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そらのかけら  作者: 夜と雨
第五章:消失と、世界にひとりだけ
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第十八話:微かな灯り

 ひび割れてしまったノエリウム。

 空の決意に応えるように、強く脈を打った。

 

「ノエリウムが…」


 手の中のノエリウムを2人は見つめる。


「こいつも、まだ諦めるなって言ってるみたいだな?」


「ああ…そうだな…取り戻そう!時間を!朝陽を!伊織、協力してくれるか?」


「当たり前だろ!やってやろうぜ!」


 力強く答える伊織に、空も強く頷いた。


「まぁ、でも…まずは、あれだな…。とりあえず、昼飯食おうぜ?どうせ、お前も食べてないだろ?」


「…そうだな」


 途端にお腹から音がなった。


「んじゃ、決まり!購買に行こうぜ」


 雨上がりの空気がまだ少し残る廊下を、二人で並んで歩く。

 手にした紙袋の中からは、購買で買ったパンの香ばしい匂いが漂っていた。


 屋上前の踊り場を抜けて屋上へと出る。

 昨日の雨の影響か、外は少し涼しかった。


「で、どうする?何かプランとかあるか?」


 伊織はチョコパンをひと口かじると、口元にパンくずをつけたまま、空に視線を向けた。


「そうだな…やっぱり、さっき話した、”白い影”、あれを探そうと思う。」


「あー、神社の帰りに遭遇したやつな?」


「警告してきたってことは、何かを知ってる。それに……父さんも出会ったことがあった。偶然じゃない」

 

 空の声には、淡い熱が混じっていた。


「だな、使うなって言ってきたんだしな…何か知ってないとおかしいよな」


「ただ…昨日の夜も探したんだけど…全く見つからなくてさ…」


「うーん…それでも、とりあえず、唯一の手掛かりだしな、探すしかないよな」


「ああ、何としてでもな」


「この伊織さんが着いてんだし、すぐ見つかるぜ」


「…どんな根拠なんだよ…それにどっちちかって言うと憑いてるほうだろ…」


「おま、うるせぇよ」


 伊織は空の額を軽く叩いて。


「ほら、少し元気出ただろ」


 ニヤリと笑った。


 ……昔から、伊織はこうだった。俺が黙り込んでも、無理に笑わせようとしてきて。

 でも、ちゃんと最後には、背中を押してくれるやつだった。




「そう言えばさ…なんで空だけ朝陽を覚えてるんだろうな…俺も一緒に肝試ししたんだろ?」


「たぶん……俺、あいつのこと、ちゃんと見てたからかも」


「うわっ、くっさ〜!…まぁ、でも空っぽいな…」


 伊織がニヤニヤしながら茶化した。


「笑うなよ…それに何で俺っぽいんだよ?」

 

 空は思わず笑って、すぐに顔を伏せた。頬のあたりが、少しだけ赤くなっていた。

 

