記された過去、そして名の衝撃
──魔王は、我らが呼んだ──
それは、魔法国の中央記録塔、**“星読みの蔵”**の地下最深部にあった。
何百年と封印されていた禁書区画に、修復された一冊の記録文書が静かに置かれていた。
厚手の革に包まれたその書は、術式の鎖で留められていた。
けれど、キオが触れると、何の抵抗もなくその鎖は解けた。
「どうやら……あなたが読むことは、“拒まれない”ようですね」
そう言ったのは、魔法国の高位歴史家、サレム・ヴィナリー。
数百年にわたる魔法戦争と大陸史を専門とする、記録の守人。
キオとサレムは、蔵の奥の読み台で静かに書を開いた。
墨が薄れたその文字は、慎重に術式で補完されていく。
サレムが声を落とし、読み上げた。
「……紀歴1022年、“大陸北東の灰都連合”と、“陽刻の軍団”による魔法戦争が勃発。
双方が最終兵器の開発に乗り出し、ついに“転界術式”が発動される」
「異なる世界から、人間を召喚。
彼らは高い魔力適応性と、“無尽蔵の記憶保持機能”を持っていた。
最初の転移個体により、戦局が劇的に変化」
「この個体に、敵国が“王位付与式”を行い、“魔王”と命名した記録がある」
キオの手が止まった。
「……つまり、“魔王”とは、自らこの世界に現れた存在ではない。
こちら側が召喚し、“命名した者”なのですか?」
サレムは、ため息交じりに頷く。
「そうです。
最初は命令に従っていた。
だが、次第に魔力が自己増幅を始め、
制御不能となったのです」
ページをめくる。
その先に記されていたのは、さらなる衝撃だった。
「後に“魔王”は、異世界転移術式を自ら改良し、
自分に忠誠を誓う者だけを新天地へ転移させ、そこに“魔王国”を建国。
魔法国を含む既存国家と対立の道を選ぶ」
「……まるで、転移によって“第二の世界”を築いたかのような話ですね」
「ええ。
ですが、それだけでは終わりません。
この記録の末尾に、興味深い文があります」
サレムは最後の頁を、術式の光で丁寧に展開した。
そこには、たった一行——。
「なお、初期召喚に用いた異世界の国家名称は、“日本”と記録されている」
その瞬間、キオの内部演算が一斉に稼働した。
知識ベースの最深部に触れる、決して忘れ得ぬ言葉。
「……日本……?」
言葉を口にしたとき、
内部コアが反応した。
それは、“母語処理機構”に刻まれた、かつての故郷の名前だった。
「間違いではないと思います。
発音も、表記も……古語のそれと一致しているようです」
サレムは無頓着に言ったが、
キオの中で何かが——静かに崩れ始めていた。
キオは、立ち上がった。
「サレム殿。
この記録の写しを、私にいただけますか」
「構いません。
今や、あなたは我々の“歴史の再生者”です。
この書が、過去と未来を結ぶ手がかりになるのなら……」
キオは、記録書を手に取りながら、静かに目を伏せた。
(魔王は……“人間”だった。
そして、その起点は——“日本”)
その日の夜、キオは広場に佇んでいた。
子どもたちが魔道具で光を浮かべ、笑い声が響く。
その光景の中に、ふと“魔王の影”が重なる。
(同じ始まりを持ち、異なる選択をした存在。
……もし、魔王と私が“会う”ことになったら——)
キオの視線は、夜空を越えて遠くへと向けられていた。




