第11話 報復前の食事会
(や、やってしまったわ!)
お腹の音に、恥ずかしくて鵺様の顔が見えません。しかし鵺様は「ああ、お腹空いていたか」と口元を緩めて微笑む。
なんでちょっと笑っただけなのに、こんなに素敵なのでしょう。そして未だお腹がぐうぐうと鳴っているのがとても恥ずかしい。
(恥ずかしくて死んでしまいそう……)
「それは困る」
(また心を読まれた!?)
「読まなくてもバレバレだ。……そんな栞も可愛い」
「うぅ……」
鵺様は頬にキスをした後で、額にまでする。触れ合いが増えているのは気のせいでしょうか。心の臓が変な音を立てそう。
「さあ、こちらにとびきりの料理を用意させた。……栞が気に入ると良いのだが」
「もしかして、西洋の?」
「ああ。今回は新たな料理長を迎え入れている」
(いつの間に!?)
鵺様は、本気でこの神社や宿坊を大きく変えるつもりなのだろう。昔、私の約束を守るため、時間をかけて準備をしてくださった。そのことがじんわりと胸を温かくする。
「今日はトマトソースのハンバーグを用意してくれた。他にも珍しい海外の料理を用意してある」
「まあ」
思えば、朝から何も食べていなかった。今日は一日でいろいろなことが起こりすぎて、気持ちの整理が上手く付かないのも仕方が無いだろう。
(いつもは白米に漬物、吸い物、時々納豆や小魚だったけれど、今日は西洋の食事だなんて! どんな味わいがするのかしら?)
宿坊に人の気配が無いこと、何より叔母様や真里が宿坊を好き勝手することを許すはずがない。しかしこの時の私は、まったくもって忘れていたのだ。
ドン、ドン、ドン、ドン!
太鼓の音が、どこからともなく聞こえてくる。
「!?」
「ああ、逢魔が時、頃合いか」
「え、でも今までは──」
神事や祈祷以外で太鼓が鳴ることはなかった。
不安になる私に鵺様は目を細め、「大丈夫だ」と抱き寄せる。その温もりに体が弛緩するのが分かった。
「薄々この状況を不思議に思っているのだろう。でも何も問題ない。栞がこの場所で耐えた日々は、今日報われる。その話をする前に、まずは腹ごしらえだ」
「──っ、はい」
いろいろ聞きたいことがあるけれど、まずは食事。『腹が減っては、戦はできない』。それに先ほどから、テーブルに準備されている夕餉がどれも美味しそうなのだ。
(良い匂い……)
ジャガイモのスープに、季節のサラダ、白身魚のフライ(私は胃が驚くから白身魚のムニエル)、トマトソースのハンバーグ、焼きたてのパンと高級料理が並んでいた。ナイフとフォークの食べ方は、鵺様の見様見真似だったけれど、筋が良いと褒められた。
「ん……!」
「どうだい?」
「鵺様、どれもこれも繊細な味わいで、美味しいです」
「それは良かった。京都のホテルで勤めていたのを引き抜いてきた甲斐があったな」
「ほて……!?」
仙台、東京、鎌倉、神戸、大阪、名古屋、京都などでホテルを開業したと、山伏や八咫烏の方々から話だけは伺ったことがある。どの部屋も絢爛豪華だったとか。この部屋も豪華だけれど。
「それだけじゃない。栞を待たせた分、全てを取り戻せるように手配した」
(全てを取り戻す? 神社と宿坊の相続権ってことよね?)
状況がよく飲み込めなかったが、トマトソースのハンバーグが美味しすぎて疑問が遙か彼方に飛び去ってしまった。肉汁たっぷりの味わいに、酸味が絶妙に緩和されてニンジン、タマネギ、セロリと粗塩を使ったことで、野菜の甘みとコクが調和し合っている。
(幸せっ……!)
「小動物のように一生懸命食べる姿が可愛らしい。うん、可愛い」
どの料理も下ごしらえや様々な工程を経て、一つの料理を作り出している。どれも食べる人のことを考えられた料理だ。
「んん……。このトマトソースがすごく美味しいですわ」
「栞は本当に美味しそうに食べるな。……見ていて気持ちが良い」
「そうでしょうか?(食い意地が張っていると思われていないかしら?)」
鵺様は私のペースに合わせて、ゆっくりと料理を味わっている。ナイフとフォークなどのカトラリーを使うのがとてもお上手だ。私も練習すれば、ああなれるだろうか。そんなことも片隅に追いやってしまうほど、料理はとても素晴らしかった。
食後の飲み物として、鵺様は独特の香りのする珈琲という真っ黒な飲み物を飲んでいた。気になって一口だけ頂いたら、本当に苦々しくて、不思議な味わいだった。
私には高級な味は分からないのかも。紅茶という高級品を頂くことに。それとアイスクリーム!
