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そらのかけら  作者: 夜と雨
第六章:アズールヘヴンへの扉
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第二十二話:想いを紡ぐ旅

 午後の授業を受けながら、空は窓の外ばかりを見ていた。


 (強い想いが残る場所……)


 教科書のページをめくるふりをしながら、心の中で何度も思い出を反芻する。


 雨宿りをしながら、二人で雨音を聞いたバス停。

 放課後二人で帰った、通学路。

 旧校舎での怖かったけど、忘れられない記憶。

 図書館の近くにある、静かな公園。

 そして……一緒に形見を探した、あの神社。


 本当は、授業なんか受けてる場合じゃなかった。

 今すぐにでも、街中を駆け回って痕跡を集めたかった。

 けれど、昨日の“外出”の件もあり、今日はさすがに無断欠席はできなかった。

 きっと、家に連絡がいってしまう。


 (せめて…行く順番と、どんな想いが残ってるかだけでも整理しておこう)


 空は胸のポケットを押さえた。

 そこには、ひび割れたノエリウムが、静かに脈打っている。

 まるで「焦らないで」と言わんばかりに、微かな光を宿していた。


 やがて、最後のチャイムが鳴った。


 空は教科書を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。



「じゃあ、行こうぜ!」


 教室の入口で、伊織がいつもの笑顔で待っていた。


 少しだけほっとする。

 この“旅”が、空だけのものじゃないことに。


「まずは……旧校舎に行ってみようか」


「あそこには痕跡、ありそうだしな…」


「うん。あの日、初めて巻き戻りが起きた場所だしな」


「オッケー、とは言え、また忍び込む訳には行かないし、先生に許可貰いに行こうぜ」


「う…貰えるかな…」


「あの日、旧校舎でとても大切なものを落としたんです!とか言えばいけるだろ、ま、伊織さんに任せとけって!」


 冗談めかして伊織は片目をつぶる。


 その軽さが、今は何よりも頼もしかった。



 放課後の校舎には、部活の声と、遠くの夕焼けが溶けていた。


「旧校舎、なんか久しぶりに来た気がするな……」


 伊織がぽつりと呟く。


「なんだ…?伊織、怖くなったのか?」


 伊織と”事情”を話に言った結果、先日の今日で、生徒だけでは入れることは出来ないと加納先生が一緒に着いてくることとなった。


「そんなこと、ないっすよ、先生」


「加納先生、許可をしていただいてありがとうございます」


「気にすんな。ダメって言ったら、どうせ、お前ら二人でまた勝手に忍び込むだろ?学生の頃は、何かと無茶をしたがるもんだしな」


 そう言って、加納先生はニヤリと笑った。


「ま、落とし物見つけて、早く帰って勉強しろ。ほら、行くぞ」


 先を歩く、加納先生に遅れて、二人も歩く。

 三人の足音だけが、長い廊下に吸い込まれていく。人気のない校舎は、まるで時が止まっているように静かだった。


「……あの日も、こんな静かだったよな」


「肝試し、意外と平気な顔してたけど、めっちゃビビってたっけ、あいつ」


 思い出すたびに、胸の奥が温かくも、少しだけ痛んだ。


「とりあえず、怪しい場所って行ったら階段のところだよな…?」


「ああ…だと思う…」


「よっしゃ!なら先生は俺が引っ張って行くから、空は痕跡を回収しろ」


「…伊織?」


 伊織は任せろと言わんばかりに先生に話しかけた。


「先生ー、あの日音楽室に行ったんで、そこにあると思います、行きましょう!」


「お、おう、わかったから押すな、伊織!」


 伊織は先生の背中を押して、階段を登って行った。


「…ありがとう、伊織」


 伊織が作ってくれた時間を無駄にしないように、目当ての場所に向かう。

 やがて、最初の“巻き戻し”が起きた、旧校舎の階段に到着した。

 朝陽の怪我、空の後悔。それを打ち消した。

 それが、全ての始まりだった。


 突然、ノエリウムが熱を持つ。

 それを感じ、空はポケットからノエリウムを取り出し、手の中のそれを見つめた。


「…やっぱり、ここに痕跡が…」


 ノエリウムを見つめる。


 ⸻そのとき、声が響いた。


『あ、天音くん……大丈夫?』


 久しぶりに聞く声に空は、思わず顔をあげた。

 そこにはあの日の朝陽がそこにいた。


「…あ、朝陽…どうして、こ、こに…?」


 嬉しさと戸惑いに見舞われながらも、空は朝陽に声を掛けた。


『ごめん……朝陽が……死んじゃうかと思ったんだ。……良かった、生きてて』


 そして、自分ではない自分の声が周囲に響く。

 

「これって…あのときの…?」


 きょとんとしている朝陽。

 そして、わずかに顔を伏せて、そっとつぶやいた。


『……変なの』


 その言葉を最後に、朝陽の姿がぼやけていく。


「あ…ま、待って、くれ…!!」


 空は、朝陽の姿に手を伸ばす。

 しかし、朝陽に触れる事はなく、消えた。


「ああ……」


 再び、朝陽を失った感覚に襲われ、知らずに空の瞳から涙がこぼれ落ちた。

 

