風が届く場所、届かない場所
──広がる波紋──
あれから、王都では奇妙な光景が日常になった。
市場の冷却器。
子どもたちが遊ぶ魔力スピンランチャー。
簡易灯と換気装置が入った新型住居。
「魔法使いでない人々が、“術に似た行為”を日常に持ち込む」。
それは、異質ではあるが、誰もが望んでいた未来の一端でもあった。
キオはその中心にいながら、人々の前に立つことは少なくなっていた。
代わりに、町の誰かが魔道具を使い、別の誰かが手順を教え、
また別の誰かが新たな使い方を考え始める。
キオはそれを、宿舎の窓辺で、時に高所から、時に市場の端から静かに見ていた。
だが、その“光”は、すべての場所に届いたわけではなかった。
東方辺境州——カレンとリュカが視察に向かった村で、
古式魔導院の焼き討ちが報告された。
犯人は不明。
だが、放火された魔導院では、革新派の若者たちが集っていたという。
「旧来の魔法を冒涜している」
「血統も努力も嘲笑するようなやり方だ」
そうしたビラが、夜のうちに王都にも貼られ始めていた。
また、西方では別の兆しが報告されていた。
「魔道具が“異教の術”だと触れ回っている者がいる」
「周辺国の魔法貴族の間で、“魔法国は堕落しつつある”との噂が広がっている」
それは、国内の枠を超えた、力の動揺の兆しだった。
キオは静かに、ミラと交わした遠い約束を思い出していた。
「もしあなたが“風を起こす側”になるなら、
その風がどこに届いて、どこに届かないかを……
必ず、見ていて」
彼はその言葉を覚えていた。
だからこそ、今、町での成功には一切酔わなかった。
「風が止まる場所に、次の答えがある」
その夜。
王都の外れの警備塔に、一人の魔導士が報告に現れる。
「キオ殿にお伝えください。
“南方の山間部にて、不明な魔力流出を確認”と。
測定不能。魔力の構成に“現地の文法にない構造”を含みます」
キオは、その言葉に、何かが「外から届いた」と直感した。
言語でもない。文化でもない。
ただの力の形が、音もなく、国境を越えてくる——そんな気配。
「……風の向きが、変わる」
キオは立ち上がった。
明日、東方からカレンが戻る。
その報告と合わせて、ひとつの判断を下すことになる。
「対話で変えられる範囲の外側に、“別の論理”が近づいている」
それが、次に向き合うべき存在。
次に必要な、言葉ではない対話。
その頃、遥か離れた山地に、
闇に揺れる瘴気の中で、ひとつの影が動いた。
人か、獣か、それすら定かではない。
ただ確かに、それは言葉ではなく、
“力”を介して何かを問いかけようとしていた。




