第18話 穏やかな時間
「やあ、お嬢さん、いや美しい人」
「──っ、どうして……貴方が」
その甘く痺れる声は聞き覚えがあった。夢で復讐を囁いた異邦人だ。しかし今、私の目の前にいるのは、 【神々の末裔による花婿選び】で白鵺様がお呼びになった龍田様という別人。
姿形は龍田様なのに、口調と雰囲気は全くの別の存在──いや憑かれている状態なのだろうか。
ガラス窓を叩く雨音が激しさを増す中で、龍田様に憑いた異邦人はある提案をする。
それは──。
***
今回の一件でおじい様や親戚の方々が神社や宿坊の経営権を奪還したことで、細々とした手続きに追われていた。また神社内での神事が半分以上行われなくなっていたらしく、急ぎ略式となるが儀式を行うとかで慌ただしい。
そんな中、私は医師から過酷な労働状態だったこと、また栄養失調君だと、静養するように念を押されてしまった。
結果、雑務やすべきことを、おじい様たちに丸投げしてしまう形になって心苦しい。三食オヤツ付きの生活は極楽のようで、どの料理も美味しい。洋風だけではなく、和風も網羅しているようで毎日体によく、温かくて美味しい。お腹いっぱいまでご飯が食べられる幸せに口元が緩む。
それに過保護な旦那様も、私が怖い思いをしないように、いつも気遣って傍にいてくださる。少しずつ甘えられるようにもなった。
「初夜は祝言の時にしよう」と旦那様は私を抱き寄せて囁いた。「こんなの痩せ細って……このまま組み敷いたら、栞が壊れてしまう」と少し大袈裟だと思っていたら、全員が「当たり前だろう」と憤慨していた。
もっと沢山食べて、みんなを安心させようと心に誓った。
朝餉五穀米の入った白米に、小松菜もお浸し、納豆と、生卵。お味噌汁は豆腐、大根、人参と椎茸と具が多めで、栄養価は抜群だ。時々魚の塩焼きもあるので、かなり贅沢な食事だと思う。それこそ毎日がご馳走だわ。
「毎日こんなに美味しいものが食べられるなんて」というたびに、旦那様は私をギュッと抱きしめる。最近は「食事中ですよ」と嗜めると、獣の姿で引っ付いて離れない。ちなみに獣になった後は、私が料理を食べさせるのが恒例となってしまった。
「食事食べさせるというのは特別な意味がある。小生は愛しい妻に、食べさせてほしいのだ」と言われてしまえば、嬉しくて食べさせた。
「仲睦まじいようで何より」
そう言って私の膝の上にいるのは、白い狐さんだ。あの見目麗しい常春様と言うのだから、最初は衝撃的すぎて固まってしまった。以前、神域で倒れて看病したこの子でもある。
(もしかしなくても……こんな眉目秀麗な方々の手当てをして素晴らしい毛並みを撫で回していたかと思うと、なんだか不思議な感じだわ)
「さすがやわ。その部分、もっと撫ぜてくれへん」
ふわふわの毛並みを撫でると、気持ちよさそうだ。この子以外にも白狐はよく姿を見せる。特に神域だと斑色の獣が多く、体に溜まった汚れを癒すため来ているのだろう。私の傍に居るとそういった邪気が消え去る効果があるらしい。
「そういえば今回の一件が終わってから、神域に挨拶をしに言っていないのですが……そろそろ山神様に無事だった報告をしに参ろうかと思うのですが……」
「あー、そういえばここ数日、戒乃森の湖で山の主がそわそわしていたな」
「していたのですか……。教えてくださったら良いのに」
「それはできない。それでなくとも体も心も疲れていたのだ。神域まで小生が抱き上げて行くとしても、数日はゆっくりさせるべきだと待って貰っている」
ぷい、と顔を逸らす旦那様の心遣いに胸が高鳴る。
「(私のことを本当に思ってくださって……)ふふっ、栞は幸せ者ですね」
「ああ」
「……朝餉の後に身支度を調えて神域に向かうのだな」
護衛役として壁側に立っていた辻裡様の言葉に旦那様は「そうだ。ちょうどいい、辻裡も神域なら本来の姿に戻れるだろう」と意味深な言葉を投げかけていた。
その後で辻裡様はとても嫌そうな顔をしていたのは、なんだったのだろう。もしかして常春様のように、獣の姿なのだろうか。
(不謹慎かもしれませんが、どんな獣なのか興味があります)
「栞、獣の姿なら抱き上げるのまでは許すが、人の姿では絶対に抱擁はしないように」
「もちろんですわ。……今だって旦那様に抱きしめられる時に、心の臓が速くなるのですよ? 他の方となんてありえません」
「栞が可愛い」
百点満点の回答だったようで、旦那様は私の頬にキスを落とす。狼の姿はとても凜としていて、けれど可愛くて。私もお返しに頬にキスを返した。
「そういうたらこう言うんは、ぴくにっくゆうらしいやけど、料理長に相談したら昼食を持たしてくれるんとちがうかい?」
「まあ!」
「ぴくにっく、いいな。栞、何か食べたい物はあるか? 頼んでおこう」
「そうですね……。料理長様のお食事はどれも丹精込めておりますので、どれも美味しゅうございますから、……あ、そうです。甘い物などがあれば嬉しいです」
「甘い物」
「ウチはこーらふろーと」
「俺はエスプレッソ」
「お前ら、無茶振りだと分かっていっているだろう」
旦那様と常春様と辻裡様のやりとりに思わず口元が綻んだ。
「ふふっ、私も山神様に、くりーむそーだを食べていただきたいですわ」
「料理長に相談してみよう」
「「おい」」
この時、龍田様の姿が見えなかったのを気にとめておくべきだったと、後で後悔することになる。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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