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そらのかけら  作者: 夜と雨
第七章
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第二十八話:その名を呼ぶために

 一人での入室を命じられた空。


「私はここで失礼します。それでは―幸運を」


 皮肉気に言葉を告げたレスルが一礼して外に出て行った。


 近づくと前方の扉が自動で開いた。

 空が塔の内部に足を踏み入れたその瞬間、空間が静かに震えた。


 ——塔の内部は、まるで巨大な円形講堂のようだった。


 中心には、白く滑らかな床が広がっており、そこに一歩踏み出した空の足音だけが反響する。足元から天井までが一つの空洞となっており、その壁際には、放射状に円を描くように、無数の席が並んでいる。席は外側に行くほどに高く積み重なっており、まるで大学の階段教室のように、幾重にも積み上げられていた。


 そこに、白や銀、青など、どこか現実離れした衣を纏った者たちが座していた。ひとりひとりが異なる光をまといながら、空を見つめている。


 全員が“記録する者”、トキビトたちだった。


 無言の視線。まるで記憶そのものに囲まれているかのような錯覚。


 空の息が、少しだけ詰まる。

 促された先、空間の中心に空は到達した。


「……そこで止まれ」


 その声は、小さなさざ波のように、塔の内部を震わせた。


「…さて、アズールヘヴンへの侵略者よ。どうしてこの場に呼ばれたかわかっているな?」


 声の主は、空間の一際高い場所に立って、空を見下している。

 短髪に鋭い目つき、黒いコードを纏ったその男性は、空に話しかける。


「待ってください!俺は侵略なんて…!」


 侵略。

 そのような行為に心当たりがない空は否定の言葉を口にした。


「黙れ!!」


 その圧力に空は声を出せなくなった。


「貴様が、アズールヘヴンに現れた際、周辺で特異なトガビトが発見された」


「……な」


「特異なトガビトの被害で周辺の町の民や封印に向かった記録者(トキビト)が数人、死亡した」


 空は完全に言葉を失った。


「貴様がトガビトを持ち込んだことで発生した」


「……俺の…せい…?」


「貴様は何を成すためにこの国に現れた」


「…俺は…朝陽を」


 耳鳴りが響き、立っているのかわからなくなりながらも続けようとする。


「アジク様、選別中に失礼致します」


 そのとき、塔の入り口から、レイスとシィロが入室した。


「シィロの報告が終了しましたので、この場でご報告させていただきたく存じます」


 淡々とした冷たい声が内部に響く。

 シィロは力なく俯いていたが、”報告”の言葉に肩を震わせた。


「…聞こう」


 アジクはレイスの声に答えた。


「以前、シィロにはある任務を言い渡しておりました…任務の内容は、地球に存在するノエリウムの監視です」


「地球のノエリウム…か…」


 アジクは何かを思案するように顔を歪めた。


「ノエリウムの所有者は一人の少女。そこの少年はそのノエリウムを使用して、その少女を消失させています」


「…なんと、邪悪な…」

「…代償ということか?」


 幾人かの記録者(トキビト)がざわめいた。


「違う…!そんなつもりはなかったんだ

…」


 前のめりになる空を、控えていた記録者(トキビト)が抑える。


「…レイス、続けなさい」


 抑えつけられた空を一瞥して、レイスに続きを促す。


「その後、少女を取り戻すべく、見習いのシィロを懐柔し、ノエリウムを使い、アズールヘヴンの鍵を作成しました」


「何と勝手な…!」


 再び、周囲から声が広がる。


「取り戻すだと…?そんなことは不可能に決まっているだろう」


「シィロによると、自分が希望を持たせてしまったのが全て悪い、と申しております。どんな処罰も受け入れる、とも」


「待ってくれ!シィロは関係ない!全部、俺が勝手に!!」


「…シィロの処罰は。レイス、お前に任せる」


「はっ!」


 レイスはアジクに頭を下げた。

 シィロは何も言わずに、ただ立ち尽くしていた。


「他に報告はあるか?」


「…少年が鍵を使ってアズールヘヴンへ到達した直後、トガビトと思われる存在がひとつ、同時に侵入しております」


「…これで、はっきりとしたな、侵略者よ。トガビトを使い何をするつもりだったかは知らないが、これ以上、好きなようにはさせぬ」


「…そんなこと…」


 空が言葉を返せずにいると、アジクはレイスに向き直り、尋ねた。


「…ところで、レイスよ。ノエリウムを所有していた少女の名は何と言うのだ?」


「…天音、朝陽と申します」


