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そらのかけら  作者: 夜と雨
最終章:
61/71

第五十七話

「──取り戻そう。“空”を」


 誰かがそう呟いた。


 静寂の中で、その言葉に、三人は視線を交わし、静かにうなずく。


 しかし、すぐにシィロがぱっと顔を上げる。


「……記憶、戻ったんですね!」


 レイスは一瞬だけ目を細めて、深くうなずいた。


「……ああ。全部、思い出した」


 そして、ゆっくりと2人の顔を見やる。


「……シィロには心配をかけたな。それに…朝陽、君は……目覚めたんだな…」


「いえ……私も、助けに行けず……すみませんでした。本当は朝陽さんを運んだあと、すぐに祭壇へ戻りたかったんですが……各地のトガビト騒動で、動けませんでした」


「レイスさん。改めて、私を護ってもくださって、ありがとうございます」


「……空が残した願いと想いだ。特別、感謝されるようなことではないさ…むしろ2人とも…無事で、よかったよ」


 レイスの表情に、柔らかな笑みが浮かんだ。

 空気が、少しだけ緩む。


「でも……どうして急に、エクシウスがノエリウムに反応したんでしょうか?そのお陰で記憶が戻ったんだと思いますが、今まで、こんなこと……」


 シィロが首を傾げた。


「……ノエリウムって、さっきレイスさんが取り出していたあの石のことですよね?」


 朝陽の問いかけに、レイスは黙って手を開いた。

 その掌には、小さな空色の結晶——ノエリウムが乗っている。淡く、心臓のように鼓動しながら明滅していた。


「……これか」


 光を見つめながら、レイスはゆっくりと頷く。


「それ……どこで拾ったんですか?」


「このかけらは…あの日、ミミと対峙した後、記憶の祭壇の近くに…落ちているのを見つけたんだ…」


「どうして、そんな場所に…?朝陽さんのお母様のノエリウムとは色が違うみたいですし…」


「ああ…あのノエリウムとは別物だ。記憶の戻った今ならわかるが、これは空の想いが込められていたノエリウムのようだ…」


「えっ…!?でも空さんはアズールヘヴンの人間ではないですよね…?」


「空には、空自身の想いと……それ以外にも、誰かを想う強い気持ちがあった。ミミに取り込まれる直前、その想いたちが——奇跡を起こしたのかもしれない」


「……これに、空の想いが……」


 ぽつりと朝陽が言い、ゆっくりと一歩、レイスに近づく。

 ノエリウムの淡い光が、彼女の顔を優しく照らしていた。


「記憶のこと、空さんのこと、私たちの気持ち……いろんな想いが交差して、エクシウスも反応したのかもしれませんね」


 シィロがそう言って笑みを浮かべる。


「……ちょっと、奇跡の安売りな気もしますけど」


 思わず苦笑がこぼれたが、その口調はどこか嬉しそうだった。


 そんな2人を見ながら、レイスはそっと朝陽の手を取った。


「……これは、空の想いの欠片だ。だから、君が持っていてくれ」


「えっ……いいんですか?」


「もちろんだ。……君には、その資格がある」


 朝陽はしばらく言葉を失った。

 この手に宿った、小さな光。

 それは、空の記憶。

 自分の想い。

 そして、たしかに誰かに繋がっていた証だった。


「……ありがとうございます……なんだか、このかけらを握っていると……空が、まだそばにいてくれる気がします。心が、温かくなるんです……」


 朝陽は両手でそっとノエリウムを包み込み、胸の前に寄せる。

 目を閉じると、ほんのりとしたぬくもりが指先から伝わってきた。


「……2人とも、私……すぐに空を探しに行きたい」


 朝陽はそっと目を開けて2人に言った。

 まっすぐな眼差しで、朝陽はそう口にする。


 けれど次の瞬間、ふらりと身体が揺らぎ、そのままよろけた。

 レイスが即座に彼女の腕を支える。


「……焦るな。気持ちは痛いほどわかるが、今はもう夜だ。無理をすれば、君が倒れてしまう」


「……そうですね。朝陽さん。今夜はもう、休みましょう」


 シィロも静かに言葉を重ねる。


「明日になったら、作戦を立てて——空さんを助けに行きましょう」


 朝陽は一度だけ、名残惜しそうにノエリウムを見つめてから、深く頷いた。


「……わかりました。そうします」


 そうして話し終えた三人は、しばらくノエリウムの光を見つめていた。


 どこかで夜風が窓をかすめ、静かな音を残していく。


 * * *


 レイスは、まだ少し足取りの不安定な朝陽に寄り添いながら、シィロと共にホールを後にした。


 やがて、宿泊施設の一室にたどり着く。

 そこは、彼女が目覚めたときにいた部屋だった。


 レイスが扉を開けて中に入ると、朝陽は小さく礼を言ってベッドに腰掛けた。


「……そういえば、先ほどまで覚えていませんでしたが、朝陽さんが寝ていた部屋——ここは、空さんが使っていた部屋だったんですね」


「えっ、そうだったんですか……?」


 朝陽は少し戸惑ったように身じろぎ、座り直す。


「勝手に使って……怒られたり、しませんかね」


「……まあ、空さんなら気にしないと思いますよ。むしろ、喜ぶかもしれません」


 シィロが少しだけ呆れたように、でもどこか懐かしげに笑った。


「朝陽さん、おやすみなさい」


「おやすみ、朝陽。ゆっくり休んでくれ」


 扉が静かに閉じる音が響き、再び静寂が部屋を包んだ。


 朝陽はしばらく、ベッドに腰を掛けたまま天井を見上げる。


(……本当に、怒られないかな)


