第7話 私の思う復讐
地下牢に閉じこめられた後、宿坊の壁に触れてなんとか四畳半の部屋に戻った。私にとっての避難場所であり、唯一の安全地帯。不衛生な地下牢に比べたら、こちらは天国だ。
少しでも体を動かせば、火傷の痛みが全身に走った。
「っ、あああ」
痛い。痛い。痛い。
痛みでどうにかなってしまいそう。
「……っ」
やっと鵺様と会えると思ったのに、こんな姿じゃ嫌われてしまう。墨のような黒くて地味な髪色、傷や怪我ばかりする私を鵺様だって、疎むかもしれない。
いつも古い巫女服ばかりで、着物も一着ぐらい。昔は鵺様がたくさん贈ってくれたけれど、真里に奪われてからは鵺様に頼んで贈らないでほしいと伝えた。
真里のような華やかさを望まれたら、勝ち目なんてないわ。涙が止めどなく溢れてくる。心細くて、噂のこともあって不安ばかりが膨らんでいく。
(どうしよう。こんな姿になった私を鵺様は、見つけてくださる? 好いていると言ってくれる? それとも──)
見捨てられてしまうだろうか。
そう思うと涙が溢れて止まらない。
(ああ……独りで生きるのは……慣れていたと思ったのに……私全然独りじゃなかったわ)
ふと視界が翳った。
『お嬢さん、復讐を望むのなら幾らでも力を貸してあげよう。お嬢さんの望む復讐の舞台を用意して、思う存分今までの鬱憤を晴らすのは気持ちが良いと思うのだよ』
誰?
それは甘く痺れるような声。
心の奥底から湧き上がるのは、理不尽な暴力、罵倒への怒り。憎い。どうして自分がこんな目にあうのか。両親を失い、居場所も追いやられて、たくさん傷つけられた。
次々に私の大切なものを奪っていた──憎き相手。
『許さない。許してはいけない』
溢れ出る負の感情。
そしてドロリとした感情が、私の心を覆っていく。体が暗闇に飲まれるかのように重い。ずるずると負の感情に引きずられて、底へ、底へと墜ちていく。
ブブブブブ、と蟲の羽音が耳元で聞こえる。
『侮った相手に後悔させてやる』
悲観的な考えばかりが浮かび上がる。
こんな酷い火傷をした私を、鵺様が好きになるはずない。
私よりも美しい真里を選ぶかもしれない。
こんなに苦しいのに、辛いのに、痛いのに、誰も、助けてくれない。
誰も──。
『さあ、お嬢さん。私の手を取って復讐劇を始めましょう』
深淵の底。
水面の光も届かない闇そのもの。
そこで差し出された手は、白い手袋だった。
黒のシルクハット、異国の正礼装に、真っ赤な髪に、酸漿色の爛々とした瞳。
それは体だけでは無く魂までも絡みついた蛇のよう。
私はその手を掴もうと、手を伸ばし──。
「栞」
脳裏に過った鵺様のことを思い出して、手を止めた。
この手を取ったら、二度と鵺様に会えないような、そんな予感があった。
復讐したいか?
私が望むのは復讐なの?
叔父様や叔母様や真里のことは嫌いだ。でも、私がこの手を取って始まる復讐劇は、本当に私が望むもの?
両手を血に染めて、明日の私は──本当に笑っていられる?
『お嬢さん?』
「…………」
『おやおや? どうしたのかな? ああ、もしかして復讐したいのに、必死に耐えているのかい?』
その声は甘美で、どこまでも甘い。
けれど薄っぺらい。本気で私のことを思ってくれて、言っている言葉とは思えないのだ。ただそこに用意された脚本に沿って口にしている台詞に聞こえる。
この先の残酷な展開を望んでいるかのよう。
つまりは私自身を慮って、声をかけたのではないのだ。
だから心に響かなかった。だって私の傍には、心から私のことを思ってくれる鵺様がいたから。
私は一人だったけれど、独りじゃなかった。
それを思い出した、思い出すことができた。
「……っ、いいえ。私の望む復讐は、あなた様の考えるものとは違うだけです」
『ふふふっ、面白いお嬢さんだ。復讐と言ったら今までの鬱憤を晴らす絶好の舞台。それこそ今までのやってきたことに対して、報復する特別なものです』
舞台の道化のように正礼装姿の青年は、心から歓喜の声を上げて、復讐とはなんぞやと語る。
まるで一生に一度の大一番だと言わんばかり。
私が孤独で、孤高で、未来に希望を持てなかったら、同じ結論を出していたかもしれない。でも、私には傍に居てくれる人がいた。
ずっと傍に居たわけじゃないけれど、私に未来が明るいことを指し示してくれた方ならいる。
だから私は──。
「いいえ。あの人たちへの復讐は、私が幸せになること」
『……!?』
「叔母様や真里が悔しがるぐらい幸せになることこそが、一番の復讐だと思うのです。だから、貴方様の提案は受け入れられない」
望むのは、鵺様との穏やかな日々だ。叔母様と真里たちに報復したい気持ちもあるけれど、手を下すのは私の役割ではないと思う。
因果応報。天網恢恢疎にして漏らさず、それを私は今も信じている。
罪を明るみにして、然るべき法のもとで捌かれるべきだ。今世で無理でも閻魔様がいる。だから裁くのは、私の役割ではない。
もし万が一、対立して戦うことになったり、復讐する結論に至ったとしても、見知らぬ誰かよりも、私には私を守ろうとしてくれる存在がいるのだから、そちらにまず声をかけるのが筋だろう。
「……舞台を楽しむだけの、見知らぬ貴方様の手を取ることはありません」
『……!』
私の拒絶に、目を見開いで心の底から驚き、次の瞬間獰猛な牙を見せて嗤った。「見つけた」と捕食者の瞳に背筋がゾゾゾッと震える。
得体のしれない何か。
神様とも、アヤカシとも違う。精霊に近いようなよく分からない。
腐臭を隠すように、林檎やブドウに近い甘く芳醇で鼻につく香りがする。酩酊にも似た感覚。
『ああ、私の誘惑を断る人間がいるなんて……、何百年ぶりでしょうか!!』
意識が浮上するのを感じる。夢が醒めるのだろう。
『人に疎まれ、蔑ませるような環境術式が機能しているのに……? 貴女の拠り所は? 実に、実に興味深い。今日のところは引き下がりましょう。美しい人。また近々、お伺いにあがりますよ』
心底愉快そうに笑う声が、耳に残った。
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