その手の中のあたたかさ
──光が灯った町の、小さな再始動──
春の陽がゆっくりと傾き始めるころ。
エルベルト共和国の中心都市、ラグネイルの広場では、
風車の羽が回る音に混じって、子どもたちの笑い声が響いていた。
パン屋の店先では、魔道加温式のオーブンがふかふかの菓子パンを焼き上げ、
街角の水路には、魔力水車が供給する冷水が静かに流れている。
「これ、“冷たいまんま”の水だよ!」
「わー!お祭りみたい!」
小さな魔道具で冷やされた水に、子どもたちが歓声をあげる。
仕立て屋の軒下では、魔力織機で縫い目の整った布を畳む女主人が、
「キオ様のおかげで、手も目も楽になったわぁ」と、笑っていた。
ほんの数年前まで、夢のようだった光景。
いま、それが日常になっていた。
大統領官邸の屋上庭園。
赤い花が咲くアカメ樹の下で、ミラ・エルベルトは静かに空を見上げていた。
「──帰ってこなかったのね」
そう言った彼女の背後で、
ユリス・バシュがゆっくりと、礼を取った。
「はい。……あれから一週間。
キオ様は、魔王城に向かったきり、戻ってきていません」
ミラは一言だけ、ため息混じりに言う。
「キオが“何もしないでいい”なんて言うわけないわよね」
ユリスは頷き、懐から一枚の紙を取り出した。
それは、魔法国から送られてきた魔道具導入の技術手順書だった。
魔法式の水炉、蓄熱板、記録板、識字補助具、そして簡易式印刷機まで。
「この半年、共和国にも少しずつ魔法国の知識が流れています。
キオ様の功績は、物ではなく“考え方”として残っている」
ミラは紙を受け取らず、空を見たまま言った。
「……彼がいなくても、私たちが“進める”なら、それが一番」
「ええ。
でも、“彼が帰ってくる場所”は……守らなきゃな、と、思ってます」
ユリスの言葉に、ミラはようやく小さく微笑んだ。
「守るためには、笑ってなきゃダメね。共和国は、そういう国だから」
その夜。
官邸の書庫に灯る小さな明かりの下で、ミラはひとつの記録帳を開いた。
ページには、こう記されていた。
「キオ、魔王との対話の旅へ。
命令ではなく、言葉を。支配ではなく、理解を。
私たちは、この場所で、彼の帰還を待つ」
ミラはそっとペンを置き、言った。
「……また、帰ってきてよね。あんたの“ただいま”を聞いて、
みんなで“おかえり”って言うために、私は生きてるんだから」
そして、夜の空に浮かぶ星を一つ見上げた。
それは、どこか遠くの空で、いまも旅を続ける誰かを、
ただ、静かに照らしているようだった。
第3部・開幕
しばらくこのままでおかせてください。プロットがまとらないです。




