第13話 真里の視点・中編
「なんや?」
「巫女姫なら目の前に居るのに、なんで無視しているのよ!? 貴方たちは婿としてうちに来るんでしょう? それなのに、なんでそんな態度でいられるのよ!?」
それに対して金髪の青年は口元を綻ばせた。笑っているのに、威圧するような態度にますます腹が立つ。
「巫女姫? 礼節も分別も弁えてへんただの小娘が? おもろいことを言うなぁ」
「神の血を引いているのは、私も貴女たちだって同じじゃない!」
「神の血? それ本気なん?」
鼻で笑われ、体がカッとなって袖を掴もうとした瞬間、見えない何かに阻まれてその先に行けない。
「なっ!?」
「神域に入れもしいひんのに、巫女姫を語るとはそのオツムに何が詰まってるんや?」
「──っ!」
進もうとするも見えない壁に挟まれて、入ることができなかった。霧が立ちこめてあっという間に、婿候補たちはいなくなってしまう。
(こんなか弱い私を放置して行くなんて、ありえない!!)
苛立ちながらも境内に戻ると皆誰もがお父様と、お母様に詰め寄っていて騒ぎになっている。何事かと思って話を聞けば、先ほどの準神家の態度に対して怯えていた。「偽物を用意するからだとか」その言葉だけで、周りの空気を変えただけではなく、薄々気付いていた事実に恐れている。
(は? え? なに? みんな私が巫女姫じゃないって思っていたの?)
「神主、これはどういうことだ!? 巫女姫のすり替えなど気付かないと言っていたではないか!」
「真里様が巫女姫では無かったのか?」
「いや、あの婿候補様は、神々の系譜のものたちだ。嘘偽りなどすぐに分かったのだ」
「栞殿はどこに?」
「大事なときに、あの方を出しておけば丸く収まっていただろう!」
「そうだ。栞様はどうしたのだ?」
その言葉にカッとなった。私が、私こそが巫女姫なのに、そう神主のお父様とお母様が決めたのに、なんでそれが揺るぐのよ。神主が定めたのだから、それが全てじゃない!?
私たちは、尊き一族なのに!
腹立たしい声が溢れて耳に届く。今までは私のことを褒め称えてきた癖に。煩わしい声は酷くなるばかりだ。
「このままでは、不味いのでは?」
「問題ないと言ったのに、どうなっているのだ?」
「花婿が全員、神域に向かってしまった。もうすぐ審神者様たちが来るのだぞ!」
「準神家に嘘をついて無事でいられるかしら……」
「わ、わたしは女将に言われただけ……」
「そうだ。神主、お前たちの責任だ」
「そうよ!」
「命令で嫌々従っていたの!」
次々に手のひらを返して、使えてきた親族や巫女、禰宜たち、さらに宿坊の使用人や仲居、番頭たちまでもが一斉に騒ぎ出す。
(──って、なんで仲居たちが? 今頃は夕食の準備なんじゃ?)
「ぎゃあぎゃあ煩いわね! それよりもなんでお前たちがここに居るのよ!? この時間なら夕食の時間で忙しくなっているというのに!」
お母様の言うとおりだ。どうして仕事を放棄しているのか。そう思うと腹立たしく思ったが、彼らは宿坊を指さしてこう告げた。
「それが」
「宿坊の中に入れないんです!」
「まるで何かに弾かれたようで……!」
耳を疑ったのは、宿坊に入れないという言葉だった。宿坊は母の城そのもの。それを奪われるようなことでもあれば烈火のごとく怒るだろう。
案の定、あり得ないとお母様は喚き散らして、宿坊の入り口に突貫していった。結果、全力で見えない壁にぶち当たり、そのまま倒れてしまう。
「ぎゃ!?」
「女将!」
「だから言ったのに……」
そう呟きながらも、お母様を社務所の方に担いでいく。不安はより悪い方向へと思考を加速させる。そして出た結論は──。
「祟りなんじゃ?」
「なんで祟りなのよ?」
「え、だって栞様を痛めつけたでしょう?」
「ついに天上の神様方が、お怒りになったんじゃ?」
「きっとそうよ」
「しかも今回の花婿も本当は、栞様との縁談だったって話だって」
「じゃあなんだい、それをまた真里様たちが?」
「怖い、怖い」
今まで私たちに、おべっかを使ってきた取り巻きが手のひらを返した。自分たちも同じように栞を疎んできたくせに。
(なんなの、なんなの、なんなの!!)
ドロドロとした感情が溢れ出る。それは自分の影から漏れていることも知らず、好き勝手話す連中へと襲いかかった。
それは幾つもの羽音を重ね合わせた──カミサマのように見えた。
(ああ、私のカミサマ!)
