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第6話 鵺は花嫁を重愛している・後編

()()()()()()?」

「本家の跡取り息子だったんが、両親を事故で亡くして親戚が引きとったら虐待や体罰と死にかけて、魔蟲(まとう)に取り憑かれるちゅうお話。どっかで聞いたことあらへん?」

「…………途中までは栞と同じだな」


 違いがあるとすれば、栞には小生がいたこと。いや様々な神々やアヤカシ、九十九神(つくもがみ)式神(シキガミ)、そして頼りになる者たちもいた。


 ガタンゴトンと車両が揺れて、トンネルに入った。薄らと口元を緩める秋人は、確信めいた何かがあるようだった。


「軍警の調書を読まして貰うたけど、共通点は親戚や親族から虐げられたこと、つまり不遇な立場やった者が、魔蟲(まとう)に取り憑かれ、復讐者となった」

「それが意図的、作為的だと?」

「せや」


 腹立たしいが、この男の勘は当たる。それも良くないほうの。


「この国で殺人教唆するようなアヤカシを、ウチは寡聞にして聞いたことあらへん。少なくとも幽世やなくて、この国でや。それともう一つ興味深い証言があるんよ」

「君の情報網は相変わらずエグいな」

「褒めてもなんも出んで」

「別に褒めてない」

「そこは話に乗ってほめてもええやろう」

「で?」


 さっさと話を進めろと睨んだら、ノリが悪いとかブツブツ言いながらも本題に戻る。


「……今回の胸クソやった事件の一つ前にあった、藤垣家殺傷事件があったやろう。唯一殺人未遂の事件や」

「あー、そうだな。違う意味で面倒だったが」


 あの事件のせいで栞の元に帰るのが遅くなり、他の案件も一つ片付けることになってしまった。今後はあの一族とは関わりたくないものだ。


「で、その証言ってなんだ?」

「殺傷事件を起こした長男のおにいがな、『()()()()()()』て言うたんや」

「蛇……」


 その意味深なワードが妙に引っかかった。日本古来の祭神の起源、現像となると殆どの場合、豊穣を司る蛇神が上がるだろう。古くから蛇神信仰はあり、悪しきものの代表と言えば清姫、八岐大蛇、神聖として竜蛇(りゅうじゃ)神、三輪山の蛇神など生と死の象徴、二面性を持ち合わせている。いやそれは西洋でも同じだろう。人を惑わし、邪悪の化身とされるも、神が授けた青い蛇は医療の知恵を人類に与えたとされている。


 パラパラとページをめくる音が耳に届く。アヤカシには自分の領域とも呼べる空間がある。小生の場合は【深淵書庫】と呼ばれる深海をイメージとした書庫だ。

 歴史の闇に葬られ、捨てられ、埋められ、沈められた事実、敗北の歴史を蒐集している。

 ふと『唆す』ではなく、近しい言葉として『誘惑』であれば、あまりにも有名な書物が浮かび上がる。


(確か旧約聖書の創世記3章1―5節、蛇の誘惑……)

 

【さて、主なる神が造られた野の生き物のうちで、蛇が最も狡猾であった。蛇は女に、「神は、本当に、園のどの木からも取って食べてはならないと、言われたのですか」と言った。

 女は蛇に答えた、「私たちは園の木の果実を食べてよいのです。しかし、園の中央にある木の実については、神は、『それを食べてはならない、それに触れてもいけない。あなたがたは死ぬであろう』と言われました。」

 そこで、蛇は女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはありません。

 神は、それを知ると、あなたがたの目が開かれ、あなたがたが神のように、善悪を知るようになるのを、ご存じなのです。」】


 『約聖書の創世記3章1―5節、蛇の誘惑引用』


「西洋の……それも最古の蛇。敵対者、敵と呼ばれ様々な悪魔の王と指摘された存在」

「やっぱし旦那はんもおんなじ見解か。嬉しゅうはあらへんけど」

「そうだな。その蛇が七つの大罪の悪魔のいずれか──だとしたら、確かに面倒だ」


 列車に揺られ、トンネルを抜けるとまた次のトンネルに入る。薄暗い車内が余計に息苦しく感じた。


「そやけどこれまでの事件全て蛇によるものやったとしたら、いつから【悪意の芽】を植えたと思う?」

「いつから……? まさか」

「せや。不遇となる環境も意図的に作られたとしたら、復讐者を作り上げるまでが蛇の仕込みは、大袈裟や思うんやけど、七つの大罪の悪魔やとするんやったら、そこらへんの仕込みまでやっていそうなんよね」


