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「勇者」と「雷魔法」の真実とは

伝説と言われる「雷魔法」と「勇者」の謎が解き明かされる!?


この事実を知っても「勇者」になりますか?

真っ赤なプリウスは、初夏の青を切り裂くように東へ伸びた。

ハンドルを握る佐伯亮介。助手席の恵子は地図アプリを開きながら、「八ツ橋は帰り?」「いや先に食べる」と笑っている。後部座席では卓也が気の抜けた替え歌を披露し、白い柴のエレンは子ども用ブランケットの上で前足をそろえ、胸元へ顔をもたせかけていた。


「京都、何食べよっか」

「タコヤキ! おれ、タコヤキ!」

「ここ、京都に着く前にたこ焼きだと大阪の顔に泥を――」

「ワン!」


なんでもない会話。急がない休日の速度。フロントガラスに流れる雲は白く、路肩のポピーが点々と続く。車内は、家そのものだった。


そのとき、胸の奥を、見えない手がつかんだ。

鋭く、捻じるように。左肩に鈍い重さが走り、指先から汗が噴き出す。視界の端が暗んで、耳鳴りが膨らむ。


(……まずい)


「ちょっと休む、次のサービスエリアで――」と言いかけた舌がもつれ、ブレーキの踏み込みが遠のく。ハンドルが手の中で軽く感じられて、車線の白が斜めに流れた。恵子の「亮介!」が鼓膜を叩き、後ろで卓也が「パパ?」と声を上ずらせる。エレンが短く吠え、前足で胸を引っかいた。


縁石。跳ねる衝撃。金属が軋み、ガラスが雨のように降る。シートベルトが体を乱暴に抱きしめ、世界が回転した。

時間が伸び、音がばらばらにほどけていく。ハザードの赤が車内の顔を交互に照らした。


(……やめろ、まだだ。止まるな)


息を吸うたび胸の内側が焼け、左腕の内側へ鈍い痛みが染みていく。冷や汗が首筋を伝れ落ち、ハンドルに滴った。恵子が頬を両手で挟む。卓也が泣きそうな声で名前を呼ぶ。エレンは額を押し当て、くぅん、と震えた。


言葉にならない言葉を、俺は三つの重みに向けて投げる。

どうか、守ってくれ。俺にもう一度機会を。二人と一匹を、絶対に。


視界が黒に傾く――だが、そこは完全な無ではなかった。暗さの奥で、あたたかいものが背に触れる。押し出されるように、ほどけては結び直される。音が遠のくほど、別の音が近づいた。胎内で聞いたことのあるような、規則的で深い鼓動――誰かの心臓の音だ。


光の渦がひらく。

恵子の笑顔、卓也の笑い声、エレンの湿った鼻先。全部が少しずつ薄くなり、糸になって、一つの輪に編み込まれていく。輪は回転をはじめ、速度を上げ、中央に白い孔を作った。そこから新しい空の色がのぞく。


(まだ終われない。今度こそ、守らせてくれ)


願いは、声にならなくても届くところへ落ちていく。背を押す温もりが強くなり、重力の向きが変わった。俺という輪郭がほどけ、別の形に馴染んでいく。指は小さく、肺は浅く、胸の鼓動は速い――なのに、不思議と怖くなかった。ここから先に続くものが、確かにあると分かったからだ。


