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第1話 不遇の巫女姫


『こっち』


 なにかに呼ばれた気がした。


「……っ、ひっく、っ……?」


 両親を失って、住んでいた部屋を追い出された日。

 私は屋敷の中を逃げ回って、そこで見知らぬ書庫に逃げ込んだ。


『こっち』

「だれ……?」


 それは夢か現か。

 深海のような薄暗い書庫の中で、どれだけ歩いてもどこまでも書庫は続いていた。月明かりが降り注ぎ、足下だけが僅かに煌めく。

 黒い魚は幾つもの文字が重なり合ってできたようだ。不思議な空間。でも居心地は悪くない。とても静かで、穏やかな気持ちになる。


『──を、求めて』

「……?」


 金色の何かと目が合った。奥に進むと小さな獣が震えながら手を伸ばしたのを見て、反射的に抱きしめた。


 求められている。

 たったそれだけのことに、嬉しくて涙が溢れた。

 大袈裟かもしれないけれど『生きていてほしい』と許されたような気持ちになった。墨の香りが酷く落ち着く。自分以外の温もりは、心地よくて、愛おしくて、このまま消えないでと願った。


 もう私を抱きしめてくれる人はいない。それを思い出したら悲しくて、辛くて、縮こまって、瞼を閉じる。

 優しい夢に溺れてしまいたい。

 全部、奪われてしまった。取り戻すには私は無力で無知で、脆弱すぎた。


『くぅ』

「……っ」


 小さな獣は子犬のようで、尾が少し変わっていたと思う。トクントクンと心臓の鼓動がするけれど、止まってしまいそうなほど弱々しい。


「だめ……傍に居て。独りにしないで」


 ぽわぁ、と私の両手が蛍火が止まったかのように、明るく照らす。

 それは数秒だったかもしれないけれど、私にはとても長く感じられた。


『くぅ!』


 震えていた子犬が少し元気になったのか、耳をピクピクさせて手を舐めてくる。


(可愛い……)


 頭にキスをする。もっと元気になってほしい。

 子どものおまじないのつもりだったのだけれど、子犬は「ぐぅ」と力強い声を上げた。

 ふと子犬だと思っていた生き物は、目が醒めるような男の人に変わっていた。


(え? 男の人?)

『……小生(しょうせい)のお嫁さんになって、ずっと一緒に居てくれるのなら、叶える。ずっと傍にいる』

「ほんと……!?」


 片目を隠すように長い前髪、艶のある白銀色の髪で、瞳は金色。人とは思えないほど美しい満月のような瞳に、見たことのない上物の着物。その姿に見惚れてしまう。


『本当だとも』

「なる。そうしたら、ずっと一緒?」

『うん。ずっと一緒だ』


 男の人はずっと待ち焦がれた贈物が届いたかのように、目を細めた。なんとなく喜んでいる気がした。


 愛されたい。

 傍に居てほしい。

 幼子のささやかな願いと、約束。


『君が十六歳になったら、迎えにいくから──そうしたら、家族になろう』


 そう言ったあの方──(ぬえ)様に、私はなんと答えただろう?



 ***



『神と約束する時は注意深く、慎重にならなければならない。

 気安く約束はしてはいけない。なにより守れない約束はしてはいけない。

 破れば、報いを受けるから。

 そして神は、約束を忘れない。絶対に』


『アヤカシと安易に約束してはいけない。あれらは魂に約束を紐付けて刻みつける。

 あれらは約束が自分たちの解釈で叶うまで、諦めない。

 叶うまで追い続ける』


『人だけが人外との約束を軽視してしまう。

 人はその願いがどんな些細なことであれ、人外との約束がどれだけ重く、魂に刻まれているか理解してない。

 彼らにとって【約束】は、【契約】に等しい。

 ゆめゆめ忘れられない』


 干支登玄『隠り世の理』より──そう書き終えて、部屋が薄らと暗くなったことに気付く。


(あっ……)


 逢魔が時だ。

 『隠り世の理』の複写作業の途中で私は吐息を漏らした。続きを書こうとして、綴りを見たら、墨が切れていることに気付く。


(今日はここまでね)


 四畳半の部屋にあるのは、座卓と戸棚ぐらいだ。布団は押し入れに入っている。幸いにも畳は新しくて良い香りがした。座卓の目の前には障子があり、時折アヤカシの往来する影が映る。


(今日はどこの道と繋がったのかしら?)


 文明が進んだ大正時代に入ってもアヤカシや神、精霊は存在するし、それらの血筋を引いた一族を霊家、準神家、神家と呼び、これらは公爵家よりも上の立場となっている。

 明治時代に一度、神霊の憑依による神託、民間習俗の巫女の活動などが全面的に禁止される巫女禁断令や陰陽寮、修験道の廃止などあったが、その直後に百鬼夜行による暴動、山火事や洪水、大地震などアヤカシ、精霊、神々の激高によって災害もあったことで撤回された。

 それぐらいこの国にとって、巫女姫(みこひめ)にとっても、アヤカシも神も身近な存在となる。魔の存在がある限り、それは変わらないだろう。


 魔は文明が発達した大正となった今も存在する。魔とは人の持つ邪気と、場が歪んで発生する瘴気の総称のようなものだ。魔が浄化あるいは霧散せず、高濃度になった時、魔蟲(まとう)が生まれる。