 心の中でぽつりと呟いて、それからそっとベッドに横になる。


 長い一日だった。


 失われていた記憶。

 胸に残っていた想い。

 偶然と奇跡の果てに、“空”を思い出した。


 今はまだ遠い約束の続きを、この手でたぐり寄せるために——。

 そんな希望の余韻を残したまま、静かな夜はゆっくりと更けていった。


 * * *


 翌朝。

 朝陽は、カーテンの隙間から差し込むやわらかな光に目を覚ます。


 昨夜は、慣れない長距離の移動と、立て続けに起きた出来事のせいもあってか、夢を見る間もなく深く眠ってしまっていた。


 カーテンの外に目をやるとまだ、空は静かだった。


 身を起こしてそっとベッドから降りる。軽く伸びをしながら、窓の外に目をやった。


(……2人とも、もう起きてるかな)


 そう思いながら、部屋を後にする。


 宿泊施設の廊下は、朝の光を受けてほのかに明るかった。ほとんど一本道の通路を進み、やがて食堂へとたどり着く。


「あ……レイスさん」


 既に、レイスは食堂の一角で紅茶を手にしていた。周囲には数人の記録者たちが集まっており、何やら話しかけている様子だった。


 朝陽に気づいたレイスは、軽く手を上げて周囲に離れるよう合図すると、彼女の方へ向き直る。


「おはよう、朝陽。早かったな」


 穏やかな声だった。少し表情は引き締まっているが、それでも昨夜とは違う、どこか落ち着いた空気を纏っていた。


「おはようございます。レイスさん、もう起きていたんですね」


「ああ、私も流石に疲れていたのか、少し寝過ごしてしまったがな」


 そう言って、紅茶を一口飲んだ。


「さっきの人たちは良かったんですか…?」


「…行方不明だった間に起きたことなどを話していただけだ。気にしなくて良いさ」


 レイスは椅子を軽く引いて朝陽に座るよう促した。


「それに昨夜の光も話題になっていたようだしな」


「……あれだけのことがあったから、無理もないですね」


 朝陽が席につくと、ほどなくして誰かが気を利かせて運んできたサンドイッチの皿がテーブルに置かれた。香ばしいパンの香りに、ようやくお腹が空いていたことに気づく。


 そのとき、食堂の入り口でバタバタと小走りの足音が響いた。


「すみません、遅れました!」


 息を少し切らしながら、シィロが食堂に飛び込んできた。

 食堂内の記録者から視線が集まる。


 いつものようにきちんと整えられた服に、ほんの少し寝癖の残る髪。


「シィロ。寝癖が付いてるぞ…」


「はわわ…っ」


 レイスがジロッとシィロの顔を見ると慌てて髪の毛を抑えた。


「朝陽さんも、もう起きてたんですね!」


 誤魔化すように、にこっと笑ってシィロが隣に座る。


 テーブルには、温かな紅茶と軽い朝食が並び、ようやく三人が顔を揃えた。


「……さて、と。これからどう動くか、だな」


 レイスがそう言うと、朝陽も真剣な表情に変わる。


「レスルさんが……“ハンゲツ様に連絡をする”って言ってましたよね。もう、戻られたでしょうか…?」


 シィロが昨日のレスルの言葉を思い出して言った。


「どうだろうな…だが本格的な作戦を立てる前に、一度本部へ向かって、あの方の知恵をお借りできれば、きっと良い道が見えるはずだ…」


「では、食事が終わったら、本部に行ってみましょう」


 三人は、再び同じ方向を見つめていた。


 * * *


 本部の扉をくぐると、空気がぴんと張りつめていた。


「何処か、皆ピリピリしてますね…」


 朝陽は通り過ぎる記録者たちを見ながら言った。


「はい…トガビトの被害が継続しているので、皆さん気持ちを休める暇がないんだと思います…」


「…私がいない間に、トガビトが暴れ出したのか…いや、そうか…タイミングからするとミミのせいか…」


 レイスは被害の原因についてすぐに思い当たったように頷いた。


「あの日、別れてからすぐに各地で異変が発生したので、そういうことだと思います…」


「そうか…」


 レイスは何かを思い詰めたような顔をしていたが、続いて言葉を発することはなく、無言のままだった。


 重苦しい空気になりかけたとき、廊下の奥から、レスルが歩いてきた。

 3人に気がつくと、挨拶をする。


「皆さん、おはようございます。ちょうど探しに行こうと思っていたところです」


「おはようございます、何かありましたか?」


 シィロが代表になって、応える。


「ハンゲツ様が戻られています、今から改めて報告に行くつもりですが、どうしますか?」


「会いたいです!」


