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第4話 露見からの絶望・後編

(やっぱり、真里は私が巫女姫だと知らない。ううん、気付いていても認められず、その事実ごと記憶を歪めたのね。それとも魔蟲(まとう)によって歪められた?)


 ただ疑問が残る。

 いずれ露見することなのに叔父夫婦は真里を窘めず、なぜ隠し通せると思ったのだろうか。アヤカシと神々がより近くに居る場所で、罰当たりなことをすればどうなるのか、どうして考えなかったのだろう。


(……少し呼吸が楽になった。あとはできるだけ刺激せずに……明日を……迎える)


 神祇審省からの書簡に触れた瞬間、私の封じられていた巫女姫の力の一部、知識、鵺様の計画内容が朧気だけど思い出しつつあった。

 なぜ封じられていたのか。恐らく隠し事の苦手な私のために、鵺様が術をかけてくれていたのだろう。


(そうだった。あの方は……とても心配性だったわ)


 今回の計画が叔父夫婦に気づかれないように、細心の注意を払ってくれていたのだ。そして巫女姫の役割の幾つかを鵺様が担ってくれていた。神祇審省の数々の依頼も、()()()()()()()()


 巫女姫としての権限もこの土地の所有権も、まだ私のもので『唯一相続を移す条件は、私の死後』と書かれているのだ。それを神祇審省も知っていて、叔父夫婦が提出した書類を保管している。大事な偽装証拠として。


(ああ、それも忘れていた……)


 叔父夫婦は土地の権限はすでに自分たちのもので、神祇審省から『八酉神社にはどのような事情でも、巫女姫の在留は必須』と言われており、他所から巫女姫を派遣する場合は、明確な理由がなければならない。しかしそれを申し立てを行い、神祇審省から調査員が入れば、自ら相続偽造の疑いが発覚する。


 だからこそ私を他所にやることも、殺すこともできない。そう言う複雑かつ綱渡りのような立場に私は居たのだ。


(ここを乗り越えれば……っ)

「お母様! ちゃんと話して!」

「ああ、本当にどこまでも愚かな子だねぇ。ここまで話しても分からないなんて……お前を産んで女だったことに落胆した時を思い出すよ!」

「はあああ!? そんなの私のせいじゃないわ!」

「いいや。お前が巫女姫になっていれば、ここまで苦労はしなかった! 巫女姫の試練に何度も落第して……! この娘は神祇審省の審神者から、巫女姫の証を賜っていると言うのに……!」

「は? はあああああああああああああああああ!? なによ、それ!! ()()()()()()()()()()()()()()()()!!!」


 その言葉に、真里は激昂して喚く。華やかさや美しさなどない。醜く嫉妬で歪んだ顔は、どう見ても鬼婆のようだ。


「このドブネズミが、私と同じ巫女姫? お母様はこの神社に巫女姫は一人しかいないって言っていたけれど、それは嘘ってこと!? 私が試練に落ちる訳がないじゃない! 私はお父様から──」

「だから! 審神者から証がない以上、それあの人の欺瞞であってまがい物は、お前なのよ。この神社に、審神者に認められた巫女姫は一人だけ! だから扱いに苦労としているって言っているでしょう! 本当にこの子は人の都合の悪いことは聞きやしない! どうしてこんな風に育ったのかしらね!」

「それって……っ!? 私は……選ばれていないってこと? こんな女に私が劣っている?」


 何度も繰り返すように言い聞かせて、ようやく真里の耳に真実が届く。

 ずっと違和感があったのだろう。しかし都合の良いように思い込むのが得意な真里は、私を見下すことで、誤魔化そうとした。自分こそが有能だと、尊き者だと、そう妄信的に信じて嘘を積み重ねてきた。


「嘘でしょ!?」

「嘘なもんかい。お前が巫女姫として受かっていれば、この女をどこかに追い出せたのに、八酉神社には必ず巫女姫を一人常駐させるのが、しきたりだってあの人が五月蝿いからね! あー、まったく嫌になるわ!」

「──っ、嘘」

(見たくないものを見続けた結果、魔蟲(まとう)に蝕まれた? ううん、それだけじゃないわ。真里は巫女服を着ていた……)


 沈痛な面持ちでその先の言葉を黙った。しかしその沈黙が答えだと気づき、真里はわなわなと震える。

 

「うそよ、うそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそ!!!」

「だから、嘘じゃない!! 腹立たしいことにね!」

「ありえない! ありえない!」


 ブブブブブブブ!

 怒り狂う真里は既に魂まで魔蟲に食い散らかされていて、魔蟲(まとう)侵食危険度四を超えると現れる症状が出始めていた。清浄な場所であっても、心に闇を抱えていれば魔蟲に取り憑かれ、奪い尽くされる。特に八酉神社ではそうなるだろう。


(……ああ、自分の魂が食い荒らされていても、この人たちは気づかず、見えていないのね)


 望んだ物は全て歪めて叶えてきた。そうやって傲慢と事実を歪めた真里は、真実を知らなかっただけ。この狭い箱庭で甘やかされて、叱られず、自由気ままに生きた末路。 

 私から全てを奪ったのに、なんだか酷く憐れに見えた。


(……巫女姫は、魔蟲(まとう)を呼び寄せる甘美な餌でもある。だから本来は式神あるいは神社内を守護するアヤカシか精がいる。……何も知らずにその装束を着ていたのなら、そうなって当然……の帰結だわ)