遠くで救急車のサイレンがかすかに遠のく。ハザードの点滅は、別の光に置き換わる。柔らかな白。誰かの掌。

古い名前がゆっくりと外れて、新しい名前のために場所を空ける。


扉がひらく。

光が満ちる。

そして、時は流れる。




転生から九年後――。

森の外れ。魔狼に囲まれた小さな白い子犬を、黒い影が一閃で退けた。

剣聖アルマン・ド・リュミエール=オルレアン。領地を治める若き伯爵は、血に濡れた白を抱き上げると、ためらわず屋敷へ運び込んだ。


「……小さいな。だが強い」

低く落ち着いた声。応じるように、子犬の小さな胸がかすかに上下する。


「《ウォーター・ハイヒール》」

駆けつけたマティルダの手に淡い水色の光が灯る。裂けた皮膚がゆっくり閉じ、滲む血が止まった。

「《クリーン》」

澄んだ光が毛並みを覆い、泥がすっと消える。純白の毛は月光を受けてきらめき、まるで小さな光の精霊だ。


「……僕が抱いてもいいですか?」

部屋の戸口で固まっていた少年――アレンが両腕を差し出す。マティルダが一瞬だけ驚き、そのまま静かに頷いた。


温もり、震え、かすかな鼓動。

全部が胸を締めつける。前世の白い相棒とも――エレンの記憶が、鮮やかに重なった。


「大丈夫。もう大丈夫だから」

撫でると、子犬は額をそっと手のひらに押しつけて「くぅん」。

――あの仕草。たしかに、知っている。


「……ようこそ。君は“スノー”だ」

尾がふる、と一度だけ大きく揺れた。それで十分だった。家族の輪が、形を変えて繋がっていく。




さらに一年後。

王都アルヴェリア王立学園、入学間もない午後。実技走法のあと、アレンはふらつき、芝に膝をついた。

すぐ傍へ影が落ちる。銀髪の公爵令嬢、エリーゼ。指先で脈を測り、呼吸を確かめる手つきに迷いがない。


「胸は中央? 左? 腕に走る痛みは? ……ニトロがあれば――」

この世界にない単語に、アレンの口から思わずこぼれた。

「……恵子?」


まつげが震え、微笑がほどける。

「涼介……」


名を確かめ合ったのは、木陰のほんの一瞬。

「ここでは私はエリーゼ」

「僕はアレン」

「でも“向こう”を覚えてる」

「今度こそ守る」


それだけを胸にしまい、二人は並んで立ち上がる。再会は静かで、決意は確かだった。




日々は、努力で埋めた。

アレンは毎朝、屋敷裏の訓練場で素振りを重ね、夜は《魔力循環》で体の隅々へ力を巡らせる。詠唱で灯せる《ファイアボール》は小ぶりのままでも、流れる速度だけは着実に上がっていった。

ときどき木柱の角に肘をぶつけては“ビリッ”とくる妙な痛みに顔をしかめ――ふと、思う。

(子どもの頃から肘を打つとビリっと来る、あの感覚……これ、雷のスイッチなんじゃないか?)