 朝陽は前のめり気味にレスルの声に反応した。


「…貴女は、昨夜も見かけましたが、もしかして、あの少年が取り戻すと言っていた少女ですか…?」


「はい、空が助けてくれた…朝陽です」


「無事に取り戻せたんですね……それで、少年は…?」


「そのことで…ハンゲツ様に話をしたいんです…」


「…なるほど……では早速ですが、向かいましょうか」


 レスルは踵を返すと、三人を連れ立って廊下を戻っていく。


 足音が響く廊下を抜け、たどり着いたのは、本部の最奥。空気すら息を潜めるような静謐な場所だった。


「レスルです、失礼いたします」


 厚い扉が、ゆっくりと開かれる。光と重厚な静けさが、三人を包み込んだ。


 中は淡い光が差し込む応接室。

 時間の流れさえゆるやかになるような、空間だった。

 正面の大きな窓からは、朝の光が差し込んでおり、卓上の記録端末がその光を受けて淡く反射している。


 そこにいたのは、白髪の長い髪と髭の老人。

 茶色の衣装を身に纏い、歳月を刻んだその容貌には不思議な威厳と柔和さが同居していた。


 レイスがその姿を認めて、膝をつく。


「……ハンゲツ様」


 シィロも朝陽も、自然とその背筋を正した。

 まるで、時間が重みを帯びてその場に降りたようだった。


「よう来たな、レイス……そして、朝陽。シィロも」


 穏やかに、けれど一言ごとに深みがある声が響く。


「お顔を見られて安心しました……ご無事で何よりです」


「うむ、そちらもな。……昨夜の光、確かにこの本部でも確認された。どうやら、長らく失われていた“記録”があったようじゃのう……わしですら空のことを忘れておった…」


 ハンゲツは、ゆっくりと立ち上がると、レイスに視線を向ける。


「……レスルから連絡を貰い、前線から急ぎ戻ってきたが、お主に直接聞かせてもらいたい。レイス、記憶の祭壇に向かった後、一体何があったのか——」


 その言葉に、朝陽の表情が強張る。

 隣に立つレイスは、わずかに眉をひそめ、静かに語り始めた。


「……“空”が取り込まれた、あのとき——あのトガビトは人としての感覚を手に入れたのです…」


 応接室の空気が、少しだけ引き締まる。


「……私はもう少しで、“あれ”を断ち切れた。ですが——突然、空気が張り詰めたのです。世界が凍りつくような、異常な静寂が訪れた」


 レイスの瞳は、遠い記憶を見つめるように細められる。


「あのトガビトは空を取り込んだ後、我々に言いました。空の存在を消すことが出来ると……そのことからあれは、“記憶の削除”の術だったのでしょう。自らの中にある“空”の記録を世界から封じるため、空間ごと記憶を切り取ったのだと思います…」


 その場に、静かな驚きが落ちた。


「私はそれを——至近距離で、真正面から浴びてしまった。そのため、本来であれば空の記憶だけが消えるはずでしたが、自分が何者かもわからず……ただ、記憶の祭壇を護るための存在となっていたのです…」


「……それほどのものだったか」


 ハンゲツの声に、重い響きが宿る。


「わしの記録にも、そのような特殊なトガビトの記述は存在しておらん…それに各地でも種子をばら撒いて…まるで暴走しておるしのう…」


 彼はゆっくりと卓の端に手を置き、レイスをじっと見た。


「お主が無事に記憶を取り戻せたのも、お主の中に、“想い”が残っていたからかもしれんな。空の想い、仲間の想い……そして、朝陽の呼び声が、お主を繋ぎ止めた」


 朝陽が、小さく息をのむ。

 自分の存在が、レイスを救った一因になったのだと知って。


「それに我々ものう…」


 ハンゲツはそこで微笑んだ。


「……さて、話はここからじゃな。お主たちはあのトガビトから空を助けたいんじゃろう?」


 ハンゲツは試すような瞳を全員に向ける。


「…もちろん、助けたいです!」


 3人とも即答した。


「うむ…しかし、空は今なお、特異型のトガビトの手中にあり、絶望的な状況じゃ…じゃが、何事にも方法は残っているもの…」


 少しチャーミングに、ハンゲツはニヤッと笑った。


「……どうすればいいんですか?」


 朝陽が、前のめりに尋ねる。


「大きな力に対抗するには、独りの力では小さいものじゃ。しかしな…皆の力と想いが重なり合えば、それはどんな闇にも届く」


 その声音は穏やかで、どこまでも優しかったが、瞳には揺るぎない確信が宿っていた。


「記録者で力を合わせる必要があるのう」

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