閑話
記憶の祭壇から逃走したミミは深い闇を彷徨う。
斬られた腕から血液ではない何かが落ちる。
──痛い。
痛みを抱えながら、彷徨う。
──痛い、痛い!
目に付くものを壊していく。
──全部、壊れてしまえ!
手当たり次第、潰していく。
──世界にはワタシとソラだけがいればいい!
怒りと狂気に支配された瞳。
──全部、壊して、作り替えてやる!
やがて傷は消えて、痛みも消えた。
癒えたのではない。
壊れて、なくなっただけ。
しかし、特異型のトガビトの怒りは消えることはない。
狂気は消えることはない。
むしろ、ミミの奥底で冷たく、静かに燃えている。
──邪魔者は全部、いなくなればいい!!
その日、トガビトの種子が一斉に産声を上げる。
そして、世界に、新たな“痛み”が芽吹いた。
* * *
不規則なリズムで、顔を濡らす水滴によって意識が引き戻された。
薄らと瞳を開けるレイス。
(……ここは…そうか、記憶の祭壇か…)
崩落は収まっていたが、周囲に天井から落ちてきたであろう岩が存在していた。
あれだけの戦闘があったというのに、中央にある記憶の祭壇だけは無傷のままであった。
(……崩落に巻き込まれなかったのは奇跡だな…)
レイスは自身の体を見る。
「…っ!」
爆風に飛ばされたときには気が付かなかったが、腹部に鋭利な岩の破片が刺さっていた。
(……よく死ななかったものだ…)
無意識のうちに氷の結界を展開していたことによって、人為的に奇跡を生んでいたようだった。
(だが、しばらくは動けそうにない、か…)
そして、もうひとつ奇跡を生んだ要素に目をやる。
(…ハンゲツ様の祈りか…)
レイスを守っていたであろう光の粒子が周囲を舞う。
光を目で追いながら、レイスは再び目を閉じようとした。
そのとき、何かが視界に入った。
(……?)
記憶の祭壇の下。
そこで、何かが光ったような気がした。
レイスは何とか、重い体を引き摺るようにそこに向かう。
「……これは」
祭壇の下にあったものは、空の色を切り取ったような小さな”かけら”だった。
(ノエリウム…どうしてこんなところに…?)
落ちていたノエリウムを拾う。
想いのかけら。
それには、誰かの想いが込められていた。
(…この少年は誰だ?)
レイスの目に映る想い。
心の何処かに懐かしさを感じた。
(不思議だな…会ったこともない少年を懐かしいと思うなんてな…)
窮地にあるにも関わらず、少し微笑んだレイスは拾い上げたノエリウムをとても大事にしまった。
(……シィロとあの少女は無事に帰れただろうか)
ふと、朝陽とシィロのことを考えるレイス。
(早く回復して、トキレイムに戻らないとな…)
祭壇の隅で、崩れた石に身を預ける。
傷の痛みで身じろぎする。
(……結局、また何もできなかったな)
目を閉じる。
静かな闇の中、ノエリウムの光だけが、淡く瞬いていた。
そしてレイスの意識は、再び深い眠りの中へ沈んでいった。
手の中で微かに鼓動するノエリウム。
それはまるで、誰かがまだ、この世界に残っていると語るように──。




