第2話 噂
朝餉の前に、叔父様にお守り袋を渡す。それが日課なのだが、今日に限って従妹の真里が立っていた。しかも機嫌がすこぶる悪い。
「遅い!」
金色の長い髪に、水色の瞳、桃色の肌つやも良い。行灯袴の上に着ている白衣に千早の装束を羽織っている。
私と違って巫女服がよく似合っていて、まるで桜の精のようだ。もっとも笑っていればだが。
「ちょっと! なんで頼んでいたお守り袋が、半分もできていないのよ」
真里は気分屋で言うことがいつも二転三転する。指摘すれば癇癪を起こすので、謝ってしまう。
「ごめんなさい。……でも」
「栞、あなたいつから、数を数えることもできなくなったの?」
「でも……昨日は、二十個って……」
「バカね! もうすぐ春祭りがあるのだから、参拝客も増えるのよ。もっと必要になるって分かるでしょう!」
「すみません」
真里の言葉に見習いの巫女たちは、くすくすと笑っていた。彼女たちは分家の子達だ。昔から真里に同調して嫌味なことを言ってくる。私が神主の娘だったと時は、私の傍にいたというのに、手のひら返しされた時はショックだった。
でもこの場所で生き残るためには、そちら側に付くほうが利口なのかもしれない。
(私を庇おうとした人たちは、軒並み追い出されてしまったもの)
俯いたまま何度も謝った。私に今できるのはそれだけだから。
「ふん。謝罪だけなんて本当に使えないわ」
「謝罪だけで済ませるなんて、真里様はお優しいのですね」
「数を忘れているなんて、懲罰ものなのにねぇ」
「罰……そうね。いい、明日までに五十個! 用意しなさいよね」
「そんな数、無理です!」
「私は用意しろって言ったのよ!!」
そう言って、お守り袋を奪っていった。
季節の花の刺繍入りのお守り袋は、神社でも人気らしい。また加護が高いとかで、噂が広まっているとか。例年参拝客も多くて、買い求める人も増えているのは良いことだけれど私一人で賄える量を超えてしまっている。
(購入する人が喜んでくれて嬉しいけれど……)
また徹夜するしかないのかもしれないと思うと、気が重い。
四畳半の部屋に戻ろうとしたところで、宿坊に泊まっていた参拝客の人たちが、朝の祈祷を終えて戻ってきた。
「十年前よりも祈祷の質が落ちたような?」
「かもしれないな。神主が変わるとこうも違うとは……。今後は別の場所を探すか」
「あー、それなら京都の藤垣家のご令嬢と鵺が婚姻を結んだとかで祈祷を始め、様々なことに力を入れているそうだ」
(え?)
鵺、京都、籐垣家、アヤカシとの婚姻──。
心の臓が驚くほど早鐘を打ち、血の気が引いていくのが分かる。
聞き間違いだと思いたかった。でも藤垣家はアヤカシの血脈で、鵺様も懇意にしていた記憶がある。それに鵺様は長期任務で京都に出ていたのだ。
(巫女姫との婚姻……。それって……)
「月明かりのような銀髪に、金色の瞳を持つ美しい姿で、巫女姫と共に魔蟲を屠る姿は神々しかったとか」
「籐垣家の次女は巫女姫の選定を受けていたけれど、病弱だったらしいな」
「それがアヤカシとの婚姻で解消されるのだから、ご加護とはすごいものだ」
「当然であろう。アヤカシと今でこそ名称はあるが、元々は名のある神々、精霊の零落した存在なのだから」
(鵺様が婚姻を結んだ……?)
『アヤカシと安易に約束してはいけない。あれらは魂に約束を紐付けて刻みつける。
あれらは約束が自分たちの解釈で叶うまで、諦めない。
叶うまで追い続ける』
そう干支登玄『隠り世の理』には記されていた。
だから人の口約束よりも信じられた。でもその言葉の解釈が、私の考えとは間違っていたとしたら?
アヤカシにとっての約束、アヤカシにとっての解釈が人の考える常識と異なった場合、例えば『不遇な環境下にある巫女姫との婚姻』だったとしたら?
アヤカシにとって人の区別は大雑把だと聞いたことがある。私たちが蟻を見分けることができないように、アヤカシも人の違いを見分けるのは難しいらしい。
(もし私と同じような境遇の人がいたとしたら、鵺様はそちらの方を伴侶に選ぶのでしょうか?)
神祇審省に届けを出している以上、問い合わせば何か分かるかもしれない。けれどその瞬間、叔父様に勘付かれる可能性はある。
(春になれば答えが分かるわ……)
鵺様が帰ってくる。そうすれば何もかも分かるはず。そう思い込む。そう思って宿坊に戻った。
***
「このお守りって、あの綺麗な巫女姫様が作っているんですって」
(え? 綺麗? 私ではないはず……、でもこの神社に新しい巫女姫なんて……)
「毎日丹精こめて作っているって素敵よね」
「笑顔も素敵で、朝から社務所で手伝っているなんて偉いわ」
参拝客の声に正直驚いてしまう。真里が身内たちに巫女姫だと嘯いているのは知っていたけれど、あんなに堂々と参拝客に話しているなんて知らなかった。
(急にお守り袋の数を増やすよう言ったのは、周囲にいい顔をするため……。巫女姫を勝手に名乗ることは神祇審省が固く禁じている。もし破れば厳罰は免れない。これを叔父様たちは知っているの? それとも容認している?)
天網恢々疎にして漏らさず、古代中国の老子の言葉で、簡単に言えば「天は人がしたことをすべて見ていて、見逃すことはない」とい意味で、悪事を行えば必ず天罰を受ける。これは事実だ。
天罰はすぐではなく巡り巡って、大きな形となるとも両親は言っていた。「お天道様は見ている」と、昔はよく言われたのだ。それに鵺様だけではなく、アヤカシや万物の精は、至る所にいる。
木漏れ日の影に、勢いのある川にも、大気中にだって──。
だからこそ従妹の言動、そして暴走を容認している叔父夫婦が理解できなかった。もしかしたら私の身内は、みんな可笑しくなってしまったのだろうか。両親が死んでから、歯車が大きく歪んでしまったように思う。
(もう私のことを必要としてくれる人は……いない?)
「にゃう」
「なぅ」
「あ」
白い子猫たちが私の頬に触れる。
神々の御使いたちだ。これも私以外に見える人はいなかった。
(ううん、お父様とお母様には見えていたわ)
そう思うと記憶の中にいる両親のことを思い出して、胸が軋んだ。
「にゃう」
「くう」
「きゅ」
白猫だけじゃなくて、白い狐や兎も私の傍に歩み寄ってくる。いつもなら拝殿裏の泉にいるのに珍しい。もしかして私を心配してきてくれたのかも。
そう思うと独りぼっちじゃないと言って貰えている気がして、悲しみが薄れた。あと少しと、自分を鼓舞して耐えた。
数日後。
神祇審省から知らせが届くことによって状況が大きく変わる。しかしそれは私が思っていた展開と異なり、また叔母様や叔父様があそこまで自分勝手な人で、真里があんな行動に出るのは思ってもみなかった。
私は人の悪意や敵意を身内だからと、甘く見ていたのかもしれない。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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【短編】え?誰が王子の味方なんて言いました?
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