 つまり──最初から。

 蛇が目を付けたことで、標的は幸福な環境から一変不遇な存在になるとしたら。それらの不平不満が溜まれば、魔蟲(まとう)によって魂は蝕まれて今回のような殺人事件が起こり、魔蟲(まとう)の大量発生に繋がる。

 長期的な実験めいたやり方には、誘惑めいた香りがプンプンする。間違いなく秋人の言う通りだろう。


(今の話が全部正しかったとすると、栞もまたその不遇な環境に該当する)


 分身は置いてきたが、胸騒ぎがする。備えをしていても、この世界に絶対は無い。


(栞を虐げてきた者たちへの報いを受けるときが、ようやく来たというのに……。どうか小生が帰るまで無事でいてくれ)


 今回、京都魔界の依頼を受けたのは、神祇審省の印象を良くするためだ。アヤカシ本来の力を取り戻し、その力を暴走させずに無害認定を受けることで活動制限や権限も与えられたことは、栞を守るためにも役に立つ。巫女姫の役割の肩代わりだって進んで行った。それもこれも栞の奪われた物を取り返した上で、娶るためだ。


 神祇審省に【神々の末裔による花婿選び】から通達も届いたことで、本格手に八酉神社と宿坊の経営陣を一掃する準備がこれで整った。

 あと少しの我慢で、栞に会える。そう思っていたのに、何事も予定通りには行かないようだ。


 ざわり、と鳥肌が立った。

 次の瞬間、栞の傍に居た分身の反応が消える。


「──っ!?」

巫女姫(しおり)が火傷した』

『とても酷い火傷』

『助けなければ』

『届け』

『知らせよ』


 ようやく仕事を終えて栞を迎えに行ける。そう思った矢先、木霊たちの声が聞こえてきた知らせは、最悪な報告だった。


 ざわめく木霊の声が、秋人の耳にも届いたのだろう。珍しく眉間にしわを寄せて難しそうな顔をしている。


「さっきから騒がしいと思っていたが……状況が変わったか」

「ああ」


 前の席に座っている軍人の辻裡源十朗つじうらげんじゅうろうは、黒髪に酸漿色の瞳、精悍な顔立ちを持つアヤカシの血筋で鬼だ。眼光が鋭く強面だが、無口かつ愛想が悪いだけで仕事をする上で組むのは楽だった。


「まったく。次から次へと……魔蟲(まとう)のばーげんせぇーるではないか」


 陰陽師の衣服を纏った龍田周輔(たつくちしゅうすけ)は寝たふりをやめたようで、片目だけ目を開けた。焦げ茶のフワッとしたくせっ毛のある青年で、お洒落な眼鏡をかけているが伊達だそうだ。森神の系譜で同じくアヤカシに近い──元は、だが。

 

「んー、ウチの眷族からの情報でも結構あじない(まずい)状況やな」


 秋人は唸った。いつもは興味津々に絡んでくるが、本当に状況的に良くないのだろう。いつもの軽口はない。


「栞が呼んでいる。小生は先に行く」

「はいはい。うちらは予定通りに向かったらええんかな?」

「そうしてくれ」


 栞のお土産を別空間にしまうと、窓を開けた。既にトンネルを抜けているが、窓を開けた向こうは別の一本道が続いていた。早々に状況を察知して、道を繋いだのだろう。秋人は暢気そうに見えて用意周到で助かる。


「【狐の通り道】を作っといたさかい、それで行くとええよ」

「助かる」

「栞ちゃんによろしゅう」

「ああ」


 秋人の影から白い狐がひょっこりと姿を見せる。それを一瞥して【狐の通り道】に端を踏み入れる。癪だがそのほうが一番速い。

 鵺は、その時に必要な姿になる。

 だから灰褐色の狐の姿で、狐の通り道を駆けた。愛する者の元に向かうのに、最短距離を使うのは当然だ。


「栞……っ」



楽しんでいただけたのなら幸いです。

下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。

感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡


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