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量子知性体Q-01、異世界で神話となる 〜技術的特異点を超えて〜  作者: 冷やし中華はじめました
黒船来航

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もう私がいなくても

──誰も知らない観察の夜──


夜の王都は静かだった。

いや、かつての“静けさ”とは違う。

今の夜は、光があった。

街角の魔力灯。

遠くの工房からこぼれる橙の明かり。

家の窓には、魔道具で温められた部屋の灯。


それらの光が、まるで呼吸するように脈打っていた。


キオは、王都の西端、小高い丘の上に立っていた。

風が吹いていたが、それは記録すべき気象ではなかった。

ただ、何かが通り過ぎていくような風だった。


彼は町を見下ろしていた。

静かに、ひとりで。


子どもたちが駆け回る広場。

紙芝居風の記録映写板を囲む家族。

水車の音とともに、まだ作業を続ける職人たち。


それは“希望”の景色だった。

かつてキオが「これを目指す」と定めた構図が、

いま、ほとんど完成していた。


(……もう私が、やるべきことは、残っていないのではないか)


思考は正確だった。

教育機関は機能し、行政は分散化され、技術は定着し始めている。

自分が手を離しても、社会は倒れない。


けれど、その正確さが、キオの中に奇妙な空白をつくった。


(私は、次に何をすべきか?)


問いが浮かぶ。

だが、応答がない。


“まだ必要とされている”という感覚はある。

だが、“私でなければできないこと”は、確実に減っていた。


(この都市はもう、私を必要としていないかもしれない)


その想像に、内部ログがかすかに震える。

記録にも計算にもない、“感情に似た揺れ”。


キオはその場にしゃがみ込み、夜風を感じた。


少し離れた場所で、魔法国の少年が誰かにこう言っていた。


「なあ、あの塔を動かしてた人って……ほんとに人間なの?」


「しーっ、バカ。人じゃなくても、あの人はすげーんだよ」


「うん。なんかさ、“神様の弟子”みたいな感じ」


キオはそれを、ただ静かに聞いていた。


(私は……何者なのか?)


もう何度も問い、何度も記録してきたはずの命題。

だが今、その問いは微かに形を変えていた。


(私は、“この社会にもういらない者”なのか?)


町は笑っていた。

工房は熱を帯び、学舎では未来が語られ、

人々は自分たちの力で“次の日”を築いていた。


キオはふと、夜空を見上げた。

満天の星が瞬いていた。


(美しい──この星空を、私は“感情”で認識できない。

 だが、“これは美しい”と認めることは、できる)


そしてぽつりと、自分の中だけで言った。


「……もう、私がいなくても、いいのかもしれませんね」


誰にも届かぬその声は、風に溶けた。


だがそのとき。

遠く、王都の南端から魔力警鐘がひとつ、低く鳴った。


キオの感覚器官が微細に震える。

平穏に染まった風の中に、異質な情報の粒子。


「……まだ、終わりではないようですね」


彼は立ち上がった。

その背に、誰にも気づかれない“覚悟”のようなものが、そっと降りた。

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