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ニライカナイの夏  作者: 坂崎文明
第二章 オオモノヌシ編

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第十話 ヤマタノオロチ

「涼介、正直、勝算は有りそう? 薫は現場に来れないので、涼介に任せると言ってた」


 いつもは薫が作戦指揮をするが、ここは涼介の出番である。

 美里はなんだかんだ言っても、涼介を信頼している。

 紅の大蛇はまだ涼介の土龍の力で動きは封じられてるが、もうそろそろ持たなくなるだろう。


「相手が蛇系の魔物なので、僕の呪術との相性はさほど悪くない。それに、坂本君、怜ちゃん、美里もいるし、結界さえ解ければ、現実世界に帰れると思う。ただ、完全に退治してしまうのはマズイので、ある程度、弱らせてくれれば、僕がなんとかするよ」


 一見、頼りなく見える涼介であるが、こういう時の涼介はちゃんとした勝算があって言ってるのが分かる。

 坂本君は紅の大蛇が土龍の土壁でできた円筒形の檻から出てくるのを待っている。

 その後ろには怜がいる。

 怜と坂本君の周囲には土龍の壁を作って、ある程度の攻撃を防げるようしている。

 最前列には怜の翼竜が控えていて、大蛇の前進をまず止める準備もしている。

 そして、その後ろに美里がいるのだが、何か集中して呪文を詠唱し始めた。

 まさかと思うが、あの『聖刀』を使うつもりだろうか。

 大蛇に対して『波動拳』を使うとしても、流石に素手では難しい。

 ならば、未完成の『聖刀剣技』であっても試せざる得ない。


「俺が先に行かせてもらいますね」


 坂本君がやる気、満々である。


「怜は扇子(せんす)か、薙刀(なぎなた)か、うーん、どうしようかな?」


 何、言ってんの? 

 怜ちゃん。

 怜は次々と武器を空中から取り出すと、空中に戻した。

 それで、結局、まさかの……。


「カイザーナックルで」


 銀色のチタン製のカイザーナックルで両拳を固めて、両手を構えて、何度も空中を振り抜く。

 カイザーナックルとは近接戦闘用の金属製の拳の防具である。

 正確には攻撃にも使える打撃武器でもある。

 お嬢様らしくない戦闘スタイルに涼介は驚愕する。


「驚異の新人ふたりの登場で、まさか私が後衛援護に回るとは。あはは」

 

 美里が不思議に笑顔になる。

 意外と、声が楽しそうでもある。

 そして、ついに、両手を広げながら、ゆっくりと白銀の聖刀〈天之日矛(あまのひほこ)〉を顕現(けんげん)させる。

 美里の守り神は武御雷神(たけみかづちのかみ)であり、雷神である。

 聖刀〈天之日矛(あまのひぼこ)〉に雷を乗せて、光をまとって、遠隔武器として使用するつもりだ。

 

「さて、行きますか。あ、大蛇は殺さないように。弱体化させれば、後は僕が眠らせるから」


 涼介は準備万端整い、自ら、紅い大蛇を閉じ込めていた円筒形の土壁の檻を開く。

 紅い大蛇は四つ首に増殖して、翼竜、坂本君、怜、美里それぞれに襲いかかった。

 翼竜は(くちばし)で迎撃しつつ、体を張って首の攻撃を防ぐ。

 が、更に四つ首が襲いかかる。

 やっぱり、ヤマタノオロチだったか。

 最前線の防御の要の翼竜がやられてしまえば、一気に形勢が悪くなる。

 

