第8話 それは夢ではなくて
「んんっ……」
火傷の痛みで気を失っていた間に、応急処置が終わっていた。手当をしてくれたのは、部屋に隅にいるおかっぱの女の子と、見覚えのある中居さんだった。
(あれ? 私……?)
「なうなう」
「がう」
声のほうに視線を戻すと、そこには小虎と子狼が心配そうに私の傍に寄り添っていた。
鵺様の分身体だ。もふもふに触れると、ホッとする。
真里や叔母様から階段から突き飛ばされることや、体罰なども多かった。けれどいつも軽傷あるいは傷の治りが早いのは、この子たちのおかげでもある。今回は傷よりも、火傷の痛みを緩和してくれたのだろう。
(ああ、でも火傷は痕が残ってしまうわ。こんな姿で鵺様の花嫁なんて……)
「なう?」
「がぅう?」
私がこんな姿になっても、小虎と子狼は私の傍を離れなかった。この四畳半と神域と呼ばれる拝殿裏の泉にだけ鵺様の分身が現れる。私のことを心配して、宿坊まで来てくれたのだろう。嬉しい反面、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
包帯を巻く前は、肌は焼け爛れて皮膚が激しく損傷していた気がする。最初は真っ赤だったが、徐々に黒く変色するかもしれない。もともと美人では無かったけれど、火傷のせいで二目と見られない姿になってしまった。
「こんな姿じゃ、鵺様も愛想を尽かしてしまうかもしれないわ」
「あり得ない」
断言する声。
低く耳に残る声を私は──知っている。
「小生はそのようなことで、栞を手放すとでも?」
「──っ」
障子を開けて部屋に飛び込んできたのは鵺様だった。白銀の艶やかな長い髪に、金色の瞳。ロング丈詰襟シャツに紺色の羽織、黒の袴に帯となんともお洒落な格好をしていた。普段の着物とは雰囲気が違うのがまた良い。
「鵺様……」
「栞、遅くなってすまない」
そう言ってズタボロの私を、何の躊躇いもなく抱きしめる。割れ物に触れるかのように優しくて、気遣ってくれているのがヒシヒシと伝わってきた。
それだけで嬉しくて泣きそうだ。
「鵺様。私のほうこそ……申し訳ありません」
「君が謝ることなど何一つない。小生がもっと気を回していれば、傷など」
「……魔蟲が……いたのです。叔母様や真里の魂を蝕んで……。それもあって、暴力的になって……」
今までも階段から落とされる、物を投げつけられるなどの嫌がらせはあった。
それでも今回は明らかに違う。殺意と敵意に満ちていた。でももしかしたらあの嫌がらせは、魔蟲の影響によるものだったのかもしれない。私がそう思いたいだけなのかもしれないが。
「秋人の推察が当たったか。いや関係者全員が魔蟲で狂わされていたとしたら──」
「……鵺様?」
詳細を話していないのに、鵺様には今回の一件に心当たりがあるようだった。ずっと外で仕事をなさっていた鵺様は最後に会った時よりも、大人で余裕のある雰囲気がする。
「実は魔蟲による凄惨な事件が、この国で横行している。小生はそれらの後始末に駆り出されていたのだが、まさか栞のところにまで手が伸びているとは……不甲斐ない」
(魔蟲による事件……もしかして私と同じような事件が?)
「栞」
私の焼け爛れた腕を痛々しそうに見つめた。醜いだろう。そう思っていたのだけれど、鵺様は懐から綺麗な小箱を取り出した。箱の中は銀色の指輪が二つ並んでいる。
「……これ」
「欧州では結婚する際に指輪を贈る風習があるらしい。その証を、栞の左の薬指に付けてもいいか?」
「え」
蕩けるように甘い声に、顔を上げると鵺様と目がかち合う。
(こんな姿でも鵺様は私を娶ろうと思ってくださる?)
涙がじわっと滲み、嬉しさで胸がいっぱいになった。でもほんの少し不安も過る。傷物な私を娶るのは「約束だから」だったら、と。
「こんな目に遭っても、変わらない栞を小生には好きになったのだから、義理とか約束とかの理由で言っているのではないぞ」
「あっ……鵺様は心が読めるのですか?」
「いやまったく」
「まったく? それなのに、どうして?」
「好いている者の表情や仕草でわかる」
「──っ」
それは凄いのでは?
心を読むアヤカシのサトリも驚くでしょうね。少しだけ口元が緩んだ。
「鵺様をお慕い申し上げます。貴方様の花嫁にしてくださいませ」
「ああ。小生の伴侶は栞だけ。栞、愛している」
そう言って私の左の薬指に指輪を嵌めてくださった。なんだか擽ったい。そういえば、異国の恋愛小説にこのようなシーンがあったような。そう思うと胸が温かくなる。
「正式な祝言は改めてあげよう。皆それを望んでいる。この宿坊から暇を出された連中も含めて全員呼び戻しているぞ」
「!?」
そう言って、鵺様は私の頬に接吻をする。今までは手の甲や髪だけだったのに、刺激が強すぎて、心の臓が飛び出すかと言うほど煩い。
「栞は愛らしいな。……今はこのぐらいで、先にすませてしまおう」
「ふぇ、あ。なにを?」
祝言を挙げるのは日を改めてとなるが、実質夫婦となったとなれば次に考えられるのは初夜だ。そのことに気づき、ぶわああ、と頬が熱くなる。