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第五話 結局癪なんだ

 王宮での舞踏会から数日、謎探しに街を歩いていたホームズは不意に天幕が張られた店の前で怪しげな男に声をかけられた。

「お兄さん、ちょっと見ていかないかね?」

 そうホームズを誘ったのは赤い髪の糸目の年齢不詳の男だ。

 招かれるまま天幕の中に入ると、ずらりと様々なものが並んでいた。

「ほう」

 感嘆の息を漏らして並んだ品物の一つを手に取る。

「それは仕込みナイフ。そちらは銃を仕込んだステッキだ」

「なるほど。モリアーティが持ち歩いているのはこれか。

 だろう? フォン・ヘルダー」

「よくおわかりで」

 振り返って言い当てたホームズに、怪しい商人ことヘルダーは微笑んだ。

「前世とは少し姿が違ったから一瞬気づかなかったが、彼らしいその語り口とこの見事な武器を見ればね。

 それで? 君は私を殺したいのかい?」

「いやあ、私はそこまでは考えていないねえ。

 なにしろ、この通りの武器職人なもので」

 ひらり、とヘルダーは手を振って何もないところから花を出す。

「君がモリアーティ教授を殺さないと確約するなら、私は君に手出しをしないと誓ってもいい」

「聡明な判断だ。どうしてその結論に至った?」

「バタフライエフェクトを知っているかい?

 神様の筋書き通りのように、決められた運命をなぞってしまう。

 君とモリアーティ教授が戦うことになれば、そうならない保証はない。

 私はモリアーティ教授に生きていて欲しいのだよ。

 その保証さえ叶えば君が生きていても構わない。

 私の動機は不純かな?」

「いいや、理解出来るものだ」

 ヘルダーの言葉にホームズは微笑んで頷く。

「では約束しよう。私の命を懸けて。

 必ずモリアーティ教授に天寿を全うさせると」

「その根拠は?」

 胡散臭く笑ったヘルダーに、ホームズは茶目っ気をにじませて、


「だって、モリアーティ教授が死んだら私が退屈だからね」


 と答えた。




「いいんですか。あんな約束しちゃって」

 ホームズが去った後、店の奥から姿を見せたのはフレッドだ。

「出て来なかったってことは、君も私と同じ意見なんだろう?

 フレッド君」

 椅子に腰掛けたまま、ヘルダーは飄々とした態度で尋ね返す。

「最重要項目はモリアーティ教授の生存。

 その一点において、あのモラン大佐も同意すると思うよ?」

「それは、そうでしょうね。

 モリアーティ教授が亡くなった後の彼の嘆きは深かった」

「この前の狙撃も本気でやったことだろうさ。そこで死ぬならそれまでだと。

 だがホームズは死ななかった。それでもう腹をくくっただろう」

 そう言ってからヘルダーは「いや、あれはホームズの常軌を逸したモリアーティ教授の脳味噌への執着に恐れを成しつつ信頼して、というべきか」と考え直した。

「君は腹をくくったかな? フレッド君」




 ヘルダーの店を出て街を歩いていたホームズは、ふと視界に目当ての人物を見つけて大股で駆け寄る。

「モリアーティ嬢!」

 足早に近寄ったホームズを見上げて、相変わらずのステッキを手に持ったモリアーティは一瞥する。

「探していたよ。会いたかった」

「ご冗談を」

「本気さ。君と過ごす時間はなにものにも代えがたい」

「ワトソン氏との時間よりも?」

「それは比較が難しいところだ。彼は一番の相棒だからね。

 だが、」

 すっと優雅な所作でモリアーティの手を取ると、甘くホームズは囁いた。


「私が愛する至高の頭脳は君しかいない」


 モリアーティの目は「あーハイハイ今はっきり頭脳は、って言ったなこいつ」と言っていたが。



 モリアーティが行く先へホームズがついていくと、そこは郵便局だった。

「来てもらえばいいのに」

「ついでなので」

 そうホームズの言葉に答えてバックから取り出した郵便物を職員に渡した時だ。

「おいお前ら大人しくしろ!」

 郵便局内に飛び込んできたのはいかにも強盗と言った外見の男たちだ。

「金を出せ!」

 銃を持った男たちに職員たちは悲鳴を上げる。

 物陰に隠れたホームズとモリアーティは彼らの様子をうかがいながら小声で、

「困りましたね。荒事は得意ではないのですが」

「なら私がどうにかしよう」

 と会話する。

 そうしてホームズは迷いなく立ち上がった。


「求婚した令嬢一人、守れないようでは男の立つ瀬がない」


「な、」

 突然現れたホームズに強盗たちが息を呑んだ瞬間に、ホームズは彼らに襲いかかっていた。

 見慣れぬ武術で次々に彼らを昏倒させていくホームズに、モリアーティはまじまじと「あれがバリツか」と呟く。

 バリツという武術のおかげであのライヘンバッハの滝でホームズが生き延びたとモランに聞いていたからだ。

 だが不意にホームズに倒された男が呻きながら、銃を構えた。

 その銃が弾かれ、床を転がっていく。

 立ち上がったモリアーティの手にあるステッキの仕込み銃が、その銃を弾いたのだ。

「意外だな。君が助けてくれるとは」

「勘違いしないことだよホームズ君。

 君が私以外に殺されるのは、少々癪でね」

 思わず素が出てしまったモリアーティに、ホームズは目を瞬いた後、嬉しそうに微笑む。


「やっと本当のあなたに会えた。我が愛しの頭脳よ」


 そう言われたら、毒気が抜かれてしまった。



「おや、認めるのかい?」

 郵便局の中で起こったことを遠目に確認して、フレッドは向かいの建物の屋根の上に立ち上がる。

 隣に寝そべるヘルダーの言葉に、

「あの方がホームズを助けた。それが答えです」

 と答えた。

「そうかい。それは確かに、一番の答えだねえ」

 ヘルダーはわかりきった顔でそう返した。


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