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そらのかけら  作者: 夜と雨
第三章:境界線
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第九話:目が覚めても、夢の続き

 空はベットから起き上がり、欠伸をこぼした。


(まだ…夢の中にいるような気がする…あんまり、寝た気がしないな…)


 少し怠さを訴える身体を無視して、自分の部屋を出ると顔を洗うために、洗面所へ向かう。

 冷たい水で顔を洗うと、怠さもマシになった気がした。

 

 制服に着替えリビングに行くと、あかりがパジャマ姿でトーストを食べていた。


「おはよう、お兄ちゃん。あれ?昨日帰って来てたっけ?」


「…何言ってんだ?21時くらいには帰って、リビングで会っただろ?」


「…そうだっけ?夜、ただいまって言ったような気がするんだけど…なんかよく覚えてなくて」


「おいおい、しっかりしてくれよ。」

 

 あかりの様子に、笑いながらも小さな引っ掛かりを感じた。


(……いや、待てよ。ほんとに、昨日会ったはずなんだけどな……)


「…ところでさ、お兄ちゃん。何で制服着てるの?今日、日曜日だよ?」


「…あ…ははは…着替えてきます……」


 空は誤魔化すように笑い、自分の部屋に戻って、私服に着替えた。

 少し考えてから、ポケットに”かけら”を滑り込ませた。


 着替えを済ませて、リビングに戻るとあかりがトーストを焼いていてくれた。


「あかり、ありがとう」


「どういたしまして!」


「今日はどっか行くの?」


「ちょっと調べたいこともあるし、図書館に行ってくるよ。」


「そっか、気を付けてね」


 そして、空はリビングを出て玄関に向かう。


 外は蒸し暑く、立っているだけで汗が出そうなほどだった。


(図書館で、この”かけら”について調べてみよう…何か分かるかもしれないし…)


 空は自転車に跨ると、図書館に向けて漕ぎ始めた。


 町の図書館——空が小さい頃から何度か足を運んだ場所だ。

 大きくはないけれど、正面の古い三角屋根には、今でも動く古時計がはめ込まれていて、どこか時間がゆっくり流れているように感じる。


 入り口には低いアーチがあり、季節の花が並ぶプランターが道沿いに飾られている。夏の日差しを受けながらも、図書館の前だけはひんやりとした空気が漂っていた。


 ガラスの扉を押し開けると、すうっと本と木の香りが鼻をくすぐる。

 静かな空間。窓から差し込む光はやわらかく、カーテンの向こうで葉がゆらゆらと揺れていた。


(さて、と…鉱石…の図鑑とかでも探してみるか…)


 早速、目当ての本を探し始めるが、中々発見することができなかった。


「…司書さんに聞いてみよう」


 10分ほど探し回ったが見つけることが出来なかったため、カウンターに向かった。


「あの、すいません。鉱石の図鑑って、ありますか?」


「こんにちは、鉱石の図鑑、少し調べてみますね、少々、お待ちください」


 司書さんはパソコンの方を向くとカタカタとキーボードを叩いた。


「…申し訳ありません、どうやら現在、貸出中となっております」


「あー…そうですか。ありがとうございます…」


 カウンターを後にしたものの、折角図書館に来たのだからと、何か関係ありそうな本を物色することにした。


(…それっぽい本はないか。まぁ…そう都合よくはいかないか…)