 魔蟲(まとう)は怪異の原形とされている。

 小さな黒い蟲でそれらの器に選ばれた人、動物、アヤカシ、精霊、神は徐々に魂が蝕まれ、放置すれば厄災となる。時に祟り神にまでなり得る存在。

 それらを祓い清めるのが巫女姫、そして霊家、準神家、神家……もっとも今の私は……()巫女姫扱いとなっている。叔父様がそう言い出したからだ。

 辛い日々ばかりだけれど、決して希望がない訳じゃない。


『全て本来の主人の元の帰るように、なんとかする。だからそれまで耐えてくれるか?』


 そう言ってくださった方がいる。アカヤシの鵺様が約束を破ることはない。少なくとも親戚たちよりもずっと信頼できる。


(鵺様との約束の日まで……あと少し)


 十六になる春が訪れる。

 雪が溶けて梅が咲き、桜の蕾が花開くまであと少しだ。そう思うと今の劣悪な環境にも耐えられる。



 ***



 複写した『隠り世の理』の書物を叔父様に差し出す。これらは現代でもアヤカシに接する機会の多い修験者たちのための指南書の一つとして使われている。というのも、ここの宿坊は神社関係者や参拝者のための施設であるため、こういった書物がよく売れるのだ。

 

「まあ良いだろう」

「……ありがとうございます」


 叔父様は人当たりの良さそうな顔をしているが、酷く臆病で面倒ごとを嫌う。


「栞、お前をここに置いているのは、情けであってお前に何の権限もない。……いいか、娘と妻の言うことを聞いていれば、嫁に行くまでは置いておいてやる」

「はい……。わかっています」

「いいか、絶対に余計な真似はするな」

「はい」


 そう父方の弟に当たる叔父様は、恩着せがましく口をすっぱくして言う。元々はお父様を支える禰宜として仕事をしていたが、叔母様と結婚してから少しずつ染まっていって──確実に変わったのは、両親の死だろう。


 六歳の頃、両親が事故死して叔父家族が神社と宿坊の運営権を握ったことで、私の居場所や、立場、存在は大きく歪められた。

 それでも私が神社内の宿坊に住み込みで居続けられるのは、私が事実上、巫女姫であることが大きい。でも一番は『アヤカシの花嫁になる』と、神祇審省に届けも出して受理されているからだ。もっとも婚姻の話は叔父様を含め、親戚たちには話していない。


 神祇審省にも届けの確認制限を掛けたので、親戚たちが閲覧出来ないようにしている。この事実を白日の下に晒せば、今のような嫌がらせが激化、再び命を狙われる可能性を考え、その時まで隠し通さなければならない。

 従妹の真里(まり)は、見目麗しい特権階級(アヤカシ)との婚姻を願っているからだ。


 アヤカシ──神の血族との結婚。

 その前段階として【神々の末裔による花嫁(花婿)選び】と呼ばれる神事がある。その花嫁(花婿)で選ばれるのは、巫女姫(みこひめ)、神祇審省の巫女姫の上位互換徒に当たる神薙(かんなぎ)、アヤカシや魔蟲(まとう)を討伐する役割を担う男性の(かんなぎ)だけだ。


 そもそも巫女姫(みこひめ)とは神祇審省の審神者(さにわ)神薙(かんなぎ)(かんなぎ)より認められた者のみが、巫女姫(みこひめ)と名乗る資格を得る。


(でも真里は巫女姫として認められていない。だから【神々の末裔による花嫁(花婿)選び】の神事が行われることはないのに……)


 絶対に叶わない夢を、叔父夫婦は指摘することはない。

 私は両親が存命の間に、審神者様に巫女姫として認められている。巫女姫は占い、神楽舞、寄弦(よつら)と呼ばれる術式祓い、口寄せの四つの活動を認められた者を指す──のだが、叔父様は勝手に私を『元巫女姫』として扱うと言い出したのだ。

 あれは私が十歳の頃、神楽舞を舞った秋祭りの日だったか。


『明日からお前は巫女見習いとする。……いいか、これは真里が試験に落ちたからで、お前が巫女姫だと露見すれば、今よりも酷い目にあう。だから表舞台には出さないで、裏仕事をさせる。その働き分はここで暮らせるよう面倒を見てやろう』


 それは既に決まっており、私には頷く以外の選択肢は残っていなかった。

 神社、宿坊の相続権を奪われた私が子どもだったのが悪い。

 私を残していった両親が悪い。そう言われ続けてきた。


(私が折れずにすんだのは、鵺様がいたから……)


 その頃の鵺様はまだ力が戻らなく獣の姿で、私以外見えていなかったけれど、それから鵺様が神祇審省経由の依頼を受けて、遠方に出るまでいつも傍に居てくださっていた。


 私は息を潜めて叔父様の言葉通り書の写しや、お守り袋の刺繍を縫うことで居候として住み続けてきた。もっともちゃんとしたお給金なんてでなかったし、支給されるのは、ボロボロの巫女見習いの服か、お古の巫女服だ。


(鵺様が戻ってくるまで……)


 そう思っていたのに──。

楽しんでいただけたのなら幸いです。

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