誰にも言わない小さな仮説が、胸の奥でそっと灯り続けた。


やがて、三度のスタンピードが王都と領地を襲う。

十歳の初陣は後方支援。彼女の天幕へ跳躍種が飛び込んだとき、アレンとスノーは必死で前を空けた。

十三の夜、霧の野で“流して斬る”感覚が手の内に落ち、父の前でオーガの腕を飛ばす。

そして十六。剣はようやく一本になり、気は体に染み、家族は横に並んだ。




いま、黒い城の前に立っている。冷えた鉄の匂い。ローブに移った薬草の香り。月光が壁面を流れ、三人と一匹の影が長い。


「……学園に入ってすぐのあれ、覚えてる?」

視線を向ける前に、鐘の音と喧噪がよみがえる。

「忘れるもんか。豆火みたいな《ファイアボール》しか持ってなかったけど、必死で前を空けた」

「あなたが来なければ、私はたぶん今ここにいないわ」


「その後も二回、来たよな」

「ええ。その度にあなたは無茶ばかり。……でも、今日の無茶は私とスノーで割り勘にしましょう」

白い尾がコツンと足首に当たり、「ワン」。行け、の合図。


「――必ず、生きて帰る」

「約束」


柄を握る。革が乾いた音を立てた。呼吸をひとつ。ここまでの道のりが、背中をまっすぐ押す。


黒の城門が、悲鳴のような音で開いた。冷たい風が頬を撫で、鉄と古い血の匂いが押し寄せる。


踏み込む。

灯が青く揺れ、瘴気が足元で渦を巻く。

エリーゼの手が、ほんの一瞬、俺の手甲を掴む。

スノーが前へ出て、耳を立てた。


――この奥に、決着がある。


城門の蝶番が悲鳴を上げ、黒い口がゆっくり開いた。

頬を撫でる風はひどく冷たく、鉄と古い血の匂いが鼻腔に絡みつく。天井の燭台は青白く揺れ、足元の大理石にはうっすら瘴気が溜まっていた。


「風、通す」

俺は息と同時に無詠唱で《ウィンド・スルー》を押し出す。瘴気が左右へ押し付けられ、真ん中に一本の白い道が伸びた。

「《クリーン》、合わせる」

隣でエリーゼの指先が小さく光る。黒苔が消え、足裏の感覚が戻る。


スノーが前へ出て、耳をぴんと立てた。前脚で床をちょい、と掻く。

そこだけ石がわずかに沈む――罠だ。

「助かる」

「ワン」

《アース・スパイク》で罠面を持ち上げ、跨いで進む。


二曲がり目。古いタペストリの影から、鎧の列が音もなく滲み出た。

からん。空洞の兜の奥で、灯が縦に揺れる。


「死霊兵」

返事の代わりに、王から賜ったオリハルコンの剣を抜いた。柄革が掌に吸い付き、呼吸が落ちる。

“受けない”。風盾ウィンド・シールドを斜めに立て、突きを流す。刃筋だけを通して、骸骨の頸輪を一つずつ落とす。

エリーゼは背後で《ホーリー・ヴェール》を薄く回し、切り傷の熱をすぐ奪ってくれる。スノーは側面に回り、《カウンター・ゲイル》で隊列の足並みを崩す。

噛み合う。ここは進める。


大階段を上がると、天井が高くなった。黒い彩色ガラスに描かれた儀式図が、青い光を床へ落とす。嫌な鼓動――来る。

壁面の影がふくらみ、二つの輪郭が裂けた。闇に縁取られた黒竜が、頭を低くして唸る。黒曜の鱗に炎が吸われ、眼だけが赤い。


「二体……」

スノーが喉の奥で低く鳴く。恐怖はある。だが退く場所はない。


右へ牽制。風で眼窩を抉り、エリーゼの《ホーリー・レイ》で膜を焼く。

左が首を伸ばし、床板が砕けた。牙が肩口を狙う。間に滑り込み、剣を横へ――受けずに“滑らせる”。鱗の段差に刃が噛み、首の付け根へ吸い込まれていく。反射で身を捻ると、尾が耳元を裂き、石壁が爆ぜた。

「《スタン・ライト》!」

短い眩光。竜の瞼が痙攣する一拍で、スノーが《アース・バインド》を掛け、俺は喉奥へ二の太刀。黒い血が蒸気になって散り、左が崩れる。


残る右が口腔に影を集める。闇の奔流――間に合わない。

「下がって!」

エリーゼの《ホーリー・ヴェール》が前へ張り出し、衝撃が二重膜で鈍る。その薄皮の内側で、俺は床を蹴った。気を一点に締め、剣を突きへ変える。喉笛に白い線。巨体が痙攣して、落ちた。


息が荒い。剣先の滴が床に点を打つ。

エリーゼの掌が肩に触れ、熱が引いていく。スノーが鼻先を掌に当ててくる。

「大丈夫だ」

「うん。行ける」


最奥の扉が、黒と銀の象嵌で俺たちを待っていた。押すと、空気が変わる。冷たいのに乾いて、音が吸われる。




玉座の間。高い天蓋、黒曜の柱。

奥、黒い椅子に男が座っていた。人とは思えない均整の骨格。笑っているのに、目だけが笑っていない。


「よくぞここまで来た、人の子らよ」

声は滑らかで、低い。言葉が耳の奥で反響し、背筋に薄い痛みを置いていく。

「褒美をくれてやろう」


指が鳴った。空間に亀裂が走り、背後に影の穴が十開く。――咆哮。闇竜が、また。十体。


足音。廊下の向こうから、家族の気配が重なる。父と兄の剣の音。

「俺たちが受ける。お前たちは――」

父の声は短く、迷いがない。頷き返し、視線を前に固定する。魔王は俺たちがやる。


距離が縮む。魔王の右手がわずかに傾き、床の影が刃へ起き上がった。黒い稲妻みたいな軌跡。

受ければ砕ける。だから――逸らす。

風盾を斜架し、刃の角度を半歩でずらす。肩口を掠めた冷気に、皮膚が粟立った。返しの剣は喉を狙うが、薄い膜に止められる。再生が早い。


「《ホーリー・レイ》、細く通す!」

光の線が魔王の肩口を抉る。が、黒い霧がすぐ縫合してしまう。

魔王の指がもう一度鳴り、天蓋から黒杭が降る。床の影が四方から腕になって絡む。

スノーが《アース・スパイク》で影の根を断ち、俺は間合いを詰め直した。


――重い。一手ごとに、肋に冷たさが残る。

エリーゼの回復が間に合わなければ、倒れている。持久は不利だ。どこかで“通す”しかない。


魔王の笑いが近い。

「面白い。力は確かだ。――だが足りぬ」

足りない? 分かってる。まだ一歩、届いていない。


剣を握り直す。柄革が掌に噛み、指先がじん、と痺れた。

乾いた空気に、微かな火花が跳ねる。風と火で上げてきた“熱”の導線に、何かが滑り込む感覚。


(……肘の“ビリッ”。子どものころから、あれはただの痛みじゃない気がしてた。雷のスイッチ――ならば、やるしかない)