 昔、何度も「アカヤシはいる」、「しきたりを破るのは良くない」そう言って一週間飯抜きにされた記憶が、ふと蘇った。

 殴られても蹴られても、真里が巫女姫の羽織を着るのを止めるべきだったのだろうか。

 無理だ。私はそこまで聖人君子ではない。でも「魂が食われる前に、何かできたことがあるのではないか」と後悔が少しだけあった。ほんの少しだけ。


「そんな目で見るな!」

「──っ」


 真里は私を蹴っては、体を踏みつける。


「なんで、お前が! お前ばっかり! お前がいるから怒りが止まらない。お前を見るたびに腹の底から怒りが湧き上がる! お前がいなければ! お前が! お前が生きているから!!」

「っあ、うぐっ……」


 亀のように身を固まることで、痛みに耐えた。神々の御使いが私の周りで、唸り声を上げる。


「「!?」」


 見えない何かに弾かれ、真里と叔母様は一瞬、ギョッとした。これで収まってくれれば良かったのだが、そうはならなかった。自分の思う通りにいかず、真里の怒りを更に煽ってしまう。


「ああ、その目、その目も顔も、全部が忌々しい、誰か熱湯を持って来なさい!!」

「え、あ。しかし……真里様……それは」

「真里様、それはさすがに」

「そうです。それに今何もないのに──」

「うるさい! うるさい! うるさい! お前がこうなりたいの!?」

「──っ、失礼しました!」


 真里は中居たちに命令し、酷く下卑た笑みを浮かべていた。人はどうしてこんなにも残酷なことが出来てしまうのだろう。いや、もう人と呼べるか分からない。

 それほどまでに魔に近しいモノへと変貌を遂げつつあった。


「審神者に、神々に……隠し事はできないわ。これ以上は──」

「あははは! まだいうの? 火傷を負った巫女姫の代わりに、私が花嫁として出てあげるわ! 大丈夫よ。私、アヤカシやカミ様に伝手があるもの!!」

「はあ……こうなってしまったら、しょうがないねぇ。死んでいなければ、なんとでもなるだろう」


 娘の癇癪にうんざりしていた叔母様は、叱りつけるどころか娘の肩を持ち始めた。そのあり得ない言葉に私は心底驚き、声を上げる。仮にも神職としてあり得ない。

 問答よりも逃げろと警鐘が頭の中で鳴り響いているが、これだけは言わなければ気が済まなかった。


「……神々に、アヤカシ様に、審神者様に、……身分を偽り、騙るなんて……そんな罰当たりのことがどうして……。同じ神職として恥ずかしいわ! その衣を着る資格は貴方たちにはない!」

「煩いわね! どうせ誰も気付かないわよ! 神様が全部見ている? 本気で思っているの? だったら神様はどうして、お前の不幸を良しとしているのかしら? 罰なんて当たるわけ無いのよ!」

「きゅう!」

「ぐぅ!!」

「──っ」


 それは違うと、神々の御使いは叫んだ。うん、分かっている。今の不幸は私が現状を甘んじて、動かなかったせいでもある。悪意によって貶められることはあるだろうし、どんなに神様に好かれていても、見守られていても、運が悪く転んでしまうことだってある。立ち上がることは出来たけれど、その時の私には立ち向かうだけの力も勇気も、知恵もなかった。


 真里はたとえ巫女姫に選ばれなかったとしても、巫女見習いとして研鑽を積むことだってできたはずなのに、どうしてこんな恐ろしいことを思いつくのだろう。物事に近道なんてない。近道したとしても、その分のツケがどこかで生じる。

 私には分からない。

 どうして──。


「真里様、お持ちしました……でも」

「良いから貸しなさい!」


 湯気が出ている。熱湯なのは間違いないだろう。

 ヤカンを受け取った真里は、ヤカンごと私に投げ飛ばした。とっさに私の前にいた御使いを庇って、身を乗り出す。


「──っ!」


 ばしゃん!

 ヤカンは私の目のまで床に叩き落とされ、その時飛び散った熱湯が私の左顔と左腕に直撃した。


「──っ、あああああああああああああああああああ!」


 痛い。

 熱い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。肌が焼ける。


「ああ、煩いわね! でも火傷で醜くなったお前なんかが、娶られるわけがないわ!」

「そうね。その娘を地下牢に入れておきな!」

「え? でもあそこは」

「手当は」

「いいから!」


 火傷で水ぶくれができて、激痛が走る。突き刺さるような痛みで、片目はもう見えない。


(鵺様……っ)


 そう私の願いも虚しく、鵺様が現れることは無かった。

 私は治療も受けさせて貰えず、宿坊の地下牢に放り込まれる。ろくに掃除をしていなかったようで、埃っぽい。

 神々の御使いたちが泣いている。泣かないで。だって体が動いてしまったのだもの。ああ、でも──。


 真里や叔母様のことなど放っておいて逃げれば良かった。どうして言い返してしまったのだろう。言葉を呑み込んで、逃げれば良かったのに、でも、我慢できなかった。だからこれも自業自得と言われればそうだ。

 少しだけ公開している。だって──。


(こんな姿じゃ、鵺様の花嫁になんて……)


 涙が頬に伝って零れ落ちる。

 深淵のような薄暗くて、誰もいない場所で意識がブツリと途切れた。


(嘲笑う声、羽音……が響く……)

楽しんでいただけたのなら幸いです。

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