 図書館を出た空は、少し歩いた先の公園の前で足を止めた。

 気分転換に、と通り道を少し外れただけだった。


 ゆるやかな風が木々の間を抜けていく。ベンチのある広場では、小さな子どもと保護者の姿が遠くに見える。

 その中に、ひときわ静かな存在が目に入った。


 ベンチに腰かけて、本を読んでいる朝陽。

 制服ではなく、白いブラウスに紺のスカートというシンプルな私服姿だった。


「……朝陽?」


 思わず声をかけると、朝陽は顔を上げ、少し驚いたようにまばたきして、それからゆっくりと頷いた。


「……天音くんも、ここに来るんだ」


「たまたま。帰り道、ちょっと寄り道しただけでさ」


 空は戸惑いながらも、朝陽の隣に腰を下ろす。

 沈黙が、ほんの少し流れる。


「……なに読んでるの?」


「詩集。図書館で借りたばかり。あまり有名じゃないけど、文章が……柔らかくて、好き」


「へぇ……なんか、意外だな。もっとこう、論理的な本読んでそうな感じかと思った」


「……失礼な」


 そう言って、少しだけ口元を緩める朝陽。

 その横顔を見ながら、空はふと尋ねる。


「そういえば……肝試しのあと、大丈夫だった?」


 朝陽は視線を空に向けたまま、少し考えるように間を置いて、それから答えた。


「うん……。でも、ちょっと変な感じだった」


「変って?」


「……うまく言えないけど……昨日のこと、思い出すと、なんか一部だけ曖昧で……」


 そう言って、朝陽は小さく首を傾げる。


「例えば……私、あの日、階段で転んだよね?」


「えっ……」


 空の鼓動が一瞬止まる。


「……でも、どんなふうに転んだか、全然思い出せないの。不思議な話だけど、ほんとに、記憶が……途中で途切れてるみたいな」


 空は無言で朝陽の横顔を見つめた。


(……やっぱり、“あのときのこと”が関係してるのか?)


 ポケットの中の“かけら”を思い出した瞬間、なぜか胸の奥がざわついた。


「…大丈夫、朝陽は転んでなんかいないよ」


(あの日、何が起こったかなんて、言えるわけない。それに…偶然って可能性もある…普通に考えたらありえないしな…)


「…そうだよね、気のせいだよね。」


 空がそう言うと、朝陽は少し安心したようだった。


「そうだ…良かったら、今から、あの神社に探しに行かない?」


 この場の空気を変えるように、朝陽に告げた。


「……あの場所、今行っても……何も見つからない気がしてて」

 

 朝陽は視線をそらし、ほんの一瞬だけ唇をかんだ。


「でも、そうだよね。ありがとう。……誘ってくれて」


 言い終えると、肩をふっと落として、表情が少しやわらいだ。


「…そっか…でも、もし探すなら、また言ってよ。俺も一緒に探すから」


「うん…ありがとう」


 朝陽が静かに頷いたその時、ポケットの中でスマホが震えた。


「……あ、ごめん。ちょっと出る」


 空が立ち上がり、少し離れた場所で電話に出る。


「——ああ、伊織?……え、今から?……わかった、すぐ行く」


 通話を終え、戻ってきた空は申し訳なさそうに頭をかいた。


「ごめん、伊織にちょっと呼び出されてさ。用事できたみたい」


「ううん、気にしないで。……話せて、よかった」


「また学校で」


「……うん、また」


 2人は小さく手を振って別れた。




 朝陽と別れた後、伊織に呼び出された場所へと自転車を走らせた。


「よう、いきなり呼び出してごめんな」


 待ち合わせた場所に立っていた伊織は、空を見つけると申し訳なさそうな顔をした。


「気にすんな、で、どうしたんだ?」


「あ……うん、えっと……めっちゃ、変なこと聞くんだけどさ、昨日って、あの後、何時くらいに解散したんだっけ?」


 空は思わず伊織の顔を見つめた。


「え?あの後…先生に怒られて…20時40分くらいには帰ったはずだけど」


「……あ、そっか。そうだよな。なんか、肝試しの後の記憶がちょっと曖昧でさ…」


「……伊織、もうボケたのか?」


 空は一瞬考えたが、茶化す様に笑った。


「おま!そういうこと言うなよー!伊織さんが悩んでんのにさー」


「わかってるよ、伊織、心配すんな。俺たちはあの後、怒られてから21時前には帰ったよ、たぶん音楽室で怖い体験をしたから、疲れて覚えてないだけだって」


 伊織はそれを聞いて納得したのか、安心したように笑う。


「そうだよなぁ…って言うか、あの音楽室マジでヤバかったよな!俺、漏らすかと思った」


 そして少し雑談をした後、伊織は「また、明日なー」と空に言って帰って行った。


(……変だよな。俺は、ちゃんと覚えてるのに)


 空はポケットの中から”かけら”を取り出して、見つめた。


(特に…熱を持ったりはしてないし…光ってる…訳ないか…でも、皆、少しずつ記憶がズレてる……やっぱり、“あの時”のことと関係ある……?)


 “かけら”をポケットにしまうと、空は自転車に跨った。


(でも、まさか……そんな、はずないよな……?)




 帰りに朝陽を探したが、既に公園からは去っていた。

 ベンチには誰もおらず、風だけが木の葉を揺らしていた。

 空はしばらく立ち尽くしたまま、夕暮れに染まる空を見上げる。


(……何かが、少しずつ、変わってきている)


 そんな気がしてならなかった。

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