息を詰め、気を締める。全身の流れを一本に集め、刃へ落とす。

青白い糸が、オリハルコンにまとわりついた。静電のさざ波が腕毛を立て、耳の奥で小さな雷鳴が鳴る。


「今のは……」

エリーゼの瞳が見開かれ、魔王の視線が初めて僅かに細くなる。


「続ける」

短く言って、足を出した。風の角度で影刃を外へ滑らせ、雷の刃で“膜”を断ち切る――そこへ、エリーゼの《ホーリー・レイ》を細く、刃に沿わせる。

光と雷が重なった瞬間、空気がひっくり返ったように軽くなった。目の前の黒が、ほんの一拍、色を失う。


「――行く」

踏み込み、喉の“核”へ一直線――


床下から突き上げる影の槍。反射で身を捻る。脇腹をかすめ、熱い線が走った。足が滑り、間合いが半拍、足りない。

「アレン!」

光が飛ぶ。痛みが引く。エリーゼの掌が、背に触れていた。

「大丈夫。――もう一度」

スノーが吠え、影の根をもう一本断つ。


魔王の口角が上がる。

「それだ。もっと見せてみよ、人の子」

挑発が静かに刺さる。ここから先は、一手も落とせない。




剣と影が幾度も交錯し、玉座の間は灰と焦げた石の匂いで満ちた。

互いに満身創痍。刃も魔力も、もう一手が限界――そんな空気の中で、俺は剣を下ろし、**真顔でひじ**を見た。


「……やっぱり、使うしかないのか。あの――伝説の雷魔法を」


深呼吸。覚悟を決めて、肘を指でツン――


ビリッ。


「うぉあああああッ!? いっっったぁ……!」

金属の味が口内にひろがり、前髪から焦げた匂いが立つ。

次の瞬間、青白い稲妻が空からドカンと魔王を直撃した。


「ぬおおおおっ!?」

黒いマントが逆立ち、髪が爆発したみたいに広がる。魔王は歯を食いしばりながら俺を睨む。


「貴様……よくもやったな。ならば――こうだ!」


魔王も肘をツン。


ビリッ。


「ぐわああああッ!? 痛い痛い痛い!!」

次の瞬間、雷撃がこっちにドカンと落ちてきた。


「ま、待て……話せば――ビリッ!」

「容赦はせぬ――ビリッ!」


「うおおおおッ!」

「ぐおおおおッ!」


――以後、数度の応酬。

肘→ビリッ→雷→悲鳴。

肘→ビリッ→雷→悲鳴。


三度目、互いに顔を見合わせ、一瞬だけ同時に肘へ指を伸ばし――

「せーの」

ビリッ。 ビリッ。

「「いっっったぁぁぁ!!」」


壁の黒曜石はヒビだらけ、床は焦げ跡の水玉模様。お互い髪はふわふわ、静電気で指先はぱちぱち。

もはや威厳も魔王感もどこへやら。


「……君たち、何してるの?」


背後から、冷ややかに澄んだ声。

次の瞬間――


ゴンッ。ゴンッ。


俺と魔王の頭に、同時に拳骨が落ちた。

星が飛ぶ。涙も飛ぶ。世界も飛ぶ。


エリーゼが白いオーラをほんの少しだけまとい、ため息をひとつ。

「もう気が済んだでしょ。散らかった物を片付けて帰るわよ。」


「……はい」

「……はい」


スノーが「ワン」と一声。掃除を手伝うみたいに、焦げた破片を前脚でちょいちょい集め始める。

魔王は肩を落とし、俺は耳まで赤い。さっきまでの死闘は、どこへ行ってしまったのだろう。


――伝説の雷魔法は、確かに強力だった。

だが同時に、とても、痛かった。


あなたも勇者(勇ましくヒジの痺れに耐える者)になれるかもしれない。


— 完 —

特別編を読んでいただき有難うございます。

様々な意見は有るとは思いますが、これも謎解きの助けに……ならないですね(/o\)


本編はふざけること無く書いていますので、良かったら読んでみて下さいね♪

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