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そらのかけら  作者: 夜と雨
第九章: 消える世界、君のために
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第五十一話:ミッシング

「私はシィロ。記録者トキビトのシィロです。朝陽さんは長い間、眠っていたんです」


 そう、もう一度、シィロははっきりと告げた。


「……眠って、いた…?」


「混乱してると思います。でも、安心してください。ちゃんと説明しますから」


「…ありがとうございます」


 シィロはベッドの縁に座った。


「…でも、その前にお腹空いてませんか?朝陽さんさえ良ければ一緒に食堂に行きましょう」


 優しく微笑むと朝陽に手を伸ばした。


「………はい、お願いします」


 その言葉に空腹を感じた朝陽は、伸ばされた手を握った。

 とても小さいが暖かい手だった。


 朝陽はベッドから足を下ろして、立ち上がろうとしたが、足に力が入らずふらつきそうになる。


「あっ……」


「……朝陽さん、大丈夫ですか?すみません、無理させてしまいました」


 すぐに支えようとしたシィロが、心配そうに言う。


「……すみません、なんか……体が思うように動かなくて……」


「いいんです、当然ですよ。長い間、眠っていたんですから」


 シィロは優しく微笑むと、朝陽をベッドに座らせ直した。


「無理しないでください。私が、ご飯を取ってきますね」


「えっ……あ、でも……」


「すぐ戻りますから。温かくして待っててくださいね」


 朝陽が止める間もなくシィロは部屋から去っていった。


(…あの子…シィロさん…どうして親切にしてくれるのだろう…)


 静寂のまま、答えはない。

 シィロが戻るまで横になる気にもなれず、部屋の中を改めて見渡して待つことにした。

 朝陽は部屋の中にあるサイドテーブルに目が留まった。


「これって…スマートフォン…?でも誰の…?」


 サイドテーブルには”誰か”のスマホが置いてあった。

 朝陽は震える手を伸ばしてスマホを掴んだ。


(ここについて、何かわかるかも…?勝手に見たら悪いけど…ごめんなさい)


 心の中で謝罪しながら、中身を見ることにした。

 

「電源は…まだ、なんとかありそう」


 朝陽がスマホを操作するとバッテリー残量は10%ほどになっていた。

 パスワードはかかっていない。


「地図アプリとかで場所わからないかな…」


 画面の上部に目をやると圏外の表示。


「圏外…ダメそう…かな…」


 思った通り、地図アプリを開いても現在地は表示されることはなかった。


「はぁ…そう、うまく行くわけない、か…」


 朝陽がスマホをサイドテーブルから戻そうとしたとき、写真アプリに指が当たった。

 アプリが開いて、写真の一覧が表示される。


(あ…流石に、人の写真を見るのはダメだよね…)


 朝陽はスマホの電源を落とそうとしたが、ひとつの写真が目に入った。


(あれ、これって、波瀬くん…?)


 インカメラで撮った写真。

 まるで誰かと写っているようなポーズの伊織。


(この写真おかしい…?構図からすると誰かと写ってるはずなのに…)


 伊織の隣には空白。

 本来は誰かいるはずなのに、その人だけ切り取ったみたいに空間が空いていた。


 朝陽の指は他の写真もスライドして表示していく。

 いくつかの写真も先ほどのように不自然な写りのものが多かった。


 そして、直近で撮ったであろう写真に目が釘付けになる。


(これは…私…?あ、肝試しのときの…)


 青岐町に転校してきて、孤立しそうな朝陽が何かを変えたいと思って参加した肝試し。

 確かにあのとき、伊織が記念写真と言って写真を撮った。


(でも…波瀬くんとふたり…?真ん中に誰か居るみたい…)


 表示されている写真は、ふたりで撮ったとすれば、不自然に距離のある朝陽と伊織の写った写真。


(あの肝試しの日…波瀬くんと…もうひとりいたような気がする…)


 先ほど見ていた夢を思い出す。

 誰も座っていない座席。

 泣いていた少年。

 何故だか無関係のように思えなかった。


(私は誰かを、忘れているんじゃ…存在がそのまま、消えてしまったかのように、誰かのことを)


 そう思うと、何かがすとんと納得できた。

 そして同時に、焦燥感も現れる。


(きっと…この人は、忘れちゃいけない人だ)


 朝陽は居ても立っても居られなくなり、立ち上がって探しに向かおうとした。

 しかし、ベッドから立ち上がろうとしたところで膝から崩れる。


「…うぅ…」


 朝陽は地面に手を付いて顔から倒れることは防いだが、その代わりに涙が地面に落ちた。

 何故泣いているのか、自分でもわからなかった。


 ただ、涙が勝手にこぼれていた。


(……誰なの?私は……誰を……)