 朝陽が消えた場所には、光の粒子が残っている。

 手に持ったノエリウムが更に熱を持ち、粒子はひびの中に吸い込まれていく。

 そして、ひびから一筋の光を放ち、やがて消えた。


「…これで、一つ目ってことか…」


 空は溢れた涙を制服の袖で拭うと、ノエリウムを強く握った。


(痕跡を集めること…簡単だと思ったけど、辛い、な…でも、諦めるもんか…)


 その瞳には決意が込められ、再び失った気持ちも包み込んでいた。




「こんなとこに居たのか、落とし物はもう見つかったみたいだぞ」


 階上から先生と伊織が降りてくる。


「…すいません、靴紐が解けちゃって…」


「…靴紐って結構すぐ解けるからな…まぁ迷子になってなくて良かった」


 咄嗟についた嘘に先生は納得してくれた。


「先生!この度はお世話になりました!」


 伊織に続いて、空も頭を下げる。


「わかった、わかった。あーそうだ。感謝してるなら今度の期末テスト、二人共満点取ってくれ。俺の評価も上がるしな」


 先生は戯けたように言った。


「えー!無理っすよー!勘弁してくださいー!」


「冗談…じゃないが、冗談ってことにしといてやる、まぁ用事が終わったんなら早く帰るぞ」


 先生の後に着いて、旧校舎を出た。

 そこで先生とは別れ、校門に向かう。


「で?どうだった?見つかったか?」


「…ああ…あの日の朝陽がいたんだ」


「お、ええ?朝陽がいた?」


 空の思わぬ言葉に、伊織は聞き返した。


「…痕跡は、想いの残響…だっけ…。あの場所に行った時、ノエリウムが熱を持っだと思ったら、朝陽がそこに居て、あの日の言葉を喋っていたんだ…」


「…なるほど…その時の記憶が再生された…みたいなことか」


 伊織の言葉に空は頷いた。


「そして…朝陽の姿がぼやけて、光の粒子になって…ノエリウムに吸い込まれていった…」


「…大丈夫か、空。結構きついんじゃないのか…?」


 伊織は空の顔を心配そうに覗き込んだ。


「最初は…きつかったけど、大丈夫、それに途中で辞めたら、朝陽は二度と帰らないしな」


「…そうだな…あー、でも今日は帰るか?」


 心配する伊織に空は笑いかけ、答える。


「大丈夫だよ、伊織。次の痕跡を探そう」


「…おう、無理はすんなよ」


 二人は視線を交わして頷き合った。



 学校を後にした二人は図書館近くの公園に足を運んだ。

 ノエリウムについて、調べようと図書館に行った帰り道に出会った。


「……ここで、偶々、会ったんだ。朝陽に…」


 空の声は自然と低くなる。懐かしさに混じるのは、喪失の痛みだった。


「何話したんだ?」


「天気のこととか、本のこととか、ほんの少しだけ。それでも……その時の空気、まだ覚えてる…このベンチだ」


 木漏れ日が揺れて、風が吹く。

 ノエリウムを取り出すと、あの日朝陽と出会ったベンチに視線を落とした。

 そこに朝陽がいたあの瞬間を、まるで胸の奥から引き出すように思い返す。

 そのときだった——ノエリウムが、ふいにぬくもりを帯びた。

 

 やがて、ベンチに腰かけて、本を読んでいる私服姿の朝陽が現れた。


 しばらくして、朝陽は顔を上げて、少し驚いたようにまばたきした。


『……天音くんも、ここに来るんだ』


『たまたま。帰り道、ちょっと寄り道しただけでさ』


「これが、朝陽なのか…?空の声も聞こえるな…」


 朝陽の出現に伊織は驚いている。


『……なに読んでるの?』


『詩集。図書館で借りたばかり。あまり有名じゃないけど、文章が……柔らかくて、好き』


『へぇ……なんか、意外だな。もっとこう、論理的な本読んでそうな感じかと思った』


『……失礼な』


 そう言いながら、少しだけ口元を緩めた朝陽の頬がほんの少しだけ赤らんだ気がした。

 その光景は、やがて静かに滲んでいった——まるで、夕暮れに溶ける記憶のように。

 そして、そこに残った光が、ノエリウムに吸い込まれていく。


「…想いの記憶か…俺は朝陽のこと覚えてないけど…覚えてるとやっぱ、きつそうだな…後、二人の思い出を勝手に見てるみたいでなんか、悪いことしてる気がするわ…」


「…それは言うな…何か恥ずかしくなる…」


 それを聞き、空は苦笑いをこぼした。

 本当は胸が痛かったが、伊織が少しの冗談を入れてくれたおかげで、幾分マシになった。


「……そろそろ、暗くなるし、今日の分は、これで終わりだな」


「ああ……まだ集めに行きたいけど、続きは明日の、放課後だな」


「んじゃ、行こうぜ、空」


 二人は並んで歩き出し、公園を後にする。

 今日集めたものが鍵に繋がると、ただ信じて。


 ポケットの中のノエリウムが、かすかに震えた。

 空がそっと手を差し入れると、そこには微かなぬくもりがあった。

 熱、と呼ぶには曖昧な感覚。けれど、確かに生きているような——心が応えたような気がした。


「……ノエリウム……」

 小さく呟くと、石の表面がごくわずかに、ほんの一瞬だけ淡く光を灯した。


「……きっと、大丈夫」

 空はそっと手を握りしめた。心の奥で、見えない何かと約束するように。

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