねられても再生はする。
が、やはり、一度、身体を収縮させて再構成する必要がある。
エネルギーの回復はかなりの時間がかかる。
「ごめんね」
流石の怜も責任を感じてるようだ。
「怜ちゃん、ヨクちゃんは守らないといけないし、戦いであるならこういう事もあるわ。あまり気にしない」
百戦練磨であるはずの美里の言葉は実感がこもってる。
「うん」
怜もうなずいた。
さて、そろそろ話を夏合宿に戻すかね。
みんなが白い円卓のような机についた。
「……えーと、皆さん。夏合宿はどこか、行きたいところはありますか? 俺は武蔵国一之宮、氷川神社辺りが良いかと思います。とはいえ、氷川神社も色々あるので、二泊三日ぐらいで何社か回って、今年も暑いので関東最大の鍾乳洞の『日原鍾乳洞』で涼んだり、温泉とか入ったりのリラックス出来る企画を考えてます。蛇娘さんも含めて、不思議な縁で出会えた仲間なので、出来れば夏休みにどこかに一諸に行きたいと思う。急な話なので、9月以降でも良いし、秋になっても良い。ただ、保護者として先生方にも参加してもらいたいので、そこのところも相談したいです」
非常に唐突な企画であるが、幼馴染の美里、薫などと一緒に、出雲大社だとか、京都の神社にはよく行ったりしていた。
大変な目に遭ったからこそ、こういう気分転換も必要だと思った。
坂本君が早速、反応した。
「それはいいかもしれないな。《《蛇娘さんは難しいと思うけど》》、鍾乳洞は行ったことないし、温泉もいいねえ」
「そうねえ。氷川神社のレイラインシステムとか、徳川家康死後の久能山から日光東照宮へのラインから広がる関東の守護結界の調査もできるかも知れない。まあ、《《蛇娘さんにはちょっとレベルが高すぎるかもしれないけどね》》」
薫は面白い視点の考察を披露した。
そういう調査も地道にやってるのが薫らしい。
「私は単純に氷川神社は各地にあるので、それを巡りながら、のんびり温泉行きたいな。夏は暑いけど、骨休めで。《《蛇娘さんにもオススメしとくけど》》」
というのは美里である。
「怜も温泉は行きたいな。沖縄の温泉は太古の海の水が多いので、塩っぱいの。《《蛇娘さんにも温泉入ったら、傷の治りも早くなるかも》》」
怜も蛇娘さんへのメッセージを忘れなかった。
「行けばいいのでしょう。行ってやるわよ」
蛇娘さんは金色の目でみんなを睨みながら、半ば捨鉢な態度で参加することなった。
涼介には予想外だが、部員が増えたという事で結界オーライと思おう。
ということで、蛇娘こと、蛇原泉が『古代祭祀研究部』の夏合宿に参加することになった。
もちろん、ルナ先生と月読星先生も行くことになった。
それにしても、素戔嗚命系の神社が関東に多い謎にはちょっと気になる点があった。
蛇神族との関連もあるのだろうか。




