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第16話 過去との決別を・後編

 現在、心の準備をする前に白鵺様は私を抱きかかえて、神社の境内に扉を繋げた。

 唐突に宵闇と篝火、そして龍口様の術式で真昼のような明るさを保った境内──それも空中に飛び出す。


(ひゃあ!?)

「大丈夫、飛空を使っているので落ちない」

(そういう問題では!?)


 足場がないと途端に不安になったが、私をしっかりと抱きかかえる白鵺様の温もりに、少しだけ気持ちが落ち着く。大きく息を吐いて呼吸を整えた。


(落ち着け、大丈夫)


 魔蟲(まとう)が縦横無尽に暴れる中、私の周りは波を打ったような静けさがあった。周囲の状況がよく見える。


「さあ、栞。ここで寄絃(よつら)を」

「ですが、白鵺様。鵺であられる貴方様に、あの弓は」

「私のことを気遣ってくれるのは栞だけだ」


 照れていらっしゃる。そんな白鵺様も素敵だけれど、今はそうじゃない。


「いえ、今はそういうことではなく──」

「小生は大丈夫だ。栞の寄絃(よつら)ならば、なおのこと」

「そうは言いますけれど、本当に大丈夫なのですか? 途中で気分が悪くなったり、変な感じがしたら必ず言ってくださいね」

「あ、ああ(小生の心配をするのは……本当に君ぐらいのものだ。そんな君だからこそ、小生は──)」


 白鵺様がいつになく、にっこにこだ。それが逆に不安になる。本当に弓を使っても平気なのだろうか。しかし白鵺様がそう言うのなら、彼を信じるだけだ。


「分かりました」

「もし気分が悪くなるようなら、小生の看病をしてくれるのだろう?」

「それはしますけれど、それを目的に我慢するのは、なしです」

「本当に栞は最高だ」


 ウットリとする顔も反則だと思うのです。そう反論したかったけれど、状況が状況だ。審神者たちは結界を張って魔蟲(まとう)の介入を防ぎ、破魔の矢を使って浄化していくが、数が多すぎる。


 迂闊に飛び出していけば魔蟲(まとう)が群がり、肉体の主導権を奪いに来る。だからこそアヤカシやその血筋の者が接近戦で対処しているのだ。


「仲良しなんはええけど、ちゃっちゃとやってくれると助かるんやけど」

「……早く(はりー)

「早くしろ!」

「ひゃい!」


 常春様、辻裡様、龍口様それぞれに指摘されてしまい、私も覚悟を決めた。若干、やけくそだとも言えなくはないけれど、やるだけのことはやりたい。


(なにも一撃で全てを浄化しなくても良い。私にできることをするだけ)


 梓弓を手に構え、弦を打ち鳴らす。

 激しさはない。波紋のように静かに場の空気を変える。

 

(流れ込んでくる。この山々の息吹を……)


 神々の力を高める方法は「その神を識っているか」によって異なる。理解することで一時的に神の力を下ろしやすくするのだ。


(山神様……)

 

 山神様の御使いは沢山居るけれど、この土地は狼信仰に厚い。そして鵺様の伝承を彷彿とさせるように、ある方角に三つの山々がある。それこそ、鵺様の体の部位を彷彿とさせる名前も付いていた──いや付けたことで、この地を鵺が顕現できるように術式をしたのだろう。


 社地を囲む羽々岩山(ははいわざん)の『羽々』は大蛇(巳)の意味を持ち、その山は南南東。戸羅法ヶ岳(とらほうがだけ)の『戸羅』は虎(寅)だから東北東。去留取山(さるとりやま)の『去留』は猿(申)で西南西。最後に神域の森と湖のある、戒乃森(がいのもり)は『戒』は、『亥』の読み方をする、方位は北北西。これで対角線上の組み合わせになる。

 そうすることで鵺を、この土地の山神様の側面を担って生み出された。白鵺様は山神様の側面を担っている可能性が高い。


「これがここの巫女姫の祓い」

「あっという間に魔蟲(まとう)(あっしゅ)となって消えていく」

「見事なもんやな」

「──っ」


 梓弓で弦を鳴らすも、神社全体に響き渡っていない。いや祓う力が思ったよりも出ていない。確実に魔蟲(まとう)は減らしているが、それでも勢いが足りないのだ。


(八酉神社が対角線上の中心。それは間違いない。だからこそ効果は出ている。でも何かが足りない──)


 その方角が結び交わる中心──()()()()()

