門の向こう、かつての自分に会いに
──静かな決意、重い歩み──
王都ルメナス。
朝霧の残る城門前には、すでに幾人もの目が集まっていた。
鍛冶師たち、学舎の教師たち、市場の老人、遊びを覚えた子どもたち。
誰もが特別な言葉はかけなかった。
ただ、門に向かってゆっくりと歩むその姿を、目に焼きつけていた。
キオは、灰色の旅装をまとう。
それは王でも使者でもなく、ただの一個人としての装いだった。
その隣を歩くのは、共和国の外交官——ユリス・バシュ。
鋭い眼差しと、常に寸分狂わぬ姿勢で人を見据える男。
だがキオにだけは、心からの信頼を寄せていた。
「……本当に、行くのですね」
「はい。これは、避けて通れません。
“命令”に従うかもしれない自分を、私は確かめねばならないのです」
「共和国に何かあれば、私が伝えます。
……そのために私は行く。あなたが戻らなくても、残すものは私が守る」
キオは微かに笑みのような表情を浮かべた。
「ありがとう、ユリス。それで十分です」
出発前、魔法国の執政官カシミアから、最後の通達があった。
「我が国がかつて共和国のある大陸から召喚・移送した人々は、
すでに“奴隷”という枠から解放し、本人の意志を尊重して帰還措置を講じています。
……ただし、我々の判断が遅れたことによって、
救えなかった命があったことは否定できません」
キオは静かに頷いた。
「その事実が、再び繰り返されぬように……私は行きます。
魔王と対話し、“命令”ではなく“理解”を目指して」
門は重く開かれた。
その瞬間、街の音がすっと遠ざかった気がした。
キオは立ち止まり、一度だけ振り返る。
人々の顔。
信頼と、恐れと、願いと、寂しさ。
それらがないまぜになった眼差しを、彼は一つひとつ記録していく。
(私はここで、多くのものを築いた。
だが、次に進むには、“始まり”と向き合わねばならない)
過去へ、あるいは未来へ。
それはわからない。
ただひとつ確かなのは——自分という存在の根を辿る旅が、今、始まるということ。
「では、行ってきます」
誰に向けたのでもないその言葉を残し、
キオはユリスとともに、城門を越えて歩き出した。
街の外へ、
かつての自分に会いに——




