第17話 本当の身内
「栞、この十年。其方はよく耐えてくれた。そして申し訳なかった」
「!?」
審神者が私に深々と頭を下げたので、ぎょっとしてしまった。しかし白鵺様は当然だと言わんばかりの顔だった。
「まったくだ──」
「い、いえ! そのような」
「其方の両親が亡くなったことで、こちらの支援が整う前に乗っ取られるとは思ってもみなかった。こちらの落ち度だ」
真摯な態度に少しだけ疑問が芽生える。どうしてこんなに長い歳月が掛かったのかが、どうしても気になってしまう。
白鵺様の力を取り戻るため。
虐待の証拠を集めるため。
例えそうだったとしても、十年は長い。私の知らないことがまだありそうな、そんな予感がした。
「あのもし分かれば、どうして今回の計画を実行するに当たって、十年も掛かったのか聞いても良いでしょうか? 証拠集め、白鵺様の力が戻る……それ以外に何かあったから、時間がかかったのですか?」
「それは──」
「それはワシから説明しよう」
「?」
そう言って話に割って入ってきたのは、背丈の高い屈強な山伏だった。黒の嘴の真っ黒な仮面、漆黒の一対二翼の翼に、修験者の衣服。高い下駄を履き鳴らして歩み寄る。その存在感は近くで見ると、威圧で膝を突きそうになった。
(──っ、すごい威圧感!)
「かかかっ、ワシの威圧にも耐えるか。見たよりもずっと頑強じゃな」
「ご老体。栞の身内でなければ、呪い殺していた」
(呪い……っ、身内!?)
仮面を外したその顔に、衝撃が走った。記憶の頃よりもずっと歳を取っているけれど、見覚えがある。
「お父様……?」
「お前のお祖父様だ!」
「おじ……お祖父様!?」
お祖父様という存在に、理解が追いつかない。情報の処理に頭を抱えていると、わらわらと同じようにカラス天狗の人たちや、顔に布をかけて顔を隠していた人たちが一斉に、仮面と布を外した。
「え?」
「言っただろう。栞の大切な者を取り戻すと」
「──っ」
私の周りに集まってきた人たちは、かつてこの地を追放された親族や従業員、使用人たちだった。
「姫様!」
「この時をずっとお待ちしていました!」
「姫様大きくなられて!」
懐かしい顔ぶれに、目頭が熱くなる。白鵺様は私の背中を優しく撫でてくれた。
「栞、長らく留守にしてすまなかった。幽世のやっかいな場所に行っていてな。まさか十年も月日が経っているとは思っていなかった」
「幽世……。それってあの世……常世と同じで『停滞し、変わらない世界』であり、アヤカシたちが住んでいる場所でしょうか!?」
「「「!?」」」
(あ……っ)
文献でしか読んだことが無かったので、思わず前のめりに聞いてしまった。やってしまったと思ったが、既に遅い。昔、こうやって興味のある話を聞こうとしたら、大人たちは離れていったのだ。
アヤカシやそれに類する知識を持っていると、アヤカシに狙われる。あるいは魅入られると言って、知識を持つことを恐れていた。だから私がそれらの未知や摩訶不思議なことを調べて、大人たちに聞くと驚かれた記憶がある。
(またあの時みたいな……)
「詳しいな。さすがワシの孫だ!!」
「姫様は相変わらず聡明で安心しました」
(あれ?)
