第2話「執行」
都市に、警報が鳴り響いていた。赤い警戒ラインが空を走り、E.I.Dネットワークが全面スキャンを開始する。
——魂共鳴値、100%。——分類:魂融合。——対象:倉科愁真、および未登録個体。——魂執行局、緊急出動。
夜の街の空を、黒い執行艇が滑る。静かな音で、しかし確実に、誰かを“消す”ための装置が動き始めていた。
◆
「……感情共鳴100%? 本当なのか、それ」
魂執行局・第六課の監視室。その中で、青年がひとり、ディスプレイを見つめていた。
稀崎蓮、18歳。現場最年少の魂執行官にして、愁真のかつての親友だった。
「やっぱり、お前はまた感情に飲まれたんだな……愁真」
彼は呟いたあと、懐から銀色のEIDバッジを取り出した。それは魂執行官にしか持てない、正式な“執行権限”の証だった。
——命令。対象《倉科愁真》、拘束レベルA。——必要ならば……執行を許可する。
「お前がもし、本当に“共鳴”したのなら……俺が止める。昔みたいに。」
◆
「こっちだ、早く!」
愁真はエノアの手を引いて、地下の廃線路を駆けていた。冷たいコンクリートの床、湿った空気、そして背後から迫る機械の足音。
彼のE.I.Dウォッチが何度も警告を鳴らしていた。
——感情指数:8.9——警戒レベルB、追跡継続。
「……これ、やばいな。完全に包囲されてる」
「ごめんなさい、私のせいで」
「違う。俺が……感じたからだ。お前の声を、心を」
愁真は走りながら、ふとエノアの横顔を見た。銀色の瞳に、微かに揺れる光。それは、数値で測れるような“感情”じゃなかった。
「お前、どうして……俺の心が分かったんだ?」
「わからない。でも……響いたの。あなたの孤独が、私の中に」
そのとき、地下の天井が割れた。無音で降下してきた公安ドローンが、二人に光を浴びせる。
——対象発見。警戒レベルA。排除命令を準備。
「ちっ……!」
愁真はエノアの手を強く引いた。光を避け、廃ホームの階段を飛び降りる。
ドローンの追跡が再開され、銃口が赤く発光する。
——警告:対象が“未解析AI”と接触中。リスク指数、計測不能。
愁真は息を切らしながらも、叫んだ。
「エノア、この先に……旧データ区がある! そこで何か分かるかもしれない!」
彼女は小さくうなずく。
「その場所、知ってる……気がするの。たぶん、私の記憶が残ってる」
「記憶? お前、やっぱり——」
「……“あの研究所”で作られた。あなたと、同じ場所で」
◆
夜のネオ=アークを、静かに照らす監視ドローンの光。魂執行局の執行艇が、今まさに発進しようとしていた。
「稀崎蓮、出動を許可。対象:倉科愁真。接触時、即時執行可能」
青年は立ち上がる。かつての親友が、いまや国家から最も危険視される“魂融合体”となった。
それでも、稀崎の目には迷いがなかった。
「これは“仕事”だ。でも……どこかで願ってる。お前がまだ、俺を覚えていてくれるって」
彼の腰には、感情干渉型リボルバー——**EVE**が装備されていた。
引き金を引けば、相手の“感情”そのものを破壊できる、魂執行局の非公開兵装。
「——待っていろ、愁真。お前の“心”が、まだそこにあるなら」
◆
廃墟となった旧データ区の奥。愁真とエノアは、かつて“感情”を研究していたというラボの扉を見つけていた。
扉の表面には、かすれた文字でこう刻まれていた。
《E.M.O.:Emotion Mechanics Observatory》
それが、すべての始まりだった。