 頭の中でぐるぐると疑問だけが回って、答えには辿り着けない。

 でも、確信だけがあった。


(あのとき、あの写真の空白に──私の心のどこかに、確かに“誰か”がいた)


 そのとき、扉の外から足音が聞こえた。


 ゆっくりと近づいてくる、軽やかな足音。

 朝陽は思わず顔を上げた。


 扉がそっと開き、シィロが手にトレーを持って戻ってきた。


「……お待たせしました。朝陽さん、大丈夫ですか!何かありましたか!?」


 シィロはトレーをサイドテーブルに置くと、朝陽の前に跪いて、背中をさすった。

 朝陽は小さく微笑んで、濡れた頬を袖でぬぐった。


「…私、誰かを忘れてしまったみたいなんです…」


 その声は揺れを持ちながらも、朝陽の中に一つ、確かな光を生み出していた。


「え…?どういうことですか…?」


「……それは」


 そう言った瞬間、朝陽のお腹が鳴った。


「…ご飯、先食べましょうか」


「……はい」


 顔を真っ赤にする朝陽。

 そして、何故か懐かしそうな顔をしたシィロ。


「とりあえずベッドに戻りましょうか」


 シィロは朝陽に肩を貸すとベッドに座らせて、サイドテーブルのトレーを寄せた。


「どうぞ、朝陽さん。起きてすぐなので、消化の良いものにしてます!」

 

「ありがとう、シィロさん…」


「どういたしまして!」


 ニコニコと笑うシィロに見守られるようにして、朝陽はスプーンに手を伸ばしてスープを掬って口に運ぶ。


「…いただきます……あ、美味しい…」


 久しぶりの食事だったのか、スープの優しい味が身体に染み込んだ。

 野菜もほどよく柔らかくて、とても食べやすかった。


「ゆっくり食べてくださいね」


 そう言ってシィロはまた笑った。

 食事は、驚くほど静かに進んだ。


 朝陽は一口ずつ、ゆっくりとスープを口に運び、噛むたびに少しずつ体の感覚が戻っていくようだった。

 温かいスープと柔らかな野菜は、まるで張り詰めた神経をほどいてくれるかのようだった。


「……ごちそうさまでした。ほんとに、美味しかったです」


「ふふ、良かった。ちゃんと食べてくれて嬉しいです」


 シィロは空になった食器を見つめて、少しだけ頬を綻ばせた。


「私、あんまり料理は得意じゃなかったんですけど……こうやって誰かに『美味しい』って言ってもらえるの、初めてかもしれません」


「え……そんなことないと思います。すごく、優しい味がしました」


「……優しい味、ですか。えへへ……なんか、嬉しいです」


 シィロは照れくさそうに笑うと、空になった器を静かにテーブルの端に寄せた。


 朝陽も、ふぅと小さく息を吐く。

 さっきまで張りつめていた気持ちが、食事によって少しだけ緩んだ気がした。


 しかし、心の奥に引っかかったままの違和感は、まだそこにある。

 忘れているものがある気がして、取り戻さなければいけないという焦り。


 その気配に、シィロは気付いていたのか、静かに口を開いた。


「……朝陽さん、そろそろ……お話しても、いいですか?」


 シィロの表情は、先ほどまでの柔らかな笑顔とは違っていた。

 真剣で、どこか少しだけ悲しみを含んだ目。


「……はい。お願いします」


 朝陽は軽くうなずき、姿勢を正す。

 シィロは一度小さく深呼吸すると、ベッドの縁に腰を下ろし、静かに語り始めた。


「まずは、この世界のことを話しましょう。……ここは“アズールヘヴン”と言って、朝陽さんがいた“地球”とは違う場所にあります」


「地球とは……違う場所?」


 朝陽は反射的に問い返したものの、その声は思ったより小さかった。

 驚いているはずなのに、何かが胸の奥で引っかかっていた。


「……そっか。なんとなく……そんな気がしてた」


「えっ?」


 シィロが少し驚いたように目を見開く。


「ごめんなさい。……混乱はしてるんです。混乱してるんだけど……目が覚めた時から、ここが“どこか違う”っていう感覚がずっとあって。夢の中で見たものとも、少しだけ繋がってる気がして……」


 朝陽は言葉にしきれない感覚を、慎重に選びながら話す。


「…夢の中と繋がっている……」


「はい…たぶんですけど…」


 シィロは少しだけ間を置いてから言った。


「朝陽さんは……ここに来てから、しばらく眠っていたんです。正確には──一ヶ月と少し」


「……一ヶ月も?」


 さすがにその言葉には、驚きがこみ上げてきた。

 思わず、自分の指先を見つめる。

 寝ていただけのはずなのに、現実感がない。


「私はずっと、あなたが目を覚ますのを待っていました…」


「どうしてですか…?私たちは会ったこともないはずです…」


「いえ、私たちは地球で出会っているはずなんです…朝陽さんと過ごした記憶が私にはあるんです」


「過ごした記憶が…?」


「私は“記録者”という存在です。本来は、人知れず記録し、見守るだけの役目なんです。でも……朝陽さんのお母様の形見、ノエリウムとともに、あなたの傍にいることが私の任務でした」


