第12話 真里の視点・前編
欲しい物と言えば、なんでも手に入った。
分家として本家の持っているもの全てが羨ましかったから、願ったの。そうしたら、本家当主と奥方は事故死したわ!
一人娘が居たけれど、どこか遠縁にやってしまえばいい。そんな話を両親がしていた。お父様は「罰当たりだ。できるはずがない」とか言っていたけれど、関係ないわ。
よく分からないけれど、栞は宿坊に住み込みとして居候することが決まった。お父様は安堵し、お母様は嫌々だったけれど追い出せない理由があるとか。
栞には常に人が居た。周りの大人たちも栞を大事にしていて、私のことはちやほやしない。面白くもない。
「ありがとうございます」
「姫様、なんと勿体ないお言葉……!」
「姫様」
(本当になんて愚かなのかしら。言葉は言霊になる。あんな上等な言葉を使うなんて)
栞は何に対しても、あの言葉を伝える。使用人だろうと、誰だろうと「ありがとう」を安売りする。あり得ない。
(自分たちは神々の血を引く尊き存在。それをあんな簡単に使うなんて、誇りも何もないのだわ)
ありがとう。
その意味を昔、お父様から教えてもらった。
古くは平安時代からあり、語源は異国の『有り難し』からだという。そして『盲亀浮木のたとえ』から来ているとも。
『有り難い』とは『有ることそのものが難しい』という意味で、めったにないということを指し示す。
それほどに尊き言葉。それを軽々と口にするのは、「有り難い」という言葉に対して不遜だわ。なにより何かをして貰うのが当然なのに、わざわざ礼をいうなんてどうかしている。
(やってもらって当然な立場にいるのに。だから栞は駄目なのよ。そんなんだから、身分を落として、全てを奪われる。なんて惨めで愚かなの。今も自分よりも身分の低く、手足となって動く者たちに感謝を伝える。ばっかみたい)
いつも馬鹿みたいに笑って、人に囲まれて──。
巫女見習いとしているだけで、参拝客が寄ってきては話をする姿も腹が立つ。どうしてあんな奴に人が集まるのよ。私のほうが数倍も可愛いのに!!
こんなのおかしいわ!
「お母様。私を巫女姫にしてちょうだい。栞と同じなんて嫌だわ!」
「巫女姫、そう……。そうね。貴女にも試験を受ける資格はあるものね」
「まあ! 何を言うの。私は神々の血を引いているのだから、そんな試験なんて必要ないわ。だってそうでしょう」
「そ、そうね……。そうよ。真里は可愛いのだもの、それだけで十分、巫女姫の資格があるわ」
そう私がいえば全て叶う。
叶わないとおかしいもの。
それなのに──。
「不適任だ。巫女として、もっとも大切なものがない」
「は」
審神者と呼ばれる者と対面して、沢山酷い言葉を言われた。あまりにも酷かったからお父様に告げ口をしたのに、何もしてくださらなかった。
何度も何度も、お父様に泣きついて、暴れて、喚いて──そうしたら願いが叶った。やっぱり試練に落ちたのは嘘だった、夢だったんだわ!!!
その日から私が巫女姫になった。特別巫女服に身を包み、境内を回って参拝客と話す。栞が神楽の舞をやっているのを見て、その役割を奪った。元々この神社に居た巫女たちに教わったけれど、厳しいばかりの人はすぐに暇を出させて教え上手な人を雇う。
いくら雇っても「罰当たり」とか「恐ろしや」などと言い出して去ってしまった。だから舞を無くしましょうってお父様に言ったわ。
何度も何度も何度も!
そうしたら願いが叶ったの。
腹立たしい時は栞に八つ当たりをして、栞の傍に居る連中を一人一人追い出してやった。お母様も気に入らなかったらしいのか、十年かけて一人、また一人と古参を追い出して新しい人を入れて言ったの!
そうやってあのドブネズミは、身なりも服装もズタボロになっていった。
気分が良い。
気分が悪いときは、あのドブネズミに当たり散らせば良かった。
あれは頑丈なのか、嫌がらせをしても大けがを負わない。
飯抜きにしても、普通にしている。
ああ、気に入らない。気に入らない!!
潰しても、潰しても、平然としている。だからあのドブネズミが本当の巫女姫だって知った時は、今までないくらいに殺意が溢れた。
私が偽物で、あれが本物なんてあり得ない。
私が、私こそが選ばれた存在なのに!
そう思って熱湯をぶちまけた。地下牢にも閉じこめた。あのドブネズミが持っていたものは、全部私のモノになる。
そう信じてきた。
【神々の末裔による花婿選び】が始まるまでは──。
***
先行して現れたのは【神々の末裔による花婿選び】の候補者だった。第三の鳥居の前で空間に亀裂が入り、そこから幾つもの襖が勝手に開いていく。その襖は金や銀で散りばめられた美しい絵だ。奥の襖が開いた瞬間、数人の男性たちが姿を見せる。
「……!」
なんとも摩訶不思議な光景だった。けれど神々の血族という高貴な生まれなら、それぐらいできて当然だと思った。
(あれはアヤカシか神、精霊しか使えない移動術式。……ということは、あの方々が花婿候補なのね)
どの方々も神家あるいは準神家、霊家と神々の系譜の者たちだった。身なりはもちろん、佇まいや雰囲気、整った顔立ちなども含めてお美しい。思わずため息が出てしまうほどだ。
(こんな美しい人たちがいるなんて……! 私にふさわしいわ!)
特に金髪のさらさらな髪に、空色の瞳は私と似た色で運命を感じられずにはいられなかった。他にも黒髪の軍服に、術者と思われる青年と、どの殿方も見たことのない偉丈夫ばかり。
「これは──」
「ようこそ、八酉神社にお越しくださいました」
そう挨拶した。神主であるお父様を遮って、私は前に出る。
私がわざわざ声をかけたのだ。私を見れば誰もが、蕩けたような目で私を見る。しかし花婿と呼ばれた偉丈夫は、私を無視してお父様に声をかけたのだ。
「神主。肝心な巫女姫がおらへんようやけど、準備に時間が掛かってるんやろうか」
「は?」
「あ、いや、これはその……」
準神家の常春秋人と言う神主候補は、私の存在を完全に無視していた。お父様を睨むと、ようやく口を開く。しかしそれも遮られてしまう。
「うちが偽物か本物かも分からん愚かな者や思ているのなら、今すぐに答えるべきやけど? 言う気ある?」
「それは……」
お父様は真っ青だ。どうしてお父様がそんな顔をしているのかしら。失礼なのは向こうなのに。
「おほほほっ、まあ、常春様は冗談がお上手なのですね。ご安心ください、儀式までにはちゃあんと、巫女姫とお会いできるようにしますから」
「ほな、楽しみにしてるで」
そう言って神社の奥、神域のある森へと消えてしまった。あの場所に行けるのは神かアヤカシ、精霊と一部の人間だけ。私が途中で追いかけても霧が濃くなって追いつけない。
「待って……っ、待ちなさいよ!」
そう言って叫ぶと、金髪の青年が立ち止まった。霧が立ちこめて、足場がぬかるんでいるのに、彼らの着物や洋服には泥一つはねていない。でも私の白無垢は既に汚れていて、なんだかそれが侮辱された気がした。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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