 すぐにその考えに辿り着いたが、私はそれを両親から聞かされていない。代々培われてきた叡智が私の所で途絶えてしまう。それが申し訳なくて、顔を俯きそうになった。


「栞、大丈夫だ。君は識らなかったとしても、覚えていなくても見つける。小生を探し出したように──栞ならできる」

「白鵺様」


 耳元で囁かれる声に、ほう、と息が漏れる。

 白鵺様の言葉が私の心に響いた。いつだって白鵺様は私を支えてくださった。大丈夫だと、何度その言葉に救われただろう。今まで白鵺様の書庫で様々な文献を読ませて貰った。私が覚えていなくても、教わっていなかったとしても──今ここで見つけ出す。

 先人たちは愚かではない。いつかこうやって口伝が途切れる可能性も考えていた。

 それでも知恵ある者なら分かるように、土地神様を識り、この土地の役割を得たのなら、見えるはずだ。


 ふと視界に入ったのは、参道とは本来神様が通る道だった。


(境内にも石畳がある。石畳、石──そういえば夜にだけ光る石があると文献にあった)


 神事は、夜に行われることが多い。故に先人たちは闇夜の中であってもその目印を見過ごさないように、照らす微かな光。

 それは拝殿と鳥居の中間地点。


「白鵺様。参道の拝殿と鳥居の中心地に私を連れて行ってください」

「栞が望むだけ、望む場所に小生が連れて行こう」


 再び弦を鳴らして、魔蟲(まとう)を散らす。微かに光る石に立った瞬間、「()()()」と直感で理解する。

 私は白鵺様に降ろして貰うと、自分の足でその場所に立つ。

 魔蟲(まとう)が一斉に私に襲いかかる。それは黒々とした高波に見えた。


「──っ」


 怯えるも、私の横に鵺の姿となった白鵺様が吠えたことで、魔蟲(まとう)が怯んだ。私は西南西、東北東、南南東、北北西の方角の順に弦を鳴らす。


 轟ッ!

 さきほどよりも音の深さが違う。

 陰陽術式に似た文様が浮かび上がり、それがほんの僅かだけれど見えた気がした。波紋はゆっくりと、そして確実に空気を振動させて響く。


「祓いと昇華、浄化まで同時に行う……だと?」

「……素晴らしい(えくせれんと)

「うひゃあ~、とんでもない巫女はんやな。あないなん反則やろう」


 魔蟲(まとう)の羽音が消え、神社内に蔓延していた黒い蟲が一斉に光の雨と鳴って消えていた。

 降り注ぐ光の雨。

 幻想的で、眩い光景だった。


(できた……?)

「栞は自慢の嫁だ」


 鵺の姿に戻った白鵺様の言葉に、思わず抱きついてしまった。もふもふ具合は最高だ。梟や蛇の尻尾が嬉しそうに揺れた。


「この姿だと本当に大胆……、可愛い」

(可愛いのは白鵺様では?)

「まさかほんまに、あれだけの魔蟲(まとう)を浄化しきるとは」

「これが……」


 辻裡源十朗つじうらげんじゅうろう様は、一瞬だけ眉間にしわを寄せて私を睨んできたが、すぐに白鵺様の顔しか視界に入らなくなった。つまりは、口吸いを頬にされたということだったりする。

「さすが栞」と低い声で言うのも反則だと付け加えたい。いつの間に人の姿に戻ったのか。


「ああああああああああああああああああ!」

「!?」


 全ての魔蟲(まとう)を浄化させたことで、真里は酷く暴れ回った。その姿は私の知る真名とは全くも別人だった。酷い火傷の痕に、ぼさぼさの白髪、二十も老いたようだ。


(あれが本当に真里なの?)


 にわかには信じられないほど、変わり果てた従妹の姿に動揺を隠せない。しかし白鵺様や他の方々は想定内だったのか、あまり驚いていなかった。


「神に仕える巫女の服を着ながらも、神を蔑ろにし、傲慢を極めた者の末路だ。ひと思いに殺していないところが、またなんともこの土地の神様らしい」

「こんなのうそ。ぜったいに。だって。私は。私は選ばれた……」


 魔蟲(まとう)を浄化したことで、真里の魂は自我を保つことが難しいほど疲弊していた。廃人に近いだろう。

 私を見て一瞬激高していたのに、今は現実を受け止められないのか、ブツブツと呟いている。それは叔父夫婦も同じだ。いや、私を虐げてきた宿坊の人たちに、使用人、巫女や禰宜……全員が魔蟲(まとう)に魂を食い散らかされて、放心状態だった。


「月見里栞」

「は、はい!」


 審神者が私と白鵺様の元に歩み寄ってきた。それと同時に後ろに控えていた方々もぞろぞろと私たちの傍に。


(い、一体なにが? もしかしてなにかやらかしてしまった!?)



楽しんでいただけたのなら幸いです。

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