表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そらのかけら  作者: 夜と雨
第八章:存在の交差点
43/71

第四十話:三人の影

 朝露の残る石畳を踏みしめながら、三人はゆっくりと門をくぐった。

 振り返れば、トキレイムの街並みがまだ眠るように静まり返っている。


 そこに暮らす人々、交わした言葉、すれ違ったままの想い。すべてを後ろに残して、旅が始まる。


 風が、街の外れの丘を吹き抜ける。

 トキレイムの街並みが少しずつ遠ざかり、代わりに、まだ靄を纏った緑の地平が広がっていく。


 誰も口を開かぬまま、しばらく三人で並んで歩いていた。


 空は無意識に肩に力が入っていることに気づき、そっと息を吐いた。

 隣を歩くシィロは、少し緊張した面持ちで、それでも前をまっすぐに見据えていた。


 ふと、シィロが足を止め、二人を見た。


「……このまま、幻影の森を通って、まっすぐ“祭壇”に向かいますか?」


 少し不安げな声色に、空が視線を向ける。

 レイスは足を止め、少しだけ空を仰いだ。


「二人ともすまない……少し、寄りたいところがあるのだが構わないか?」


「寄りたいところですか?」


 空が問い返すと、レイスはゆっくりと頷いた。


「……記憶の祭壇に向かう前に、どうしてもあの人の眠る場所に行く必要がある」


 その声は静かだったが、どこか懐かしさと寂しさを滲ませていた。


 空はその言葉で、レイスがどこへ向かおうとしているのかに気づいた。

以前、レイスから聞かされた、あの“師匠”の話が脳裏に浮かぶ。

 かつて慕い、教えを受けた「師匠」の眠る石碑であると。


「…私の師匠は生前、記憶の祭壇を守っていたのだ。そしてあの石碑には記憶の祭壇に至るために必要な物…その一部があると言っていた。いずれ誰かが必要とするだろうと思ってな」


「…必要な物ですか?」


 空は少し眉をひそめた。

 言葉の意味は理解できても、それが何を指すのかは想像できなかった。


「ああ、正式な名称は知らないがな…ただ、記憶の祭壇に至るためには、それに“応じる想い”が必要になる」


 レイスはふと、懐からひとつの欠けた金属片を取り出した。

 それは、以前、師から託された封具の欠片だった。


「……かつて私も、すべてを託されるには至らなかった。師は“全てを持つ者”の存在を前提にはしていなかったのだと思う。ゆえに、あの場所に残したのだ」


 封具を見つめながら、師の言葉を思い出すように語る。


「残りは、あの場所にある」


 静かにそう言うと、レイスは再び歩き出す。


「……じゃあ、行こう。きっと、寄っていったほうがいい気がする」


 シィロは何も言わず、ただ少しだけうなずいた。

 空が一歩を踏み出すと、シィロも続く。


 風が吹く。

 どこか懐かしい匂いが、森の奥から流れてきた。それはまるで、記憶の扉がわずかに軋む音のようだった。


 この道の先にあるのは、記憶と、想いと、決意の始まり。

 三人の影は、朝陽のなかに静かに伸びていった。


 石碑へと続く小道は、少しだけ森の外れを回る。

 木々のざわめきが、街の喧騒とは違う、命の声のように響いてくる。


 誰もが、これから訪れる場所のことを考えていた。

 けれど、この寄り道は——それぞれの“過去”と“現在”をつなぐ、かけがえのない時間だった。


 小道に咲く花々が、彼らの足音に揺れた。

 小さな命の声が、まるで「忘れるな」と語りかけているようだった。


 * * *


 森の外れをゆっくりと回る小道を、三人は歩いていた。

 木々の隙間からこぼれる朝の光が、足元の草をまだらに照らす。


 風はやわらかく、夏の匂いと共に静かな空気が流れていた。


 沈黙が続いていたが、ぽつりとシィロが口を開く。


「……レイスさんの師匠って、どんな方だったんですか?」


 その問いに、レイスはすこしだけ足を緩めた。


「……そうだな、あの人は…」


 苦い顔をしたレイスは少しだけ空を見上げるようにして、静かに語り始める。


「…だらしなくて、適当で、よく寝坊もするし、服もいつも着崩していて…ろくに書類も読まず、煙草の代わりにキセルを吹かして、”面倒臭え…”って言いながら昼間から縁側でごろごろしてるような人だったよ」