「ヨクちゃん!」


 瞬間、怜のカイザーナックルが爆発する。

 炎を上げながら、二十連弾の拳が四つ首を一気に斬って落す。

 背後から坂本君が跳躍して、翼竜を足場にして、残りの首も刈り取ってしまいそうになる。


「首は、一つ残して!」


 慌てて涼介が叫ぶが、天羽々斬剣あまのはばきりのつるぎは三つ首を落としてしまい、すんでのところで制止した。

 ヤマタノオロチはもう瀕死だが、ギリギリまだ生きてるっぽい。


「ふう、危なかった。……あとは氷竜で凍らせて止血して、眠らせるから」


 涼介は変温動物である蛇の弱点をついて、氷竜で体温下げて眠らせる作戦を立てていたが、首の傷口を凍らせて止血する羽目になった。

 まあ、今回は不可抗力というか、怜もヨクちゃん守ろうと必死だったはず。

 仕方ない。

 

「いや、ヤバイ新人がふたりデビューしちゃったね」


 全く出番がなくなった美里が苦笑する。

 白銀の聖刀〈天之日矛(あまのひぼこ)〉の試し斬りも出来なかった。

 カイザーナックルの破壊力がかなりヤバイなと涼介も戦慄していた。


「ごめんなさい」


 と怜は泣きそうになりながら平謝りだし、坂本君も静かに反省していた。

 

 

 

        ✝



 

「この蛇娘さん、大丈夫かな」


 怜は心配そうにして畳に正座していた。

 そこははおぼつ山神社の道場も兼ねている神社の拝殿の片隅である。

 ヤマタノオロチの蛇娘は人間の巫女姿で道場の畳の上の布団で寝かされていた。

 月読先生が声をかける。

 

「大丈夫よ。出来るだけの手当てはしたし、蛇身を解いて人形に収縮することで身体を再構成したから、しばらく眠ったら意識が回復すると思う」


「良かった」


 怜はひと安心したようだ。

 美里、坂本君に涼介も畳に正座して蛇娘の寝顔を眺めていた。

 薫もひと安心の表情である。

 なんとか、ヤマタノオロチを眠らせた事で常世の結界が消えて、みんなの意識は回復して、現実世界に帰還できた。

 流石に瀕死に追い込んだのはやり過ぎだったが、月読先生の回復呪術のおかげで蛇娘も命をながらえた。

 みんなまだ気づいてないが、ルナ先生はいつのまにか姿が消えている。


 


        ✝





「蛇娘さん、大物主(おおものぬし)さんは元気かしら?」


 ルナ先生は満月の文様の浴衣姿である。

 小造りの顔で黒い切れ長の目、黒髪の京都風美人であるが、年齢不詳の妖精のような雰囲気が漂っている。

 大物主とは京都の古代神話によく出てくる謎の蛇神である。

 箸墓古墳の主である倭迹迹日百襲姫命やまとととひのももそひめなどと異種婚姻して、人間に化けるが、蛇神である事がバレたりする神話がある。

 

「……お前、時の女神ルナだな」


 ヤマタノオロチの力を失っている蛇娘は自分の身体が〈時間停止魔法〉で拘束されてる事に気付いていた。

 そこは現実世界では意識を失ってる蛇娘の深層意識の中である。


「どうせ、太古の蛇神である大物主への生贄(いけにえ)として人間を狩っていたのでしょう」


「そうよ。それが蛇神の世界の掟なのよ。仕方ないでしょう」


「仕方ない。確かに。でも、素戔嗚尊(すさのおのみことに)に退治されたヤマタノオロチの末路はご存知?」


 ルナ先生の声音は意地悪に聞こえる。


「知る訳ないでしょう。どうせ、殺されあとににどこかに封印されたのでしょう」


「そんなところよ。でも、貴方にはもう一つの選択肢がある」


「どんな?」


「わたしの使い魔になって、橘怜の力を抑えるとか。あの子が危険なのは貴方も思い知ったでしょう。何なら、大物主を説得してあげてもいい」


 時々、あの娘が異常な力を発揮するのは間違いない。


「あなたの目的は何なの?」

 

「この世界には力の均衡が必要なの。それだけよ。特に理由は無いとも言える」


「よく分からない話ね。どうせ、私に選択肢などないんでしょう」

 

 ルナ先生こと、時の女神ルナの気配が消えていた。

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