「お母さんの形見の、ノエリウム…?」


 また知らない単語。けれど、どこかで聞いたような響きだった。


「そうです。本来であればこっそりと監視するだけだったのですが、私のミスで朝陽さんに見つかってしまい、そのまま朝陽さんの家にお邪魔する形に…」


「……それで、私が目を覚ますのを待っていてくれたんですか?」


「…朝陽さんは覚えていないかもしれないですが、私は貴女に救われたんです。朝陽さんは何も出来ない私を肯定して、必要としてくれました」


 シィロの声に当時を思い出すような色が混じる。


「だから、私は朝陽さん守りたかったんです。今も貴女の力になりたいんです」


「…そうなんですね…覚えていなくてごめんなさい…」


「…朝陽さんは悪くないですよ!無事に今ここにいることが奇跡なんですから…」


 シィロは責めるようなことはなく心から朝陽のことを案じてくれているようであった。


「奇跡ですか…?」


 朝陽は首を傾げてシィロを見る。


「あなたは……なぜか発動したノエリウムの力の代償で存在を喪失してしまったんです」


「…力…の代償?」


 胸の奥が、またざわついた。


「ノエリウムは所有者が望んだときに時間をも戻すことが出来ます」


「…時間を戻せる…?どうしてそんなものをお母さんが…」


「…それは、朝陽さんのお母様がこの国の住人だったからです…」


 シィロの口から飛び出した言葉は俄には信じがたい話だった。


「…話を戻しますね…時間を戻す力の代償は存在の喪失。朝陽さんはその喪失から蘇った。ですが、それは通常ではありえないことなんです…」


 何かを思い出しそうになる。

 何かを、思い出してはいけないような気もする。


「……今の状態は、私たちにも前例のない、“奇跡の後遺症”みたいなものなんです。戻れたこと自体が、本当はあり得ないことで……だから、きっとまだ何かが整っていないんだと思います」


「…それは治るんでしょうか…」


「私にも、わかりません…初めてのことなので…」


 シィロは、迷いを含んだ瞳で朝陽を見つめた。

 朝陽は、一度だけ目を閉じて、ゆっくりとうなずいた。


「…ありがとうございます。教えてくださって」


 シィロは小さくうなずいてから、ふっと微笑んだ。


「……ちょっと、たくさん話しすぎちゃいましたね。朝陽さん、きっとまだ本調子じゃないはずなのに」


 その言葉に、確かに少しだけ頭がぼんやりしている気がして、朝陽は苦笑した。


「……そうかもしれません。でも、聞けてよかったです」


「ありがとうございます。でも今日は、ここまでにしましょう。きっと、また明日もお話しできますから」


 シィロは立ち上がると、椅子を丁寧に戻し、ゆっくりと朝陽のほうを振り返った。


「お部屋のことは安心してください。私はすぐ近くにいますし、何かあれば呼んでくださいね」


「……はい。ありがとう、シィロさん」


「こちらこそ」


 そう言って、白い髪の少女は部屋を後にした。

 


 * * *


 シィロが去ったあと、部屋にはまた静寂が戻っていた。


 ベッドに身を沈めたものの、まぶたは一向に重くならなかった。

 目を閉じても、夢のこと、今日、見たものや聞いたことが、ふわふわと心の内を彷徨っていた。


 (……眠れない)


 ひとつ、深く息を吸う。

 鼻を抜けた空気が、少しだけ冷たくて、どこか遠い世界のもののように感じられた。


 あのスープのおかげか、体の芯にあった重たさが少し和らいでいる。

 今なら、少しだけなら──歩けそうな気がした。


 (外の空気を、ちょっとだけ吸ってみたい)


 無理をするつもりはなかった。

 けれど、静まり返ったこの部屋の中では、どうしても答えの出ない焦燥が胸にこびりついてしまいそうで。


 朝陽は起き上がり、足を地面につけて、そっと体重をかけてみた。


(……うん、なんとか歩けるかもしれない…)


 朝陽はそう判断すると、全身に力を込めて立ち上がって、一歩、二歩と進む。

 大丈夫なことを確認すると、小さく頷いてから、扉に手をかける。


 そして朝陽は、ゆっくりと扉を開き、静かに──部屋を後にした。

遠く、夜の庭の奥から、誰かの視線のようなものがかすかに背筋を撫でた気がした。

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