「……えぇ……」


 思わずシィロが呆れたように目を丸くする。


 けれど、レイスの口調には、どこか懐かしさが滲んでいた。


「私が書庫にこもって真面目に勉強してると、平気な顔で『勉強なんて腹が減るだけだ』とか言って、つまみ食いして……師匠としては最悪の部類だったな…」


「でも……嫌いではなかったんですよね?」


 シィロの言葉に、レイスはふっと笑った。


「ああ、嫌いにはなれなかった。むしろ……尊敬していたよ。あの、どうしようもない人を。きっと……心のどこかで、憧れてもいたんだろうな」


 少しだけ、視線が遠くなる。


「普段はどうしようもないのに、肝心なときは、まるで人が変わったように決めるんだ。敵が襲ってきた時なんて、片手でさばきながら『煙草の火が消えた』って文句言っててな……」


「それ、かっこいいのか微妙なラインですね」


 空が笑いながら言うと、レイスも肩をすくめた。


「でも、自分のことはぐちゃぐちゃでも、誰かの過去や痛みにはとても、真摯だったよ…そして誰よりも孤児だった私の事を大切にしてくれた」


 言葉のあと、少しの沈黙が落ちる。


 そして、空が静かに口を開いた。


「……その人が守ってた記憶の祭壇に、俺たちが向かってるんですね」


「ああ。私だけでは、きっと向かうことはなかった」


 レイスの目が、少しだけ揺れた。


「師匠は最期まで、私には全てを語ることはなかった。封具の一部だけを託して、『残りは、必要なときにお前がわかる』と」


 その言葉に、シィロが前を見据えたまま小さく頷く。


「その“必要なとき”って、今なんですよね」


「ああ。きっとな」


 レイスは答えながら、少しだけ前を向く姿勢を正した。


 木漏れ日が、三人の間に小さな円を描くように差し込んでいた。


 そして、道は緩やかにカーブしながら続いていた。

 もうすぐ、小道の終わり。

 その先に小さなあずまやがある。


 森のざわめきが、まるで遠い昔の記憶を呼び起こすかのように、揺れていた。


 * * *


 小道の終わりを抜けると、ぽつりと一軒のあずまやが姿を見せた。


 草臥れた屋根と、風雨にさらされた木の柱。

 以前、訪れた時と全く同じ雰囲気を纏って、三人を静かに迎え入れた。


 三人は屋根の下に身を寄せると、思い思いに腰を下ろす。


「……ふぅ。やっと着きましたね」


 シィロが肩のリュックを下ろして、タオルで額をぬぐう。

 中から取り出した水筒を空に差し出すと、空は少し遠慮がちにそれを受け取った。


「ありがとう、助かるよ」


「空さん、まったく荷物持ってませんでしたもんね」


「いや……なんか、気づいたら何も持ってなくて」


「旅人失格ですよ、ほんと」


 シィロが軽く笑い、空も苦笑いで水を返す。


 レイスはというと、柱に背を預けたまま目を閉じていたが、ふいにゆっくりと身を起こした。


「……ここで少し休んでいてくれ。私は、ひとりで向かってくる」


 その言葉に、空とシィロが同時に顔を上げる。


「え? レイスさんだけで?」


 シィロが眉を寄せる。


「ああ。……石碑に向かい、回収してくるだけだからな。だから、ここで待っていてくれ」


「でも、それって……」


 レイスは静かに首を振った。


「ここは私の過去に関わる場所だ。向き合うべきなのは私だよ。……それに、これはきっと“私に与えられた試練”だ。だから……ありがとう。でも、行かせてくれ」


 レイスの言葉は落ち着いていたが、どこか――ひとりで行かねば、という気負いのようなものが感じられた。


 その口調に、空もシィロもそれ以上は何も言えなかった。


 少しの沈黙のあと、シィロが小さくうなずく。


「……わかりました。でも、無理はしないでください」


「ああ。すぐ戻るさ。それに、回収してからが本番だ。力を温存しておいて損はない。私が戻ってきたら、すぐに“祭壇”へ向かおう」


 レイスは静かに言い残し、あずまやを後にした。


 残された空とシィロは、しばらく無言でその背中を見送っていた。


 風が、そっと吹いた。


「……やっぱり、ひとりで行かせるのって少し心配ですね」


 ぽつりと呟いたシィロに、空も苦笑する。


「うん。でも……レイスさんにとって大事なことなんだよ」


 二人の間に、また静かな風が流れた。


 * * *


 程なくして、石碑に到着した。

 レイスは石碑に礼をすると、懐から金属片を取り出した。


 石碑の前に膝を着くと、金属片をそっと置いた。


「…師匠、私たちは今から記憶の祭壇に向かいます…力を貸してください」


 レイスは祈るように、手を合わせて瞳を閉じた。

 風で木々たちがざわめく。


 しばらくの間、そうしていた。


 レイスは瞳を開けて、金属片を手に取るが変化は見られない。


(……ダメか…何かが足りないのか…?)