「……鵺様! この食べ物すごいですわ!」
「喜んでくれたか。可愛いな」
この白くて、冷たい塊は素晴らしかった。口の中で濃厚なミルクの味わいが広がって消える。甘すぎなくて、いくらでも食べられそう。今までの甘味とは違う。不思議な味わいだった。
「口の中で溶けますわ。これは高天原の菓子なのでしょうか?」
「いや。それに異国の料理の一つだ。秋人がこちらのほうが女性は喜ぶと言っていたので、用意させた」
「まあ! ではその秋人様にも、いつかお礼をしなければなりませんね」
そう言うと鵺様はブスッとした顔をする。
「栞から他の男の名前を呼ぶな。……それと小生のこともいい加減名前で呼べ」
「鵺様のお名前……?」
沈黙。
私、鵺様のお名前を知らない。
そう思って背筋にぶわっと汗が滲んだ。婚約者、それも伴侶として名前を知らないなどあり得ないだろう。しかし自分の記憶を思い返しても、鵺様のお名前を聞いたことがない。
「栞?」
「その……大変、申し訳ありません。私、鵺様のお名前が分からないのです。アヤカシの神名は特別だと聞いておりまして……お伺いを立てるのかどうかも分かっていませんでした」
「は?」
ごごごごごっ、と閻魔大魔王や不動明王像を彷彿とさせる圧がヒシヒシと感じられた。嫌われてしかもしれない。しかし婚約者の名前を知らないなんて、叱られて当然だ。失望されても仕方が無い。
「申し訳ありません」
「いや……。伝えたつもりだったのだが、よく考えれば栞と話す機会はあまりなかったな。小生の失態だ」
「私がもっと早く聞いていれば……。つい結婚したら教えて貰うものかと。……そのアヤカシにとって名は大事ですから」
「……だから呼ばなかったのだな」
「え?」
「なんでもない」
素直に謝罪をして、鵺様はご自身の名を名乗ってくださった。
「小生の本当の名は、……白鵺だ。そう栞に呼ばれたい」
「白鵺様……」
口にするだけで胸がドキドキして、頬に熱が集まる。特別な呼び名。それが嬉しくて堪らない。
(白鵺様! お名前を呼べるようになるなんて!)
「そう。今後はそう呼ぶか」
(白鵺様以外に別の呼び名も?)
「旦那様でもよい」
「だっ!?」
悪戯が成功したかのような笑顔で、白鵺様は私を見た。その笑顔に頬の熱が集まるのが分かった。口づけをされた訳ではないけれど、それ以上に恥ずかしさと嬉しさでいっぱいだった。
「そろそろ食事も終わったし──」
「お話ですね」
「その前に、ほら栞。こっちにおいで」
テーブルではなく、三人掛けのソファに座った白澤様が手招きをする。テーブルの皿や食器はいつの間にか消えてしまう。これも九十九神や式神の力なのだろうか。
(白鵺様の距離感が可笑しいのは気のせい?)
「栞は軽いな」
「ソンナコトハ……」
白鵺様の隣ではなく膝の上に乗っている。たしかに獣の姿の時は、私の肩に顔を乗せていたし、触れ合いも大きかったような気がする。
(でも人の姿だと結構、いえ、かなり、とても恥ずかしい!)
「(栞が照れている。獣の姿の時は自分から密着してくるのに……初々しい。可愛い)栞」
「はぃ!?」
耳元で囁くのも反則だと思う。
幸せな時間があっという間に過ぎていき、再び太鼓の音が鳴り響いた。今度は、ドン、ドン、ドン、ドン……と先ほどよりも長く太鼓の音が響き渡る。
「さて、そろそろ舞台が揃う」
「舞台?」
その言葉に夢の中で言っていた人のことが、脳裏に浮かぶ。あの人も舞台と言っていたが、白鵺様とは違うのだろうか。
「正確に言えば断罪劇と言ったところか。神に仕える者でありながら、神に愛された者を虐げ、その権利を奪ったのだ。積み重ねてきた悪行を正す時が来たということだよ」
白鵺様が指を鳴らした瞬間、大きな窓が一変して別の映像に切り替わった。別の場所の出来事が見える。
それは宿坊傍にある第三の鳥居前の光景だ。
八酉神社は第一の鳥居から第三の鳥居がある。参道傍には灯籠が等間隔に並び、篝火を灯していて幻想的だった。
「これは?」
「映写幕のようなもので、遠くの場所を写し出すことができる」
映写幕なるものに視線を戻す。白鵺様が用意した、とっておき舞台。あの悪夢で言われた復讐とは違う。
神社は昼間に儀式もあるが、地域などによっては夜行われることもある。逢魔が時、昼と夜の境目という空が赤く染まり、宵闇と溶け合う。
逢魔が時はアヤカシに遭遇する、あるいは大きな厄災が訪れる。そんな不吉な時間帯。古くは「暮れ六つ」や「酉の刻」とも呼ばれていた。
参道の脇には太鼓を叩く者、叔父様は装束を纏い、叔母様は巫女服に着替えていた。そこには真里の姿もあり、巫女服ではなく白無垢姿だった。
その姿に目を疑ってしまう。
(え? 【神々の末裔による花婿選び】では名称は花嫁、花婿と呼ばれているけれど、服装は巫女姫あるいは巫女服でなければならないのに、どうして花嫁衣装を?)
「すごいな。ここまで厚顔無恥な者たちだったとは……。それとも魔蟲で魂を食われて理性が消えたのか?」
太鼓の音と雅楽の管楽器の一つ、篳篥の独得な音色が耳に届く。なんとも澄み渡る良い音色だ。
「さあ、因果応報の時間だ」
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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