第九話 月読先生
「涼介、怜、坂本君も目を覚さない。これはどういうこと?」
美里はかなり慌てている。
幸い、三人はおぼつ山神社の宮司さんの好意で、道場も兼ねている神社の拝殿の片隅に敷かれた布団に横たわっていた。
「―—たぶん、これは『ひあしあめ』が原因ね。あの巫女が姿を消してるので、おそらく、何らかの睡眠薬のような物が混入してたのかも」
「救急車、呼ぶ?」
「いや、下手に動かせない。何かの呪術の可能性が高い」
ひやしあめの入っていた紙コップの底に、正三角形が連続する『鱗紋《うろこもん》』の呪紋が描かれていた。
こういう時は保健の月読星先生を呼ぶしかないか。
あの人なら回復呪術もあるし、月読家伝来の邪眼による霊視などで真相を見抜いてくれると思う。
「あらら、困ってるようね」
呼ばれもしないのに、ルナ先生が満月の文様の浴衣姿で現れた。
小造りの顔で黒い切れ長の目、黒髪の京都風美人は今日も美しい。
年齢不詳の妖精のような雰囲気が漂っている。
団扇を優雅な仕草で扇いでいる。
おほほほと声を出して笑いだしそうである。
「ルナ先生、いい所に来てくれた。涼介たちが急に意識を失って倒れたんです」
薫はなるべく心配そうな表情で訴えかけた。
白鷺データサイエンス大学付属中学校には、生徒が死にかけると救助のために、どこからともなく先生が現れるという都市伝説がある。
これについては薫にはある推論があるのだが、秘密結社〈天鴉〉の異能者は生命の危機に瀕すると、新たな能力が開花する場合が良くある。
それを見越した学園の教育方針があるのではないかと思ってる。
何ともエグい。
逆に言うと、死にかけないと現れないし、現れたという事は結構、ヤバい状態という事になる。
薫の推測が合ってたようだ。
「星、月読先生、出番ですよ」
いや、あんたは何もしないのかい!と心の中で突っ込んでおいた。
「はいはい」
二十代半ばの短い黒髪、黒い瞳で、ルナ先生と姉妹にも見える月読星先生が登場する。
月でウサギが餅つきしてる柄の浴衣姿である。
プライベートで祭りに出かけてたのに、緊急呼び出しして申し訳ないと心の中で薫は謝る。
「先生、涼介達は大丈夫かな?」
美里が珍しく心配そうにしている。
「ちょっと待ってね。視てみるから」
月読先生は目をつむりながら、涼介の額に手をかざして集中している。
月読家伝来の邪眼で霊視してるのだろう。
「これは……、常世というか、地下世界、魔物の精神世界に引きずり込まれてる」
「ええ! ……どうすれば、助けられる?」
美里が救助を志願する。
「……自ら星辰体となって、魔物の固有結界に侵入するしかないけど、危険すぎる」
星先生も判断に迷っている。
だが、放置すればおそらく、確実に三人の生徒が帰らぬ人となるだろう。
「私が行きます。月読先生と薫は後方支援をお願いします」
月読先生に四人の身体管理を依頼して、薫が呪術支援を担当すれば何とかなるかもしれない。
最悪の場合、ルナ先生が介入してくれるはずだ。
無責任かつ冷酷そうに見えるルナ先生だが、そこはかとなく漂うラスボス感が半端ない。
当てが外れたら後悔しそうだが、自力他力救済でここはこの布陣がベストだろう。
ルナ先生も何故か、星先生の方を向いて意味深に頷いてる。
「……それで、行きましょう。美里ちゃん、そこに横になってくれる」
どうも歯切れが悪い反応だが、決断を下したようだ。
†
「坂本君、怜が手伝うよ」
紅い大蛇の長い尾っぽの攻撃に苦戦してる坂本君をみかねて怜も参戦する。
涼介としてもここは何かをしたい所だが、使えそうな攻撃系の呪術は残念ながらない。
古事記の別天津神の五柱の神の中のひとり、 神産巣日神という女神という大地の女神が涼介の森山家の護り神らしい。
秘密結社〈天鴉〉の異能者の能力は護り神に由来するという。
ならば、 神産巣日神の属性を考えれば何らかの能力が発動すると思われるが、今までさっぱりそのヒントさえ掴めていない。
「ヨクちゃん、お願い!」
怜は白い麦わら帽子を脱いで、小さな翼竜を宙に放つ。
翼竜は次第に巨大化して、全長三十メートルほどの紅い大蛇に襲いかかった。
空中から嘴で大蛇をつついて攻撃するが、洞窟のサイズが翼竜には小さすぎて上手く動けないようだ。
少し経ったら、膠着状態に陥った。
「怜ちゃん、代わります。交代で休みながら攻撃します。その間に、相手の弱点を探ります」
「はい」
怜は短く答える。
坂本君は再び天羽々斬剣で紅い大蛇に対応していく。
一瞬で距離を詰める瞬歩というか、縮地法のようなもので、ヒットアンドウェイで大蛇に確実にダメージを与えていく。
天羽々斬剣は確か、スサノオがヤマタノオロチを退治した際の十握剣の別名である。
坂本君の祖先と思われる坂本龍馬も江戸で北辰一刀流の桶町千葉道場の門人となってる。
剣の民の血筋で護り神は素戔嗚尊なのかもしれない。
後で訊いておこう。
坂本君もなかなかやる。
そんな事を考えてる場合ではないが凄い物は凄い。
さて、自分も何かできないものか。
仕方ない。
あれでもやるか。
「 神産巣日神、大地の女神のご加護により、土龍の力を与え給え」
呪言詠唱により大地の女神の眷属である土龍を呼び出す。
そして、大地を改変する。
紅い大蛇の周囲の土が盛り上がっていき、弧を描きながら土の壁が現れて、大蛇を取り囲んでいく。
坂本君は素早く瞬歩で跳び退く。
大蛇は異変に気づいて出口を求めるが、螺旋状に土壁が盛り上がっていき、退路を絶っていく。
ついに大蛇を円筒形の土壁に閉じ込めて天井にも蓋をした。
「涼介君、凄い!」
怜が振り返って、手を叩いた。
とはいえ、これは一時しのぎにしかならない。
10分ぐらいしか持たないだろうな。
「涼介、助けに来たよ」
美里がいいタイミングで洞窟の方から現れた。
いや、だけど、これは自殺行為に近い。
涼介もこの空間が赤い大蛇の固有結界であり、自分の身体は薬と呪術で眠りに落ちてるという事に気づいていた。
美里の身体はここに来るために、呪的睡眠状態になってるはずだ。
「大丈夫か」
と涼介は美里を気遣う。
「月読星先生が来てくれてるので、バックアップは万全よ。ルナ先生もいる」
美里は親指を立てて安心をアピールする。
が、事態は全く改善はしてない。
あの紅い大蛇を退治しないと、ここから出れないのは確かだ。
涼介は頭の中で攻略の作戦を練り始めた。