「そうか…」


 アジクは再び、顔を歪ませた。


「あの天音か…!」

「あれを攫った男か!」


 塔の内部が、一際大きく騒めいた。


「…であれば、地球のノエリウムとは、あれのもの…ということか」


 忌々しそうにアジクは呟いた。


「……?アジク様、天音と言う名前には何かあるのですか?」


 レイスはアジクに尋ねる。


「…お前が知る必要はない。」


「さて、侵略者よ。貴様がこの国に訪れた理由もはっきりとした」


 アジクが断罪者の瞳で空を見下ろす。


「貴様はノエリウムを悪戯に悪用し、トガビトをこの国に放った、よって全ての記憶を削除し、追放とする」


 ハッキリとした声が響く。

 シィロが息を呑む音がした。


 下を向いていた空は、目を見開いて、アジクの言葉を聞いていた。


(それじゃあ…朝陽は…)


「……待ってください!」


 空は顔を上げ、両腕を抑えられたまま、それでも身をよじって声を上げた。肩が軋むのも構わずに、言葉を放つ。


「俺は……あいつを助けたいだけなんだ!朝陽を……“ただの記録”じゃなく、“ただの喪失”じゃなく、ちゃんとこの手で……!」


 空の拳は気付く握りしめられ、張り詰めた空気の中で、声だけが塔の天蓋に反響する。


 俯いた顔を上げる。痛みを押し殺して、彼は全ての視線を受け止める。


「誰も覚えてなくたって、誰の記録にも残ってなくたって……俺は知ってるんだ!朝陽の笑った顔も、最後の声も……ちゃんと、この胸にある!」


 言葉が、空間を揺らすように響く。

 一瞬、周囲の記録者たちが息を飲んだような気配が走る。


「——だから……お願いです!罰を受けるなら、全てが終わった後で構いません!その代わり……!」


「朝陽を、諦めさせないでください……!」


 その叫びは、塔の奥まで届いた。


 静寂。誰も何も言わない、けれど塔の空気が、確かに揺れていた。


「…無駄だ…消失から戻ったものはいない、諦めろ」


 アジクからは無慈悲な声が発せられる。


「俺に…時間をください!お願いします!」


 空は頭を地面に擦り付けて懇願する。


「…アジク殿、一度保留にしても良いのでは…」

「少し性急すぎるかもしれませんね…」

「どうやら彼の想いも嘘ではないようだしな」


 記録者(トキビト)たちのざわめきが塔の内部に拡がっていく。


「ダメだ。いくら想いがあろうと、記録は絶対だ」


 アジクは記録者(トキビト)の言葉を切り捨てた。


「私からも、お願いします!」


 レイスの横に立っていたシィロが、空の元まで走り寄り、頭を下げる。


「控えろ、シィロよ。貴様もこの男と同様に処分しても構わないのだぞ?」


「……それでも、構いません……!お願いします!時間を……時間をくださいっ……!」


 声は震えていた。

 けれど頭を下げたまま、シィロは続けた。


「…アジク様。今はハンゲツ様も不在のようです。一度、保留という形にしては?」


 レイスがアジクに対して進言した。

 アジクの瞳は硬く冷たかった、だがほんの一瞬、沈黙の裏に揺らぎの影が見えた——誰にも、気づかれないほどの。

 

 静寂が続く。

 程なくしてアジクは息を吐き、口を開いた。


「……では、判定は一時保留とし、記録者の一部が随行する形で“猶予”を与える」


 誰かが息を止めた気配がした。


 吐き捨てるように、アジクは裁決を言い渡して塔を後にした。

 残された空とシィロは、レイスを見た。


「…レイスさん…どうして…」


 シィロが少し怯えながらもレイスに尋ねた。


「……少年の想い…いや、ハンゲツ様の不在の中、下される裁決に疑問を抱いただけだ」


「…ありがとうございます」


 感謝を伝える二人に、レイスは不愉快そうな顔をして続けた。


「…助けた、などと勘違いはするなよ?それに、少年の罪が許されたわけではないのだからな…だが…」


 レイスは何かを伝えようとして辞め、去り際に近くの記録者(トキビト)に何かを告げた後、塔から退室した。


 声をかけられた記録者(トキビト)は連行するための手錠を取り出して、空に近寄る。


「空さん…申し訳ありませんでした…」


 シィロは、大人しく手錠を付けた空に声をかける。


「シィロが謝る必要はないよ…俺の方こそ、辛い思いをさせてごめん…」


「…行きますよ」


 記録者(トキビト)が空の背中を軽く押して、塔の入り口へと進ませる。


「…空さん!私も諦めませんからね!朝陽さんを取り戻す方法を探しますからね!」


 後ろで空に言葉を投げかけるシィロ。

 その言葉を聞きながら塔を後にした。

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