表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そらのかけら  作者: 夜と雨
第一章:転校生と、空を見上げた日
3/71

第二話:ふたりの距離

 翌朝。

 今日も、陽射しは容赦なかった。

 蝉の声が、耳にまとわりつくように響く。


(朝から何でこんなに暑いんだよ……)


 空は制服の襟元を引っ張りながら、登校路の坂をのぼっていた。口には出さない独り言を、心の中でこぼす。


 ふと、角を曲がったとき、見覚えのある後ろ姿が目に入った。


「あれ……?」


 長い髪が風で揺れる。朝陽だった。


「おーい! おはよう!」


 空は思わず駆け寄って声をかけた。


「天音さん、今日暑すぎない?もう、ほんと、心が折れそうだよ……」


 朝陽は振り返らない。足を止めることもなく、そのまま歩き続ける。


「あ、あのさ……俺も“天音”って言うんだよ。こんな田舎で同じ苗字って、結構レアじゃない?」


 返事は、ない。


 それでも空は、諦めずに話しかけ続けた。


「なぁ、天音さ」


「……ほっといて」


 ぴたりと歩みを止めて、朝陽が振り向く。


 その目には、戸惑いも、笑みもなかった。


「……え?」


「放っておいて、って言ったの」


 朝陽の声は冷静だったけれど、どこか刺すような響きを持っていた。


「別に……私と話す必要なんて、ないでしょ?」


 そのまま、朝陽は前を向き直り、歩き出す。


 空はその場に取り残されたまま、何も言い返せなかった。


 口を開きかけて、閉じた。何を言っても、追いかけても、きっと届かない気がした。


 


 学校に着いた頃には、朝陽はもう席についていた。文庫本を広げ、ページを静かにめくっている。

 まるで、さっきのやりとりなんてなかったかのように。


 空は声をかけることもできず、自分の席に腰を下ろした。


 


「おはよう。……なんか元気なくね?」


 ギリギリで教室に飛び込んできた伊織が、のぞき込むように声をかけてくる。


「別に。元気だし」


 空はわざと明るく、肩をぐるぐる回してみせた。


「なんだよそれ……あ、先生来たぞ」


「伊織ー、そんなとこ突っ立ってないで早く座れ!」


 教室に担任の声が響き、伊織が「はーい」と軽く返して席に向かう。

 空はそれを目で追いながら、ため息をひとつついた。


 


 昼休み。

 弁当のふたを開けたものの、食欲は湧かなかった。


 空はうつ伏せたまま、ぼんやりと天井を見上げる。


 後ろから、小さく紙のめくれる音がした。朝陽が文庫本を読んでいる。


(……やっぱ、言いすぎたよな。俺)


 空はそっと顔を上げた。背中越しに感じる、静かな気配。


(普通に、軽く話すだけ。別に、それ以上の意味なんてないし)


 そう思って、空はそっと振り向いた。


「あのさ……さっきは、ごめん。しつこくしたつもりはなかったんだ。ただ、ちょっと……気になってて」


 朝陽はゆっくりと顔を上げる。表情は静かで、冷たいわけじゃない。

 でも、その目は、やっぱり遠かった。


「……いい加減にして」


 一瞬、何かが胸に突き刺さったような気がした。


「私は、誰かと仲良くするためにここに来たわけじゃない。だから……放っておいてくれる?」


 言葉は静かだったけど、拒絶の意志ははっきりしていた。


「あ……うん」


 空は視線を落とし、前に向き直った。


 弁当をひと口だけ口に運んだけれど、味なんてわからなかった。


(……やっぱ、俺、調子に乗ってたかもな)


 残りの昼休みをやり過ごすように、空は早めに席を立ち、教室を出た。


 


 階段の踊り場。吹き抜ける風が、ほんの少しだけ汗を冷ます。


(でも……なんでだろ。なんでか、放っておけないんだよな)


 自分でも答えのない問いを抱えたまま、壁にもたれて目を閉じる。


「よー。……また天音さんに声かけてたろ?」


 後ろから、伊織の声がした。


「ああ……見事に撃沈されたよ」


「やっぱなー。教室でも元気なかったし。で、どうすんの?」


「……やっぱ、ちゃんと謝りたい。もう一度」


 伊織は肩をすくめて、小さく笑った。


「懲りないな、お前も。でも、今はやめとけって。タイミング、めっちゃ大事だからさ」


 すれ違いざま、軽く肩を叩いてくる。


「ま、でも気にしてるってことは、悪くないってことじゃん?」


 そう言って、伊織は笑ったまま階段を降りていった。


 空はその背中を見送りながら、小さくつぶやいた。


「……そうかな」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