「栞。ここに居る者たちは、本家に近い親戚筋だ。あの次男の馬鹿息子とは違って、アヤカシに精通しているから、異界や怪異について話しても気後れする者はいない。安心せい」
そうお祖父様に言われて、私はちょっとだけ泣いてしまった。
夜が明ける。
私の長い、長い暗く閉ざされていた宵闇が開けた。
***
一件落着──とそう簡単に終わらなかった。叔父夫婦は両親の殺人に関与している可能性が高く、真里は私への殺人未遂もあるので同じく神祇審省に連行されていった。
私はというと、久しぶりの神事に、火傷で体力も消耗していたことなど様々なことが重なって──二日ほど寝てしまいました。そう言えば、ここ最近は寝不足続きだったことを後から思い出す。
夢も見ずに目が覚めたら、白鵺様のご尊顔が目の前に。眼福とはこういうことを言うのでしょう。
「おはよう、栞」
「……おはよう、ございます」
しかも着物が少し緩くて鎖骨が見えてしまって、朝から半端ない色気に卒倒しそうになったのはいうまでもない。
あれから宿坊やら神社ではバタバタと人事の総入れ替え、そして周囲の宿坊や店の経営者との会合があり、お祖父様がいろいろと対応してくれたらしい。
私は山の幸たっぷりの雑炊を食べて、ほくほくだった。
「白鵺様、鶏肉も入っています。ふわふの卵、出汁にシイタケやヒラタケ、小松菜がシャキシャキです。美味しい。今日も贅沢ですね」
贅沢な雑炊を味わっていると、白鵺様は片手を顔に当てて項垂れていた。何故か落ち込んでいる。
「栞。……これが普通だ、これからはもっと美味しいものが食べられる」
「では洋食や、あのアイスクリームという菓子も?」
「もちろん。それにもっと美味しい食べ方をおしえてあげよう」
「まあ!」
以前食べた甘くて蕩ける菓子を思い出し、白鵺様は私を甘やかす。目が覚めてからずっと傍に居るし、食事最初は食べさせようとするぐらい過保護だった。というのも私が栄養失調で寝不足だったことを聞いたからだろう。
「栞。これからは好きなだけ甘えてくれ」
「お、お部屋と食事、服だって十分よくしてもらっていますのに」
そう。私が寝ていたのは、以前食事を取った宿坊の三階の見晴らしの良い洋室だったのだ。ベッドもふかふかで素晴らしい寝心地だったし、食事も今までに比べたら極楽浄土のような豪華なもので、服もどれも新品の着物や洋服ばかりだった。名家あるいは富豪に嫁いだよう。
「小生の花嫁になったではないか」
「白鵺様! 心を読まないでください」
白鵺様は珈琲がお気に召したのか、朝はそれだけを飲んでいた。私が眠っている間もずっと傍にいたという。珈琲に口を付ける白鵺様は、西洋の貴族服を完璧に着こなしていて、とっても高雅でお美しい。
「……白鵺様はちゃんとお休みなさっていますか? 食事や睡眠は大事なのですよ」
「そういって気遣うのは、栞ぐらいだ」
凛とした顔も私が一つ話すと、口元を緩めてふにゃりと笑ってくださる。私はそんな白鵺様のお姿が愛おしい。
「まあ! 白鵺様の仕事環境が心配になりました。今までは神社と宿坊を取り戻すために無理をしてくださったかもしれませんが、今後は控えてほしいです」
「ああ。栞も今後は無茶なことをしない、危ないことをしない、不安になったら何でも小生に相談するのなら」
「うっ……」
耳が痛い。
確かに自分でも無理をしてきたと思う。真里の命令にもっと抵抗していたら、あの未来は変わっていたのだろうか。
そう考えてしまうのだ。
白鵺様は「どう動いても大して変わらなかっただろう」と言ってくださるけれど、まだ私の中では消化しきれなかった。
あの夢で出会った男の人の言葉もそうだ。あの方はまた私に会いにきそうな──そんな予感があった。それは恋焦がれとかではなく、厄災という名の波乱を巻き起こす、そんな印象を受けた。
(あの夢だけじゃない……)
叔父夫婦や真里のことは好きにはなれなかったけれど、謝罪をしてこの土地から出て行ってくれれば──と思っていたのだ。
私の考えは甘い。でも白鵺様は「それでいい」と言ってくれたから、今はそれでいいと思う。
***
神祇審省の地下牢にて。
月夜の光が薄い小窓から差し込む。
そんな場所に訪れる物好きな黒い蛇が一匹。
「私は悪くない……私は尊き存在だもの。私は……私は……私は……」
白い髪を振り乱し、火傷の痕が痛ましい老女がブツブツと呟いていた。黒い蛇は舌を出して嗤う。
「芳醇な死の香りがするね。魂が砕けて壊れても自分が正しいという頑なな意思。うん、まだ君に理由価値があるなんて素晴らしい。私の愛しい美しい人のために存分に役に立って貰おう」
蛇の影が伸び、白髪の老女を包み込んでいく。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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