 金属片を強く握りしめたレイスは叫ぶ。


「…私ではダメなのですか!師匠!」


 レイスがひとりで石碑の前に立ち尽くしていると、足音。


「……レイスさん!」


 立ち尽くすレイスにシィロは駆け寄った。

 背後からの声に、レイスは二人を振り返って尋ねる。


「…二人とも…どうして来た?」


「やっぱり……一人じゃダメな気がしたんです」


「それに…仲間ですからね!」


 空が微笑み、シィロは真っ直ぐと答えた。


「……ありがとう」


 レイスの素直な言葉に、空もシィロも何も言わず、ただうなずいた。


 風が、木々の葉をそっと揺らす。

 その音はまるで、見守る者の吐息のように穏やかだった。


 ──悪くねえ面、するようになったな。レイス。


 何処から聞こえた声。


「…?何か聞こえました?」


「い、今のは師匠?いるんですか?」


 三人は周囲を見渡すが、辺りには誰も居ない。


 その時、石碑が静かに光を放った。


「なんですか? 石碑が!」


 シィロは目を見開いて、石碑を見ている。


 やがて光は粒子となって、レイスが持つ金属片へと注がれた。


「これは……」


 金属片が宙に浮かび、粒子が絡みつくようにその輪郭をなぞっていく。

 まるで誰かが思い描いたかたちを彫り上げるように、光が編まれ、鋭く、しなやかな線を描く。

 やがてその姿を現したのは、全長およそ60センチほどの、精緻な彫刻が施された儀式用の短槍だった。


 槍身は銀鉄で、穂先には薄く蒼の光を帯びた結晶石が嵌められている。

 柄の中央には、かつて師が用いていた“記録の封印”の紋様が浮かび上がっていた。

 装飾は抑えめだが、所々に織り込まれた古代語の詠唱文が、記憶の継承者としての意味を静かに物語っている。


「……これが、師匠が残したもの……」


 封具の完成形を見つめながら、レイスはそっと手を伸ばす。


 触れた瞬間、温かな何かが、指先から胸へと流れ込んできた。


「それが、必要な…封具…」


 シィロは口に手を当てて、封具を見つめている。

 レイスが封具を掴むと浮力を失った。


「……師匠、ありがとうございます」


 レイスは石碑に向けて、礼をした。


「レイスさん、やりましたね!」


「すごい封具になりましたね」


 空とシィロは喜びを口にした。


「師匠。これが、私の仲間たちで。私たちは今から記憶の祭壇に行ってきます。何処かで見ていてください」


 三人は再び、石碑に一礼すると背中を向けて並んで歩き出した。


 去っていくレイスの耳に風のざわめきと共に届く声。


 ──おう、行ってこい。


 今度ははっきりと聞こえた声。

 空とシィロには聞こえてはいないようだった。

 レイスは最後に石碑に振り返るとにっこりと笑った。


「レイスさん、行きますよー!」


 石碑を見ているレイスに気付いたシィロは振り返って声を掛ける。


「ああ、行こう。二人とも」


 レイスは安心したように微笑んでから、二人に向かって静かに言った。


 * * *


 

 あずまやに戻った三人は荷物を手に、改めて記憶の祭壇へと向かう。


 レイスの懐には、今完成した封具の温もりがあった。

 過去に託されなかったものが、今、自分の手にある。


「私が全部を託されなかったのは、まだ足りなかったからだ。知識も、覚悟も。それに――歩みを共にする仲間もいなかった」


(……師匠もハンゲツ様も、こうなることを見越していたのだろうな。誰かと歩む未来を)


 シィロが足を止めて言った。


「……でも今は、違いますよね?」


 レイスはふと立ち止まり、シィロを見る。


「空さんも、私もいます。小さな力かもしれませんけど……レイスさんには沢山の仲間がいますよね?」


「……」


 レイスは何も言わず、その瞳をまっすぐに見つめ返した。


「ふふ、そうだな…随分頼りない仲間だがな?」


 そう言うとレイスは冗談めかして微笑んだ。


「ひどいですよー!」


 シィロが怒ったように笑い、つられて空も笑った。


 三人の影が、差し込む光のなかでゆっくりと並ぶ。


 今なら、きっと超えてゆける。


 風が吹く。新しい旅の始まりを告げるように。


短槍の名前はレムナント=スピア(記憶の残響)が良いです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