ブブブブブブブブブブブブブ──、ぶちゅり。
ぐちゃ。
ガリガリ、ごくり。
音が響いたけれど、私にはとても清々しい音のように聞こえた。だって煩い声が聞こえなくなったのだもの。
「あふふふっ、ああ、カミサマは本当にいたのね!」
「うわあ、えぐいな」
そう誰かが言った気がした。けれど私は私の世界を守るため、たくさんたくさん煩く喋るだけの蟲を潰した。視界に入るだけでも煩わしい。
だから潰して取り込む。そうやって正常な、私の求める日常を形成し直す。私を悪く言う使用人たちはいらない。
私を大事にしない者なんて必要ないもの。
ブブブブブブブブブブブブブ──。
(ああ、今度は蟲の羽音がうるさい。さっきまでは心地よく聞こえたのに、今は煩わしいわ。煩い声が消えたからかしら?)
「真里……」
「……っ、いたたっ……何がどうなったんだい…………ひっ」
(お父様もお母様もどうしたのかしら?)
今までにないくらい怯えている。ああ、もしかしてカミサマに驚いてしまったのかしら。顔を青くして震えているわ。
「お父様もお母様もどうしたのですか? これから花婿を迎えるのですからちゃんとしてくださいね」
「真里おまえ」
「そうね、そうしましょう。アンタも余計なことは言わないで!」
(お父様もお母様も変なの)
私を懐疑的な目で見る従業員も、親族もいらない。
私に嘘をつき続けた両親は……腹が立つけれど、許してあげよう。だって二人がいつも面倒を片付けて、私の望みを叶えてくれたんだもの。最後までちゃんと果たして貰わないと駄目だわ。
「ほら、みんな。花婿を迎える準備をしましょう」
そう告げたら全員が「おおお!」と満場一致。そうこれ。これが私の日常だわ。それからは宿坊の問題は後回しにして、先に花婿を選定するための儀式の準備をするように指示を出す。
逢魔ヶ刻に合わせて、審神者を含めた儀式の関係者が訪れる。
(あら? でももう宵闇だわ。あの紳士は逢魔ヶ刻だって言っていたのに)
白無垢と神具の鈴、そして口紅、どれも正礼装姿の青年から譲り受けた物だ。
あの異国の紳士は私のことをよく分かっていた。幼い頃、私が欲しい物があると駄々をこねた時も、偶々居合わせていたのだ。そしてあっという間に解決してくれた頼りになる人。
「ふふっ、準備は整ったわ」
***
逢魔ヶ刻。
太鼓の音と篳篥の独得な音色が響き渡る。派手な演出に、鈴の音が癪に障る。本来は祝福する音色なはずなのに、何故か胸がざわつく。
(私にはカミサマが付いているから、大丈夫)
第三の鳥居の参道中心に白無垢を着た私、その後ろに両親、親戚たち含めた者が控えている。私が花嫁になるのだから当然でしょう。
私の背後には──いや、今は影の中にカミサマがいる。何でも願いを叶えてくださる私の特別なカミサマが。
太鼓の音が聞こえる。先ほどと同じように鳥居前の空間が歪み、そこから 審神者を含めた神祇審省の者たちが現れた。
(ああ、そういえば昔、酷いことを言われたのよね)
審神者。
審神者と巫女の違いは、自分に神を下ろすのが巫女であり、審神者は下りてきた神の言葉を聞き、その真意を見極め、判断することを求められる。そして巫女姫を選ぶのもまた審神者、そして神薙、覡らしい。お父様がブツブツと独り言を言っているけれど、まあいいわ。
審神者は神職の服に似ているが、真っ白で、腰に刀と梓弓を携えている。翡翠色の長い髪に、顔半分は面をしていて表情がうかがえない。
男か、女かも判別が付かない。
そして後に続く、平安時代の検非違使に近い装いで姿を見せる。武官束帯など上位武官が身につける衣服の一団の後には、巫女服、禰宜の者たちも続々と訪れた。総勢三十人と言ったところかしら。
皆一様に面を付けて表情が見えない。
幻想的な光景で、空からは祝福なのか白い花びらが舞い散る。その摩訶不思議な光景を美しいと思い、酔いしれた。
「ようこそ──」
「神主代行。一度だけ問う」
私の言葉を遮って審神者はお父様に声をかけた。またしても私の言葉を遮って話をする。何様かしら。でも文句を言うような雰囲気では無く、凄まじい気迫に下唇を噛んで耐えた。
(すぐにカミサマにお願いをして、私を馬鹿にしたことを後悔させてやるわ)
「月見里雫はどこだ? まがいものに用はない」
「ま、まがい物ですって!?」
思わず反射的に立ち上がってしまった。しかし審神者は驚いた様子も無く飄々としている。その姿が更に苛立つ。
「そうだ。よくもここまで嘘を積み重ねて、ここまでたどり着いたものだ。鵺が徹底的にお前たちを潰すと決めた理由が、なんとなく分かった。……お前たちを外に出すとしても、それなりの報いは必要だろう」
「な、なにを……」
「も、申し訳ありません。申し訳ありません。申し訳ありません。お許しください!」
「なっ!?」
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