「空ってさ、ちゃんと相手のことを見て、考えて、寄り添ってくれんじゃん?」


 伊織は言い終えたあと、照れ隠しなのか、飲みかけのジュースのストローをやたらと噛んだ。


「…何だよそれ…」


 空は照れて、伊織から顔を逸らした。


「ま、お前が“空”って名前なのも、そういうとこなんだろ」


 伊織は少し黙って、空の横顔を見ながらぽつりと言った。


「は?」


「空みたいに、包み込んでるっつーか、見守ってるみたいな意味でさ」


「……急にポエムっぽいこと言うなよ」


「やっぱちょっとくせぇな、今のナシで!」


 それでも、二人の口元には自然と笑みが浮かんでいた。

 まるで、ほんの少し前までの違和感や喪失が、少しだけ遠ざかったようだった。


「それに俺だって…お前に、結構救われてるんだぜ」


 伊織は小さい声で呟いた。


「ん?なんだって?」


「何でもねーよ!んじゃ探しに行こうぜ!」


 伊織はパンの袋をくしゃっと丸めてポケットに突っ込むと、立ち上がった。

 空も、遅れて腰を上げた。


「あ、授業はどうすんだ」


「授業なんて受けてる場合じゃねーだろ!ほら!行くぞ!」


 二人の背中が、昇降口の方へと勢いよく消えていく。

 再び、空の胸の奥に小さな火が灯っていた。




 午後の授業が始まるチャイムを背に、空と伊織は学校の裏門を抜けて歩き出していた。


「“白い影”ってやつに会ったのって、どこなんだ?」


 伊織がポケットに手を入れながら訊ねると、空はふと足を止めた。


「……その前に、一個だけ、寄っていいか?」


「ん? どこに?」


「……朝陽の家、だ」


 空の顔は決意に満ちていた。


「…分かってる、たぶん、朝陽の家に朝陽は居ない…でも一度行っておきたくてさ…」


 伊織の眉がわずかに動く。けれどすぐに、明るく言った。


「……よし、んじゃ行くか!」


「……ありがとな」


 空は少し俯きながらも、感謝の言葉を絞り出す。


——


 道中、ふたりは言葉少なだった。

 けれど、その沈黙には気まずさも落ち込みもなかった。ただ、お互いに気持ちの整理をつけているような、静かな時間だった。


 空は歩きながら、ずっと掌の中のノエリウムを握りしめていた。

 形を変えた記憶のように、それはひび割れたまま、何も言わずそこにあった。


 やがて、見覚えのある角を曲がると、朝陽の家が見えてきた。


「……ここだ」


 空が足を止め、門柱の前に立つ。

 表札には、うっすらと消えかけた「天音」という文字が彫られていた。


(……ここにいたんだ。朝陽は、確かに)


 空は無意識のうちに、そっと表札に手を触れた。

 まるでその文字の温度を確かめるように。


 そのとき——


 玄関のドアがゆっくりと開き、ひとりの中年男性が外へ出てきた。

 シャツの襟を整えながら、ふたりに気づいて目を細める。


「……うちに、何か用かな?」


 穏やかだが、どこか警戒するような目つきだった。


「あ、いえっ……すみません! 何でもないです!」


 伊織が慌てて頭を下げる。

 空は一歩前に出ようとしたが、言葉が喉につかえた。


 しかし、男はふたりを見つめたまま、ふと目を細めた。


「君たち、近くの高校の子かい?……いや、なんというか……」


 男は少し黙り、視線を空に移した。


「……君の顔を見ていると、なんだか、胸の奥がざわつくような……そんな気がするんだ。……懐かしいような、悲しいような……」


 空の喉がぎゅっと縮む。


 男の顔つきは穏やかなままだったが、何か大切なものを思い出せないような、深い影が瞳の奥に揺れていた。


「……君たちくらいの歳の子を見ると、思うんだ。何か、とても大事なものを、忘れているんじゃないかって」


「……っ」


「……いや、気にしないでくれ。ただの独り言だ。私は、もう行くよ」


 男は軽く頭を下げて立ち去ろうとする。


「……ま、待ってください!」


 思わず空が声を上げた。


 男は振り返る。その視線は、やはり空の奥を見ているようだった。


「……娘さん……いえ、朝陽さんは……」


 喉の奥で言葉が震える。でも、空はしっかりと言った。


「必ず取り戻します」


 男の目が、ほんの一瞬だけ大きく開かれた。


 そして——


 何も言わず、ふっと優しく微笑むと、彼は手を軽く上げ、背を向けて歩き出した。


 風が一度、ふたりの間をすり抜けた。


 そのとき、空の耳に小さく響いた。


「……ありがとう」


——そう、聞こえた気がした。


 しばらく立ち尽くしたあと、伊織がそっと空の背中を押した。


「……行くか。白い影、探しに」


「……ああ」


 空はこくりと頷いた。


 そして二人は、朝陽のいた場所から、朝陽を追って再び歩き出した。




 二人が目指す先は、かつて“白い影”と出会ったあの場所。

 川沿いの遊歩道。夜には薄明かりに照らされる人気のない道。今は陽が高い時間で、川の流れも静かだった。


「確か……この辺だったよな、あいつに出会ったのは……」


 空はあたりを見回しながら呟く。

 草むら、橋の欄干、石畳——記憶の中と何ひとつ変わらない。

 だけど、“あのとき”の不思議な空気も、風も、そこにはなかった。


「……おーい!白い影!出てこーい!」


 伊織が両手を口にあてて、冗談めかして呼びかける。

 けれど、その顔には微かに焦りが滲んでいた。


 風が抜ける。誰も答えない。


「……ぜんっぜん、出てくる気配ないな……」


 伊織がぼりぼりと頭をかく。


「あっ、そうだ。なあ空、“かけら”を出しておびき出すってのはどうだ?あいつ、前はそれ見て現れたんだよな?」


「…わかった、やってみよう」


 空は制服のポケットから、ひびの入ったノエリウムをそっと取り出した。


 空は、掌の中の石に向けて語りかけるように、声を震わせながら言った。


「……“白い影”……聞こえてるなら、お願いだ。

 俺は……ノエリウムの代償で“消えてしまった子”を、取り戻したい。

 その方法を……お前が知ってるなら、教えてくれ……!」


 風の音がまた、ふっと鳴る。


 けれど——返事は、なかった。


「………ダメか……」


 空の手の中、ノエリウムは何も反応を見せなかった。

 ただ、そのひびだけが静かに残っていた。

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